第31話 背中の先に

「聞けッ!」


 冒険者ギルドの仮支部前で、俺は声を張り上げる。

 こういうのは、俺の向きではないが……サランにやれと言われればやるしかない。


「これより、マルハス冒険者ギルドは合同国選依頼ミッションを発令する! 仕事はシンプルだ! 森に入って魔物モンスターを手あたり次第討伐しろ! 蹂躙だ!」

「おおーーっ!」

「ウチの〝御曹司〟が国の金庫から十分な金貨、冒険者ギルド本部からは冒険者信用度スコアの追加算を引っ張って来てくれた! 背後は冒険社カンパニーの連中と軍がカバーする! 討ちもらしは気にしないでいい! とにかくぶったたけッ!」

「おおおおーーーッ!!」


 百人以上にもなる新市街の冒険者たちが鬨の声を上げる。

 戦意は充分。練度も、連携もこの二か月余りでしっかり作ってきた。

 全ては、脅威たる〝手負いスカー〟を討つために。


「お前らが新市街ここを守るんだ! この、新天地を! 冒険者の楽園となるべき場所を! 開拓都市マルハスは俺達が作り、守ったんだと女どもに自慢してやれ!」

「ボス、女が居ません!」

「うるせぇ! お前らがもっと働けば向こうからくる! フィミアには手を出すなよ? ひき肉になりたくなきゃな」


 軽い笑いが冒険者たちから漏れる。

 よし、軽口を叩く余裕があるのはいい。

 緊張してぶるっちまうよりは、ずっと。


「報酬はたっぷり用意した! パーティ同士、協力してやれ! 怪我したら神官部隊が待機してる! 今日は特別に無料だ!」


 自分で言っておいてなんだが、一体どれだけ金がかかってるんだろうか。

 あの陰険参謀、どこからこれだけの予算を引っ張ってきたんだ?

 仲間とはいえ、ちょっと黒すぎてビビりそうだ。


「それじゃあ、行け! ──終わったら、酒樽を全部開けるからな。生きて帰れよ」


 再度の鬨の声を響かせながら、冒険者たちが未踏破地域の森に向かって駆けていく。

 早い者勝ちじゃねぇって言ってんのに、血気盛んな連中だ。

 だがまあ、冒険者はこうじゃないとな。


「さすがユルグさん! しびれました!」

「雑な褒め方すんじゃねぇよ。カティ、俺達も出る。後は頼んだぞ」

「了解でっす! みなさん、ご無事の帰還を」


 そう口にするカティの視線の先には、久々にフル装備の『メルシア』が揃っていた。

 アルバートがいないことに、ほんの少しだけちくりとしたものを感じないでもないが、ここで〝手負いスカー〟を潰せば、あいつも浮かばれるだろう。


 ……まだ死んでねぇか。


「さすがギルドマスターの檄は効きますねぇ。私も身が引き締まるというものです」

「代理が抜けてるぞ、腹黒野郎。余計なことをさせやがって」

「でも、かっこよかったよ! ほんと、久々に燃えてきちゃうかも」


 やる気に満ちた顔で、ロロが頷く。

 珍しいことだが、親友にこうやって褒めてもらえるのは嬉しいと感じる。


「わたくしも聞き入ってしまいました。まるで英雄譚に出てくる勇者のようでしたよ」

「おいおい、〝聖女〟が言うと、シャレにならん。勘弁しろ」

「あら、素直な感想ですのに」


 ころころと笑う聖女も、今日は戦闘用の装束に身を包んでいる。

 これで、この女は守られるだけの人間ではない。

 手に持った連接棍フレイルの一撃は易々と魔物モンスターを屠るし、防護魔法によるタフさもある。

 いつもは後衛で俺を支えちゃいるが、場合によっては前に出て近接戦闘もできる冒険者なのだ。


「みんな、準備いいか?」


 俺の確認に、仲間たちが頷く。

 冒険者たちが魔物モンスターの前線を押しているうちに、深部まで踏み込んで〝手負いスカー〟か、あるいは異常の原因を叩く。

 それが『メルシア』の目的だ。


「ぐれぐれ!」


 出発しようとしたその時に、聞き馴染んだ鳴き声が耳に届く。

 ふと見れば、見知った顔の村人が純白の走大蜥蜴ラプターを連れてこちらに歩いてきていた。


「トムソン?」


 俺が声をかけると、トムソンが急に頭を下げた。

 意味がわからなさ過ぎて、戸惑ってしまう俺の背中をロロが軽く叩いた。


「ユルグ、その……悪かった!」

「あん? 待て、何を謝ってんだ」

「村のためにこんなに働いてくれてんのに、ずっと疑ったりして避けちまってた。昔とは違うってわかってんのに、ずっと……すまなかった」


 トムソンがそう言いながら、グレグレの手綱を差し出す。


「連れて行ってやってくれ。ずっと、一緒に行きたいって鳴いてたんだ」

「そうなのか? グレグレ」

「ぐれぐれ!」


 ぴょんぴょんと跳ねながら、俺の頭を甘噛みする純白の走大蜥蜴ラプター

 その体には、ぱっと見でも上等な鱗鎧スケイルメイルを纏っている。

 おそらく森大鮫蛇フォレストシャークヘッド硬鱗の蛇竜ハードスケイルワームの素材でできたもの。

 他の冒険者が見れば、羨ましがられるような高級鎧だ。


「タントの爺さんが都会から来た職人と一緒に作ったんだ。素材はコンティが用意して、下地は村の女衆がやってくれた。オレはこの子が鎧を着て動くのに慣れるよう訓練した」

「ぐれぐれ」


 そのとおり、とでも言いたげにグレグレが鼻を鳴らす。

 頭のいい奴だが、まさか人語を解してるんじゃないだろうな。


「みんな、まだ少し戸惑ってるだけなんだ。〝悪たれ〟が立派になりすぎてさ」

「立派になんかなっちゃいねぇよ、俺は」

「そういう言葉が出てくる時点で、オレらより大人ってことだよ」


 どこかバツが悪そうに、トムソンが笑う。


「なあ、ユルグ。帰ってきたら、一杯やろう。十年前に隠したとっておきがあるんだ」

「……ああ。そりゃ楽しみだ」


 差し出された拳に、軽く拳を当てて俺は頷く。

 俺が守るべきものが、さらに明確になった気がする。


「グレグレ、本当についてくるのですか? 危ないのですよ?」

「ぐれぐれ!」


 乗れと言わんばかりに、〝聖女〟の前で膝をつく走大蜥蜴ラプター


「いいじゃねぇか。コイツも俺たちの仲間には違いない」

「そうだね。グレグレ、フィミアを頼んだよ」

「ぐれぐれ!」


 元気に返事するグレグレにフィミアが「仕方ありませんね」とまたがる。

 相変わらず絵になるコンビだ。


「じゃあな、トムソン。行ってくる」

「ああ! 気を付けてな、ユルグ」


 手を振るトムソンに背を向けて、俺は新市街を歩く。

 背中に守るもんがあるというのは悪くない。

 胸中でそう呟いた俺は、担ぎ上げた戦棍メイスの柄を強く握りしめた。

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