第34話 勇なる者

 怯えた顔の〝手負いスカー〟を目にして、俺は軽く笑う。

 フィミアの告げた言葉に対する戸惑いは俺にもあるが、このふざけたバケモノを叩きのめす手段が俺にあるというのが、ただ嬉しい。

 勇者だなんだってのは、この際どうでもいい。

 〝手負いスカー〟が泣いて謝るまでぶん殴って、命乞いしてもぶち殺す。

 それだけだ。


「う、うそだ! この時代に本物の〝聖女〟が居るはずなんてない!」

「おいおい、さすがこんな田舎くんだりにいるだけあるな。遅れてるぞ、〝手負いスカー〟!」


 ロロの強化魔法を目一杯に受けて、真っすぐに駆ける。

 フィミアとロロのサポートがあれば、攻撃を避ける必要もない。

 特に、びびってやぶれかぶれになったようなのは。


「おっと、その魔法は禁止です」


 〝手負いスカー〟が瞳から放とうとしていた魔法を、サランが杖を振ってかき消す。

 バカめ。陰険眼鏡サランの前で同じ魔法が使えるものかよ。

 一度見ただけで、魔法式の解析から反対魔法まで構築するヤツだぞ?


 そうとも。

 このバケモノは〝淘汰〟だなんだと言いながら、人間おれたちを何も知らない。

 どれだけ俺達が恐ろしい存在かってのを、魔物モンスターの王様にわからせてやらなくちゃな。


「くるな、くるなって!」

「おいおい、余裕が消えてるぞクロコッタ。ケンカは楽しくやろうぜ。せっかく、対等に命の取り合いができるようになったんだからよ」


 疾走の勢いそのままに、真正面から戦棍メイスを振り下ろす。

 肉と骨を潰す感覚に混じって、かすかに何かを壊す手ごたえがあった。

 それが直感的に『何』なのか、俺にはわかる。わかってしまう。


「なるほど、これがテメェの魂か。やれやれ、気味のいいもんじゃないが──ぶっ壊させてもらうぜ!」

「やめろ! やめろおおお!」

「わりぃな! マルハスの〝悪たれ〟ユルグは、やめろと言われてやめた試しがねぇんだよ」


 絶叫する〝手負いスカー〟に向けて戦棍メイスを振り上げる。

 今度は、俺の内なる力を集めて纏わせた。

 きっとこれは、ひどく痛いぞ……クロコッタ。


「死ね」


 短く、しかし……たっぷりとした殺意を込めて、戦棍メイスを振り下ろす。

 その巨体ごと、存在そのものを叩き潰すだけの力を込めて。


「あ──」


 しわがれた声が小さく漏れて、地面に半ばめり込むようにして叩きつけられる〝手負いスカー〟。

 少しやりすぎてしまったのか、やつの身体の半分は粉々に砕け散って、ただの血だまりと化してしまった。

 これには俺も、少しばかりドン引きだ。


「だが、まあ。同じ轍は踏まんぞ」


 そう告げて、残った半身も戦棍メイスを振って吹き飛ばす。

 さすがにこれで蘇生するとは思えないが、念のためだ。

 しかし……普段はそれなりに重みを感じる戦棍メイスが、まるで棒切れみたいに軽い。

 なんだか、これはこれで人間捨てたみたいでいやな感じだ。


「討伐完了、でいいよな?」

「ええ。これ以上ないくらいに」


 俺の言葉に、サランが頷く。

 それに頷きを返してから、俺はまるで原型を残していない〝手負いスカー〟を視やって、顔をしかめてしまった。


「しまった、討伐証明まで吹っ飛ばしちまっ──」


 ぼやこうとした瞬間、視界がくるりと回って暗転した。


 ◆


「む……」

「! ユルグ!? 起きた?」


 目を開けると、心配そうな顔のロロが俺を覗き込んでいた。

 親友が無事なことにほっとしつつ、体を起こそうとして……起こせない自分に気付く。


「ここは? 俺はどうなった」


 声も出にくい。

 すっかり乾いてしまっていて、ジジイみたいな声しか出ない。


「ここは秘密で作ってたキミの家。で、ユルグは戦い過ぎて倒れた。グレグレが運んでくれたんだけど、大変だったよ」

「そうか。後で肉でも持ってってやるか。状況は?」

「上々だよ。心配ない」

「そうか」


 どうやら、多少のトラブルがあったものの、何とか俺達はうまくやったらしい。

 しかし……最後の最後にぶっ倒れるなど情けない。

 気を抜いてロロに怪我をさせたり、よくわからん力に振り回されて気絶するなんて、どうも俺は椅子に座りすぎてなまってるんじゃないだろうか。

 しかも、目を覚ましたら今度は起き上がれないと来た。


「みんなを呼んでくるね」

「ああ。でも、忙しそうにしてたら呼ばなくていいからな」

「そういうところだよ、ユルグ。一週間も眠ったままで、みんな心配してたんだから」

「は? 一週間?」


 新情報に驚いて跳ね起きるところだったが、身体はうまく動いてくれない。


「ほら、じっとしてて。すぐ呼んでくるから」

「お、おう」


 ぱたぱたと小走りで部屋を出て行くロロを気のない返事で見送って、俺は唖然とする。

 今まで、大怪我もしてきたし、倒れて寝込んだこともあるが……さすがに、一週間気絶しっぱなしってのは、初めての体験だ。

 なんだかちょっと怖くなってきたぞ。


 身体、動かねぇの……ずっとこのままってわけじゃねぇだろうな。

 さすがにそれは困る。


「ユルグ!」


 ロロが出て行ってほんの少し、扉を開けて駆けこんできたのはフィミアだった。

 今日は、シンプルなカントリードレス姿。


「大丈夫ですか、どこか痛いとか気持ちが悪いとか」

「身体が動かん」

「ああ、それは大丈夫です。しばらくすれば動くようになりますよ」


 そう笑って、俺の手を取るフィミア。

 柔らかな手のひらから、温もりを感じる。


「わたくしのせいで、死んでしまうかと」

「お前のせい? ああ、勇気のでる魔法ってヤツか?」

「あれは……その、勇者を選定する魔法なのです」

「何だってそんなもんを俺に? さすがに俺は勇者サマとは程遠いと思うぞ?」


 俺の手を握ったまま、フィミアが小さく首を横に振った。


「いいえ、あの日……いいえ、ずっと前から、わたくしはあなたに勇者えいゆうたる素質があると思っていましたよ」

「変な褒め方をするもんじゃねぇよ。……だがまぁ、おかげで〝手負いスカー〟を殺せた。ありがとよ」

「でも、あなたに大きな負担をかけてしまいました」


 俺の手をぎゅっと強く握って、フィミアが俯く。

 責任を感じる必要などありはしないのに、義理堅い女だ。


「まあ、無茶したのはお互い様ってことにしておこうぜ。とりあえず、成すべきことは成した」

「……!」


 俺の言葉に、〝聖女〟がハッとした様子で顔を上げる。

 さて、俺は何か妙な事でも言ったか?


「そうですね。さすがはユルグです」

「はン、褒めたってなにも出ねぇぞ」

「もう、素直じゃないんですから」


 くすくすと笑うフィミアに釣られて、思わず俺も笑ってしまう。


「それで、一週間変わりなかったかよ?」

「少しだけお話するべきことがあるんですが、サランさんに来てもらったほうが正確かと」

「構わねぇから、お前の口からきかせてくれ。病み上がりにちくちくと説教じみたことを言われるくらいなら、フィミアの方がまだマシだ」


 俺の言葉に、フィミアが小さく頬を膨らませて顔をそむける。

 〝聖女〟の珍しく子供っぽい仕草に、思わず少し吹きだす。


「なんだお前、そんな顔もできるんだな」

「もう、知りません!」

「悪かったって。それで? 何があった? 話してくれ」


 俺がそう乞うと、フィミアが小さく咳払いしてから口を開いた。


「実はですね──……」

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