第32話 邂逅

 戦闘の気配が其処彼処そこかしこからする未踏破地域の中央部を全員で駆け抜ける。

 今日に至っては、もう気配を隠す必要もない。

 邪魔が入れば潰して進むだけだ。


「さて、〝手負いスカー〟は出てきますかね?」

「出てくるさ。出てこないなら、出てくるまで荒らしてやるさ」


 俺がそう答えるにはワケがある。

 ずっと、気配があるのだ。あの日、感じた〝手負いスカー〟の気配が。

 しかも、それは俺達を追っている。

 向こうにしても、俺達は仕留めておきたい『敵』には違いあるまい。


 新市街の中堅が先行する区域を抜けて、深部へと足を進める。

 この辺りは、迷宮ダンジョンの入り口がある深部の玄関口だ。

 ここから先は、俺も踏み入ったことがない。


「お客さんだよ、ユルグ!」

「おう、接待してやらぁッ!」


 木の影から飛び出して来た上位猿人ハイ・ボルグールに大型弩弓のを向ける。

 この手提型大型弩弓は【ぶち貫く殺し屋スティンガー・ジョー】と呼ばれる魔法の武器で、バカみたいに強力な太矢クォレルをぶっ放すことができる代わりに、べらぼうに重い。

 ……つまり、俺向きの飛び道具だ。


「ギャゥ」


 断末魔の悲鳴までコンパクトにするほどの威力の矢が、木の幹に上位猿人ハイ・ボルグールを縫い付ける。

 これでビビってくれればと思ったが、そうもいかないらしい。

 木の影や樹上から、わらわらと猿人ボルグール達が姿を現し、威嚇の声を上げる。


「こいつらの巣は、もっと北だったと思うんだがな」

「関係ありません。せっかくですし見通しを良くしておきましょう」


 俺の隣に進み出たサランが、長杖スタッフを地面にトンと刺す。

 この状況を見越していたのだろう、『真なる言葉』の詠唱はもう終わっているらしい。

 杖の先から薄赤の閃光が複数迸って……周囲の森ごと雑に猿人ボルグールたちを焼き尽くしていく。


 たしか、〈火葬インシネレイト〉とか言う禁呪の一種。

 こいつは、わりと軽々に効率的とか言って使うけど。


「どうです、でしょう?」


 猿人ボルグール死体と燃えカスとなった木々が燻る中、そいつの姿があらわとなる。

 先ほどまでは気配までしか感じらえなかったが、いまはハッキリと姿を捉えることができた。


「〝手負いスカー〟……!」


 なるほど、アルバートを唆すくらいだ。

 猿人ボルグールどもくらいは支配下に置くか。

 もとより、大暴走スタンピードの主となるくらいの悪名持ちネームドであれば、そのくらいのことはやってのけるだろう。


「まさか、〈潜みの森ヒドゥンウッズ〉の魔法を森ごと焼き払って解除するなんて、乱暴だなぁ」


 しわがれた声でのんきなことを呟きながら、のしりと起き上がるマンティコア。

 その姿に、少しばかり体が強張る。

 以前に見た時よりも一回り……いや、二回りはでかくなってるぞ、こいつ。


「よぉ、〝手負いスカー〟殺しに来たぜ」

「乱暴だね、人間はさ。僕が君達に何をしたっていうんだい?」

「これから何かしますってツラしてるぜ」

「誤解だよ、僕は──」


 〝手負いスカー〟の言葉が終わる前に、一気に距離を詰める。

 ロロの強化魔法とフィミアの防護魔法が一気に付与されて、身体が少し軽くなるのを感じた。


「わあ、怖い」


 俺の一撃を、魔法の防壁で弾いた〝手負いスカー〟がしわがれた声でおどけるように笑う。

 やはり、悪名持ちネームド。さすがに一撃とはいかないか。


「口が血生臭ぇんだよ、お前。今まで何人喰った」

「覚えてないかな。年取ると昨日何食べたかもなかなか思い出せなくてさ。あ、これはまあまあおいしかったよ」


 獅子の足を振って、何かをこちらに転がしてくる〝手負いスカー〟。

 それはひどく破損していたが、見知ったヤツの頭だった。


「てめぇ……ッ!」

「なに怒ってるのさ。君達がいらないってしたヤツだろ? 食べたっていいじゃないか」

「いいわけ、ねぇだろ!」


 戦棍メイスを横薙ぎに振って、そのまま回転し……今度は振り下ろすように叩きつける。

 一撃目は魔法の防壁に防がれたが……二撃目はそれをかち割って〝手負いスカー〟の前足を叩き潰した。


「──……なッ!?」


 驚き、跳び退る〝手負いスカー〟。

 人の顔がついてるってのは、わかりやすくていい。

 顔から余裕が消えてるぞ……!


「獣風情が頭のいいフリすっからだ。なんのための『パーティ』だと思ってる」


 長生き過ぎたせいか、それともこれまでが簡単だったからなのか。

 顔にでかい傷を拵えてる割には、注意深さが足りないな。


付与魔法エンチャントか……!」


 ロロを睨みながらしわがれた声を発するマンティコア。

 そう、二撃目には魔法の防壁を叩き割る強化魔法がロロによって付与されていた。

 しかも、俺のインパクトに合わせて〈必殺剣クリティカル・ウェポン〉の魔法まで重ね掛けしてみせたのだ。

 〝妙幻自在〟の名は、伊達ではない。


「いい頃合いですね、ユルグ」

「おう」


 サランの言葉に、俺は数歩分を一気に跳び退る。

 それと同時に、サランの杖の先から青白い帯が火花を帯びながら発射された。


「ぬぅ……!」


 それを再度の魔法障壁で防ぎながら、蠍の尻尾をこちらに振るう〝手負いスカー〟。

 でかい身体を死角にしての、いい攻撃だったが……それを見逃すフィミアではない。

 小盾バックラーに似た小さな魔法の障壁が三枚重なって現れ、蠍尾の一撃を受け止めた。


 その瞬間に、俺は踏み込む。

 大きく、地面を這うようにして、素早く。


「ユルグ!」

「おうッ!」


 地面すれすれから戦棍メイスを〝手負いスカー〟の顎めがけてカチ上げる。

 ロロの強化魔法でがっちがちに強化された、でかくて重い鉄の塊が〝手負いスカー〟の頭部を上空に勢いよく跳ね上げた。

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