第35話 変わりゆくマルハス

 俺が倒れていた一週間で、マルハスには少しだけ変化があった。

 元凶である〝手負いスカー〟を仕留めたことで、いろいろとあったのだ。


 例えば、森が正常化したことで中層部にまでいく冒険者が増えた。

 おかげで、希少な薬草の群生地や特殊な鉱石を算出する洞窟が発見され、『開拓都市マルハス』はさらに注目を集めているらしい。


 また、冒険社カンパニーの受け入れに伴って、冒険者ギルドの職員が増員された。

 冒険者ギルドの本部及び王国から認可を受けた、正規の職員だ。

 これでようやく俺もお役御免である。


 都市の拡張工事も順調に進んでいる。

 近くの山から石材を切り出す業者がようやく本格始動したことで、新市街には石造りの家屋も増え始めた。

 ちなみに、最初の大規模建設となったのは、冒険者ギルドである。

 いざとなれば魔物モンスターの侵攻に対して立て籠もり可能な、小型の砦のようなのが建設中だ。


 とりあえずの危機は去ったが……ここからが、本番という向きはある。

 俺の仕事は、おおよそ終わったが。


「あ、いたいた! ギルドマスター!」

「カティか。どうした……っていうか、俺はもうギルドマスター代理じゃねぇし」

「へ?」

「正規の人員補充が来たんだろ? ギルドマスターも」


 不思議そうに首を傾げてから、首をぷるぷると横に振るカティ。

 なんか、嫌な予感がするぞ。


「ユルグさんはそのまま正式にギルドマスターに昇格って聞きましたけど?」

「誰がそんな与太事言ってんだ……」

「ギルド本部ですけど?」


 カティの言葉に、軽く固まる。

 どう考えても、何かの誤解か情報の行き違いがあるようにしか思えない。

 だいたい、目が覚めてからようやく動けるようになったのはつい昨日で、そんな話は誰からも聞かされていなかったはずだが。


「俺は聞いてないぞ?」

「いまお伝えしましたが? これからもよろしくお願いしますね、マスター」

「おい、おいおいおい……! 冗談じゃねぇぞ?」


 こんなマネができるのは、一人しかいない。

 そう、陰険眼鏡サランだ。

 絶対にあいつが噛んでるはず。


「あ、それでですね。ギルドマスターの部屋、どのくらいの大きさがいいとか、窓の向きはどっちがいいとかあります?」

「知らん! 新しいギルドマスターに聞け!」

「えー、ちょっと! ユルグさーん」


 カティを置き去りにして、新市街を横切っていく。

 目指すはサランの執務室だ。


「お、ユルグさん、動けるようになったんすね!」

「大丈夫なんですか? ギルマス!」

「おう。あと俺はギルマスじゃねぇ」


 声をかけてくる冒険者どもに軽く返事を返しながら、よたよたと歩く。

 なんて様だ。まだまだ本調子とはいかないな。

 そんなことを考えつつも、たどり着いた執務室の扉を開ける。


「サラン、でてこい!」

「何ですか騒々しい」


 俺の声に応じて、サランが奥から姿を現す。

 少し疲れた顔をしているが、要件は伝えねばならない。


「お前、俺が寝ている間にギルドマスターに据えようとしただろう?」

「してませんが?」

「嘘をつけ。カティから聞いたぞ」

「それ、ちゃんと話を聞いたんですか? とにかく落ち着いてください」


 小さくため息をついたサランが、手で示して俺に椅子を勧める。

 少し拍子抜けしつつ、俺はどかっと椅子に腰を下ろした。


「私があなたを冒険者ギルドのギルドマスターに推しているのは、その通りです」

「じゃあ……」

「ですが、今回の件に関して私は何も動いてはいません」

「は?」


 思わず、声が漏れる。

 逆に、こいつが動いていないのなら、どうして俺にギルドマスターの席なんぞが回ってきているというのだ。

 意味は分からないが、こんな場面で嘘を吐く男でもない。

 こいつは嘘を言わない。黙っていたり、煙に巻いたりするだけで。


「たんに、あなたが認められただけでしょう」

「認められた? 誰に、どうやって?」

「冒険者ギルド本部に、成果で以て」


 サランの答えに、頭が痛くなる。

 教会で禅問答をしているわけではないのだ。

 もっとはっきりとした答えはないのか。


「とはいえ、この状況を招いたのは私で間違いないです。こんなにスムーズに行くなんて、まったくもって予想外でしたが」

「どういうこった?」

「新たな都市に冒険者ギルドを配置する場合、査察官が査定をしにくる場合が多いんです。活動する冒険者の規模、立地の調査が主ですが私が仮申請としてあなたをギルドマスター代理に据えたことで、あなた自身も査定の対象となった」

「おいおい、まさか……」


 サランが小さくうなずく。


「お眼鏡にかなってしまったんでしょうね。ユルグ、あなたは上手くやり過ぎた」

「ほぼ完全にお前のせいじゃねぇか!」

「そうとも言えますが、あなたのせいでもあります」

「なんでだよ?」

「日々の業務、冒険者のコントロール、もたらされた成果、加えて未踏破地域で直接行動できる冒険者としての資質──加えて、あの檄です。この『開拓都市マルハス』でこれ以上ない人選だと思ったんでしょうね。推薦した私も鼻が高い」


 高くなった鼻っ柱をへし折ってやろうか?

 まったく、やっぱりお前が発端じゃねぇか。

 しかし、これはまずいことになったぞ。

 サランのやつの手回しじゃないとなると、どうやってことわりゃいいんだ?


「いいじゃないですか、今までどおりですよ」

「いや、違うだろ。代理じゃなくなってマジモンのギルドマスターなんて、俺に務まると思うか?」

「あなた、自己評価がときどき低すぎますね?」


 立ち上がったサランが俺の肩を軽く叩く。

 妙にご機嫌な様子を訝しんでしまうが、扉を開けたサランが外を指さした。


「見なさい、ユルグ。ここから見える全てが、あなたの新たな居場所です」

「俺の、新たな?」

「いいですか、ユルグ。この景色と同じく、人は変わるものです。あなたは変化を知っているはず」


 サランに言われて、これまでを思い返す。

 初めて冒険都市アドバンテについたあの日のこと。

 いけ好かない貴族のぼんぼんにパーティを組んだ方がお得だと声をかけられたこと。

 たくさんの冒険をしたこと。

 その中で、〝悪たれ〟が出会った人々と、仲間。


「マルハスはもうこんなに変わりました。あなたを〝悪たれ〟と呼ぶ旧市街の者はもう少なく、新市街の冒険者はあなたをギルマスと呼ぶ。名は体を表す、ですよ」

「お前がそう仕向けたんだろうが」

「それでも、あなたはあなたでしょう?」


 サランの言葉にぐっと詰まる。

 相変わらず、いけ好かない奴。


「やってみたらいいじゃないですか。ここは冒険者の新たな楽園となる開拓都市です。その王はやはり冒険者でなくては」

「おいおい、不敬で首が飛ぶぞ〝御曹司〟」

「冒険者たるもの、夢は大きく持ちませんとね」


 にやりと口を弧にする陰険参謀。

 どこまで本気で、どこまで冗談かわからないが……なるほど、冒険者の都市であれば、まだしばらくは俺のような乱暴者も必要とされるか。

 いつでも降りるつもりで、挑戦してみるのも悪くない。

 トムソンのやつが、変わる勇気を見せてくれたように。


「しゃあねぇ、お前も手伝えよ? 開拓事業担当」

「もちろん。期待させてもらいますよ、ユルグ・ドレッドノート」


 ……またわけわかんねぇことを言いだしたぞ、コイツ。

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