第30話 戦支度

魔物モンスターの動きが妙?」


 件の冒険社カンパニーの事件から、一週間。

 いつものように冒険者と話していた俺に、ちょっとした情報がもたらされた。


「ああ、妙にイラついてるっていうか、落ち着いてねぇって言うか。森全体がそわそわしてる気がするんだよ。一応、ユルグさんに報告しとこうと思って」

「おう、ありがとな。こっちでも気にかけておく」


 去っていく冒険者に「一杯やれ」と銀貨を一枚握らせて、俺は防壁の向こうに広がる森を見やる。

 ここのところ、俺自身があまり森に入れていないので気が付かなかったが……確かに、怪我をするヤツも増えてきた。

 やっぱり、座り仕事なんてするもんじゃねぇな。


「おい、カティ。ちょっと出てくる」

「ええー! どこ行くんですか? ギルドマスター。仕事がまだまだ山積みなんですよ?」

「その呼び方はやめろ! 俺はただの代理だ」

「もう、逃げられないですって。ここに来る冒険者、みーんな、ユルグさんのことをギルドマスターだって思ってるんですから」


 カティの言葉に、思わず肩を落とす。

 あの腹黒参謀の計略でなし崩しに冒険者ギルドのマスター代理をしちゃいるが、俺はまだ納得しきっていないのだ。

 だからと言って、新市街の冒険者どもを放っておくわけにもいかず、こうして毎日カティと机を並べているわけだが。


「森の様子を見てくる。ちょっとばかり気になってな」

「……さっきの話ですか?」

「ああ。ここが開拓されてる経緯は聞いてるだろ?」


 俺の言葉に、カティが小さくうなずく。

 彼女とて、覚悟ありきでここに来た人間の一人だ。


「調査依頼を発行しますか?」

「それを確認するためにも俺が出る。こう見えて、俺は斥候なんだぜ?」

「ええ!? 見えない……」


 正直な受付嬢の反応に、思わず苦笑いしてしまう。

 確かに、俺──〝崩天撃〟のユルグのイメージは鎧姿の重戦士なのだろうけど。


「昼までには戻る。誰か尋ねてきたら事情を説明しておいてくれ」


 立てかけてある戦棍メイスを肩に担ぎ上げて、俺は扉に向かう。


「もう、わかりましたよ。一杯奢りですからね?」

「美女と一対一サシ飲みは悪くねぇな。大歓迎だ」


 軽く笑って見せて、冒険者ギルド代わりの仮設住居を飛び出す。

 ここもそろそろ、ちゃんとしたギルド建物を建ててもらわないとな。

 サランが手配しているとは言っていたが、手狭だし……人も足りない。


「あれ、ユルグさん。森にいかれるんで?」

「お勤めご苦労さん。ちょっと行ってくる」


 防壁を見張る門番に応じてみせて、そのまま未踏破地域に入っていく。

 途中、数人の冒険者とすれ違ったので事情を聞いてみたが、やはり最近違和感があるという。

 これだけのヤツが口にするってことは、気のせいってことはなさそうだ。


 木々の間を縫うようにして、森の中を進む。

 奥へ進むにつれて、まとわりつくような気配と……少しばかりの殺気。

 俺に向けたものではない。森全体が殺気立っている感じがする。


「確かに妙だな……」


 子連れでもない森大猪フォレストボアが殺気だって牙を木の幹に突き立てていたり、普段この時間はどこかに身を潜めている鉄甲虫アイアンビートルも這い出している。

 冒険者たちが「落ち着かない」と口をそろえて言うのがわかる気がした。


 しかも、数が多い。

 新市街からそれほど遠く離れたという訳ではないのに、魔物モンスターの密度が高すぎる。

 これは、ちょっと対応を協議する必要があるぞ。

 それこそ、そろそろ『冒険社カンパニー』の受け入れを検討する場面かもしれない。

 あのゾガチとかいうのをぶちのめしたのは失敗だったか?


 ……いや、あいつはないな。


 いたところであまり役に立たなかった気がする。

 態度もデカかったし。


「とりあえず戻るか。これは、調査依頼をとばした方がいいな」


 そう独り言ちて、俺は奇妙にざわつく森を後にした。



「そろそろだとは思っていました」


 報告に訪れた俺を執務室で出迎えたサランが、目を細めながらそう口にする。

 やはり、ある程度はつかんでいたか。


「森に入って確認してきたが、昼に居ねぇ魔物までいた。ちょっとまずいんじゃねぇか?」

「ええ、非常にまずいです。ですので、こちらから打って出ます」


 サランの言葉に、少しばかり驚く。


酪農都市ヒルテと隣のマッコール領から領軍を少々お借りしました。冒険者ギルドにも連絡をして、二つの冒険社カンパニーにも声をかけています。加えて、新市街に住む冒険者たちも随分とここに馴染んだはずです」


 資料をいくつか俺に示しながら、次々と知らないことを口にするサラン。

 そういうところだぞ、お前。もう少し情報を共有しろよ。


「以前に、『ゾガチ冒険社』が来たでしょう? 実のところ、アレがここに来たというのは好ましいことでもあるんですよ」

「どういうことだ?」

マルハスここは金になる、と王国全土に認知されたということです」


 すっとサランの目が細くして、口角を上げる。

 ああ……悪い笑顔をしてるな、こいつは。

 事が計画通りに進んで、実に愉快といった顔だ。


「ここから流れる迷宮資源、それに伴ってここに逆流する金貨、ある程度絞った募集、流した噂。そこから導き出される必要な戦力、状況、危機。お待たせしました、おおよそのコマが揃いましたよ」

「回りくどいと思ったら、最短を行ってたってか?」

「私、無駄は嫌いなんですよ」


 そうだった。

 この陰険参謀は、いつも時間対効果を重視する人でなしだった。

 なるほど、頭の足りていない俺が見えていなかっただけか。


「──〝手負いスカー〟を仕留めます」

「おう。やっとだな」

「もちろん、先陣は我々『メルシア』が務めます。アレの討伐実績を以て、国選パーティへ推薦しますからね」

「お前は変わらねぇな」


 俺の苦笑に、サランが眼鏡を押し上げて小さく笑う。

 仏頂面の多いこいつにしては、少し珍しいことだ。


「これが私ですから。詳細は追って知らせます」

「わかった。タイミングは任せる」


 伝えるべきことを伝え、聞くべきことを聞いた。

 あとは、然るべき時に戦棍メイスを振るえばいい。

 いつも通りに、敵を叩き潰す。


 ──俺が、この故郷にしてやれることは……それが全てだ。

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