第36話 次の冒険は

 孤児の俺に、家名が付いた。

 『ドレッドノート』というらしい。

 由来はサランから聞いたが、衝撃的過ぎてまるで覚えていない。


 国選パーティのリーダーかつ、冒険者ギルドのマスターに家名がないのが不格好だという理由で、サランが手を回していたのが、先の〝手負いスカー〟討伐の功で認可が下りたらしい。


「ううむ」

「何を唸ってるのさ? ユルグ」


 真新しい俺の自宅に帰って、唸っているとロロが声をかけてきた。

 この家は『メルシア』の拠点としても設計してあるらしく、しょっちゅうロロやフィミアがあがりこんでくるのだ。

 まぁ、それぞれの私室もあるので当たり前と言えば当たり前なのだが。


「俺によ、家名が付いた」

「ああ、サランが言ってたね。何でも北洋に住む竜の名にしたとか言ってたけど」

「ああ、ドレッドノートだとよ。大仰がすぎる」

「響きはユルグにぴったりだけどね」


 そう笑うロロが、俺の前に湯気の上がるカップを差し出す。

 村で使っている木製のものではなく、白い磁器のカップだ。


「お茶、入れたからさ。一息つこう。あんまり考え込んでると、また熱を出すよ」

「ガキの頃の失敗は忘れろ」

「いいじゃない、幼馴染なんだから。そういうの、ボクの特権だよね」


 にこやかに笑うロロに、軽く苦笑を返す。

 人に知られたくないような過去の失敗談をお互いに抱える仲だ、いまさらと言えばいまさらかもしれない。


「そういえばロロは? 新市街の市長になるのかよ」

「ううん。このマルハス一帯がかなり開発されてきたから、酪農都市ヒルテから都市全体を調整する代官が送られてくるらしいよ」

「じゃあ、お前も道連れだ……! 俺の片腕として働いてもらうぞ」

「じゃあ、今まで通りじゃない」


 言われてみれば確かに。

 これまで通りと言って差し支えはない。


「とはいっても、冒険者ギルドには頭のいい連中がたくさん配置されたんだろ? 俺達がやることなんてあるのかね」

「仕事が楽になったと喜ぼうよ。少なくとも、雑用からは卒業じゃない?」


 確かに。

 ギルドマスターが手ずから掲示板に依頼票をピン挿しする光景はあまり想像がつかない。

 その依頼票にしたって、カティ配下の事務方が冒険者とやり取りするだろう。

 つまり、俺の仕事はあまりないはずだ。

 そう考えると、少しばかり気持ちが軽くなった。


「とりあえず、体を慣らし終えたら深部にもう一度向かいたいな」

「そうだね。現地調査はボクらが自分で行ったほうがいいかもしれないね」

「〝手負いスカー〟を潰したっつっても、異常は異常だからな」


 未踏破地域が迷宮ダンジョンの一種だと仮定しても、魔物モンスターの数が多すぎる。

 あれだけの数がどこから現れているのかは、今後の危機管理のことを考えても調べておく必要があるだろう。


「フィミアとサランは置いていくか、忙しそうだし」

「サランはともかく、フィミアには声だけかけないと。また拗ねるよ」

「拗ねるのか?」

「彼女だって冒険者だからね」


 確かに、先行警戒がてらの現地調査とはいえ声くらいはかけておくべきか。

 最悪、着いてくるならグレグレに乗せればいいし。


 とはいえ、フィミアは多忙だ。

 いよいよ都市の中心に建つ教会が完成し、各地から移住を希望した聖職者たちが集まってきている。

 教会は有事の際に一般市民の避難所としても機能する重要な場所なので、その運用と人員配置に関しては注意を払わねばならないのだ。


 聖職者と一口に言っても、清らかなだけの連中ではない。

 特に開拓都市などという場所に来る連中は、腹に一物を抱えていたり、金の匂いに釣られてきた奴もいる。

 それを教会本部から信任された〝聖女〟であるフィミアが、一人一人面談して……時には、追い返したりしているのだ。

 傍目に見るに、かなり疲れていそうで気軽に「冒険に出るぞ!」と声をかけづらい。


「ボクはサランのところに行ってくるから、ユルグはフィミアのところに行ってきてくれる?」

「なんで俺が……」

「いま、サランと顔会わせ辛いんじゃないの?」


 フィミアのところはロロが適任だと思ったが、そのように言われるとそうかもしれない。

 勝手なことをしやがってと、少しばかりがなってきたところだ。


「わかった、頼むわ」

「うん。フィミアによろしくね」


 そう言って席を立ったロロが、手をひらひらとさせながら扉を出て行く。

 相変わらず俺は、あいつに気を遣わせてばかりだ。

 俺も……もう少し、大人にならないとダメだな。


「さて、俺も行くか」


 そう独り言ちて立ち上がった俺は、ゆっくりとした足取りで教会へと向かった。


 ◆


「ユルグ! 今日はどうしたんですか?」


 教会に入ると、フィミアが駆け寄ってきて出迎えてくれた。

 少しばかり疲れがあるが、サランほどではなさそうで安心した。


「ああ、ちょっとな。今は? 時間大丈夫かよ?」

「まあ。ユルグがわたくしの都合を聞いてくるなんて、まだどこか悪いんじゃないですか?」

「さすがに今のはちょっとひどかねぇか……」


 苦笑する俺にころころとフィミアが笑う。

 こうしてみると、顔が見られてよかったように思う。

 例の勇気が出る魔法とやらの件を、まだ気にしているかもしれないと思っていたから。


「俺の身体がまともに動く様になったら、深層の現地調査に行こうと思っててな、お前さんの心づもりを聞きに来たんだ。ただの調査だし、無理する必要は──」

「行きます」


 俺の言葉が終わる前に、フィミアが頷きながら応える。

 少しばかり意外だったが、行くというならそれでもいい。


「そうか。それじゃあ、また段取りを決めよう」

「ええ。今日のお勤めが終わったら家に行きますね」


 ご機嫌そうににこりと笑うフィミアの頭に軽く触れる。


「大変そうだが、あんまり無理すんなよ。何かあればロロか俺に頼れ。仲間なんだからな」

「ありがとう、ユルグ。その時は頼りにさせてもらいますね」

「おう」


 伝えるべきことを伝えた俺は、軽く手を振って踵を返す。

 俺達が調査に出ることを、カティにも伝えておかねばならないしな。


「あ、そうだ」


 軽く振り返って、フィミアに尋ねる。


「今日の夕飯は何が食いたい? 食って行くだろ?」

「何でもいいですよ。あなたの作る料理は何でも好きですから」

「わかった。じゃあ、また夜にな」


 今度こそ教会を後にした俺は、未だ仮設住居で仕事をするカティの元へと向かった。

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