第30話 戦支度
「
件の
いつものように冒険者と話していた俺に、ちょっとした情報がもたらされた。
「ああ、妙にイラついてるっていうか、落ち着いてねぇって言うか。森全体がそわそわしてる気がするんだよ。一応、ユルグさんに報告しとこうと思って」
「おう、ありがとな。こっちでも気にかけておく」
去っていく冒険者に「一杯やれ」と銀貨を一枚握らせて、俺は防壁の向こうに広がる森を見やる。
ここのところ、俺自身があまり森に入れていないので気が付かなかったが……確かに、怪我をするヤツも増えてきた。
やっぱり、座り仕事なんてするもんじゃねぇな。
「おい、カティ。ちょっと出てくる」
「ええー! どこ行くんですか? ギルドマスター。仕事がまだまだ山積みなんですよ?」
「その呼び方はやめろ! 俺はただの代理だ」
「もう、逃げられないですって。ここに来る冒険者、みーんな、ユルグさんのことをギルドマスターだって思ってるんですから」
カティの言葉に、思わず肩を落とす。
あの腹黒参謀の計略でなし崩しに冒険者ギルドのマスター代理をしちゃいるが、俺はまだ納得しきっていないのだ。
だからと言って、新市街の冒険者どもを放っておくわけにもいかず、こうして毎日カティと机を並べているわけだが。
「森の様子を見てくる。ちょっとばかり気になってな」
「……さっきの話ですか?」
「ああ。ここが開拓されてる経緯は聞いてるだろ?」
俺の言葉に、カティが小さくうなずく。
彼女とて、覚悟ありきでここに来た人間の一人だ。
「調査依頼を発行しますか?」
「それを確認するためにも俺が出る。こう見えて、俺は斥候なんだぜ?」
「ええ!? 見えない……」
正直な受付嬢の反応に、思わず苦笑いしてしまう。
確かに、俺──〝崩天撃〟のユルグのイメージは鎧姿の重戦士なのだろうけど。
「昼までには戻る。誰か尋ねてきたら事情を説明しておいてくれ」
立てかけてある
「もう、わかりましたよ。一杯奢りですからね?」
「美女と
軽く笑って見せて、冒険者ギルド代わりの仮設住居を飛び出す。
ここもそろそろ、ちゃんとしたギルド建物を建ててもらわないとな。
サランが手配しているとは言っていたが、手狭だし……人も足りない。
「あれ、ユルグさん。森にいかれるんで?」
「お勤めご苦労さん。ちょっと行ってくる」
防壁を見張る門番に応じてみせて、そのまま未踏破地域に入っていく。
途中、数人の冒険者とすれ違ったので事情を聞いてみたが、やはり最近違和感があるという。
これだけのヤツが口にするってことは、気のせいってことはなさそうだ。
木々の間を縫うようにして、森の中を進む。
奥へ進むにつれて、まとわりつくような気配と……少しばかりの殺気。
俺に向けたものではない。森全体が殺気立っている感じがする。
「確かに妙だな……」
子連れでもない
冒険者たちが「落ち着かない」と口をそろえて言うのがわかる気がした。
しかも、数が多い。
新市街からそれほど遠く離れたという訳ではないのに、
これは、ちょっと対応を協議する必要があるぞ。
それこそ、そろそろ『
あのゾガチとかいうのをぶちのめしたのは失敗だったか?
……いや、あいつはないな。
いたところであまり役に立たなかった気がする。
態度もデカかったし。
「とりあえず戻るか。これは、調査依頼をとばした方がいいな」
そう独り言ちて、俺は奇妙にざわつく森を後にした。
◆
「そろそろだとは思っていました」
報告に訪れた俺を執務室で出迎えたサランが、目を細めながらそう口にする。
やはり、ある程度はつかんでいたか。
「森に入って確認してきたが、昼に居ねぇ魔物までいた。ちょっとまずいんじゃねぇか?」
「ええ、非常にまずいです。ですので、こちらから打って出ます」
サランの言葉に、少しばかり驚く。
「
資料をいくつか俺に示しながら、次々と知らないことを口にするサラン。
そういうところだぞ、お前。もう少し情報を共有しろよ。
「以前に、『ゾガチ冒険社』が来たでしょう? 実のところ、アレがここに来たというのは好ましいことでもあるんですよ」
「どういうことだ?」
「
すっとサランの目が細くして、口角を上げる。
ああ……悪い笑顔をしてるな、こいつは。
事が計画通りに進んで、実に愉快といった顔だ。
「ここから流れる迷宮資源、それに伴ってここに逆流する金貨、ある程度絞った募集、流した噂。そこから導き出される必要な戦力、状況、危機。お待たせしました、おおよそのコマが揃いましたよ」
「回りくどいと思ったら、最短を行ってたってか?」
「私、無駄は嫌いなんですよ」
そうだった。
この陰険参謀は、いつも時間対効果を重視する人でなしだった。
なるほど、頭の足りていない俺が見えていなかっただけか。
「──〝
「おう。やっとだな」
「もちろん、先陣は我々『メルシア』が務めます。アレの討伐実績を以て、国選パーティへ推薦しますからね」
「お前は変わらねぇな」
俺の苦笑に、サランが眼鏡を押し上げて小さく笑う。
仏頂面の多いこいつにしては、少し珍しいことだ。
「これが私ですから。詳細は追って知らせます」
「わかった。タイミングは任せる」
伝えるべきことを伝え、聞くべきことを聞いた。
あとは、然るべき時に
いつも通りに、敵を叩き潰す。
──俺が、この故郷にしてやれることは……それが全てだ。
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