第37話 深層域へ

 ──あれから一週間後と少し。


 ようやく体が自由に動くようになった俺は、ロロと軽い打ち合いをしたり、軽く森の浅層を見まわったりしながら勘を取り戻した。

 もう少し鈍っているかと思ったが、意外と調子はいい。

 これなら、深層でトラブルが起きても、問題なく対処できるだろう。


「ぐれぐれっ」

「おう、今日もフィミアを頼むぞ」

「ぐれ! ぐれ!」


 嬉し気にとんとんと跳ねながら、俺の後をついてくるグレグレ。

 走大蜥蜴ラプターなぞただの魔物モンスターだと思っていたが、こうして懐くとかわいく感じないでもない。

 俺の頭を甘噛みするのだけはやめてほしいが。


「こうして森に行くのもなんだか久しぶりな気がしますね」

「実際、二週間ぶりだからね。ボクもちょっとわくわくするかも」


 仲良さげに話す二人に少しばかりほっこりしつつ、お邪魔させてもらう。

 今回は深層域での野営も目的だ。

 日が陰る前に目標地点へ到達したい。


「サランは来ねぇのか」

「うん。なんだか気になることがあるみたい。あと……また無理してるっぽいんだ」

「またかよ。帰ったら気絶させてベッドに放り込もう」


 俺の言葉にフィミアがくすくすと笑う。

 つられて、ロロも笑い出した。


「なんだよ?」

「いいえ? なんだかんだといいながらも、心配するんですね?」

「当たり前だ、仲間だからな」


 それに、今あいつにぶっ倒れられるといろいろとマズい。

 ここまで開拓が進んだ以上、あいつには責任を持って完遂してもらわねば。


「ユルグのそういうところ、好きだよ? 優しいよね」

「ええ、ユルグのいいところだと思います」


 二人していじりやがって。

 まあ、仲がよろしくて結構なことだ。

 ここのところ、あんまり時間取れてないみたいだしな。

 俺というお邪魔虫はいる上に、未踏破地域の深層なんてロケーションだが……存分に、二人の時間を楽しんでほしい。


 さすがに、森の深層まで行けばロロとフィミアを邪魔する奴はいまい。

 俺さえ気を付けていれば。

 いや、グレグレにもお行儀良くしてもらわないとか。


「調査ポイントは三つ。あと、今日は野営も予定だ。深層で結界がどこまで有効か探りたい」

「だったら、フィミアについてきてもらって正解かもね」

「ああ。【結界杭】とフィミアの〈聖域〉で効果も比較したいな」


 どちらも魔物モンスターに対する安全圏を確保する魔法ではあるが、杭の方は魔法道具アーティファクト、〈聖域〉は神聖魔法だ。

 どちらがより有効かわかれば、今後、森の中に監視哨を建設するときに有効なデータとなる。


 ……という建前でギルドの仕事を放り投げてきたので、ちゃんとしないとな。


 ただ、これはサランも推奨する仕事ではある。

 将来的に未踏破地域を切り開いて『大陸横断鉄道』を誘致しようと思えば、安全性の担保に何が必要なのかは知っておく必要があるのだ。

 切り開くにしても、作業員や工事区間の安全は必ず図る必要がある。


「それじゃあ、出発だ」

「はい」

「うん!」

「ぐれぐれ!」


 元気のいい返事に頷いて、俺は防壁の外を目指してゆっくりと歩き始めた。


 ◆


「森、ずいぶん落ち着いたね」


 未踏破地域深層。

 地下迷宮ダンジョンの入り口がある区域の一角。

 テントの設営も終わって、焚火で人心地ついたロロが月の輝く空を見上げながら呟く。


「ああ。だが、多いのはやっぱ多いな……魔物モンスター

「うん。調査ポイントでは特に異常なかったけど、どこから来てるんだろう」

迷宮ダンジョンから溢れ出しているとか?」


 テントの中から出てきたフィミアが、ロロの横に腰を下ろす。

 こうしてみると、なかなか絵になるな、こいつら。

 やれやれ、少し惚気に中てられたか? ちょっとばかり寂しい気がする。

 帰ったら、酒でカティを釣って愚痴るか。


「それも考えて監視できる場所に野営地を置いたんだが、動きはねぇな」


 森の中でも少し小高くなった場所。

 そこに野営地を設置して迷宮ダンジョンの入り口を見ているのだが、魔物モンスターが出てきてはいない。

 他の出入り口がある可能性は否めないが、これは別に原因があると考えたほうが自然かもしれない。


「それにしたって、野営も久しぶりだな」

「そうだね。駆け出しのころはしょっちゅうだったっけ」

「ええ。サランさんがよく文句を言ってました。……アルバートさんも」


 小さく目を伏せるフィミア。

 アルバートのやつは、結局〝手負いスカー〟の餌になって人生を終えた。

 ロロを追放したことや、要石を破壊しようとしたことは許せそうにないが……あんな死に方をされると少しばかり後味が悪い。

 フィミアはあいつが歪んだのを自分の責任だと思っている節があるし、少しいたたまれない気分だ。


「でも、仇はとったよ」

「ああ、そうだな。これで浮かばれてくれるといいが」


 嫌な奴だって、死んじまえば大いなる流れオールストリームに還る。

 いずれまた、新たな命としてこの世界のどこかに巡ってくるだろう。


「さて、湿っぽい話は終わりにして飯にしようぜ。今日は食材を持ち込んだからな、魔物料理モンスター・ジビエじゃないぞ」

酪農都市ヒルテからかなり色々入ってきたもんね。チーズがいつでも買えるって、母さんが喜んでたよ」


 開拓都市の発展は、マルハスの様々な事情を大きく変えた。

 特に食糧問題の解決は、村の連中にとって大きかったらしい。


 なにせ、酪農都市がいくら近くにあるとは言っても、かつてのマルハスには金がなかったからな。

 もちろん、この流れについて行けなくて四苦八苦している奴もいるが……村の連中と新市街の新参がぶつからないようにサランが上手く調整してくれていると聞いた。

 何もかもを完璧にというのは、さすがにあの陰険眼鏡でも難しいという事だろう。


「教会も、ある程度は運用の目途が付きました。きっと、マルハスの発展に一役買うでしょう」

「ああ、それな。本当にたすかった」

「いいえ。皆さんのよりどころになるといいのですが」


 教会があるというのは、一種のステータスだ。

 何故なら、教会本部に『守るべき価値がある』と認められたという事でもあるし、そこに教会が介入するべき富があるという事でもある。

 また、住民にしても聖職者が詰めているというのは冠婚葬祭のみならず、平時の悩み相談もできれば病気やけがの心配も少なくなるので安心だ。

 フィミアには随分と骨を折らせてしまったが、それがようやく形になるということで俺も嬉しい。


「今度、ユルグも祈りに来ては?」

「村の連中が教会に寄り付かなくなったらどうする。必要な時はお前に祈るよ」

「まあ、不信心なこと。ええ、でも……ユルグの懺悔はわたくしが聞きますね」


 にこりと笑うフィミアに、苦笑を返す。

 だが、意外とまた話を聞いてもらいたいという気持ちはあるのだ。

 神様には縁もゆかりも感じていないが、フィミアに赦しを乞うのは悪くない。


「──……ユルグ」

「どうした?」

「あれ……」


 突然、膝立ちになったロロが森を指さす。

 迷宮ダンジョンの反対側を、だ。


 振り返った俺の目に映ったのは、暗闇に蠢く謎の物体だった。

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