第29話 俺の役目
「これは暴れたものですねぇ、ユルグ」
「死人は出してないんだからいいだろ?」
周囲から上がるうめき声の合唱に、俺は傷だらけの身体についた土ぼこりを払う。
地面でうずくまっている三十人余りの荒くれ者たちを見やって、サランが口を開いた。
「『ゾガチ冒険社』の皆さん、負傷中のところ大変申し訳ないのですが、午後からは物資の搬入がありますので速やかに退去をお願いします」
ぶった倒した俺が言うのもなんだが、お前は鬼か。
骨折が数か所のやつもいるんだぞ。
「ゾガチ社長? 聞こえていますか?」
「……こんな、ばか……な」
「〝崩天撃〟相手に喧嘩を売ったのはまずかったですねぇ」
「ほ、〝崩天撃〟……だ、と?」
何だこいつら、俺を誰だか知らないでケンカしてたのか?
そういうのはちゃんと情報収集しろよ。
こういう事態になりかねないんだからよ。
「今日のところは初回サービスで、見逃してやる。次は生きて帰れると思うなよ」
「ひっ……」
軽く一歩踏み出すと、折れた足を引きずってゾガチが後退る。
他の面々も、すっかり士気をそがれた顔でこちらを見ていた。
やれやれ……俺が素手でちょっと殴ったくらいで半壊するような連中が、何だってあんな偉そうにできたんだろうか?
まったく理解できない。
「おい、早くしろ。俺の気が変わらんうちにな」
「お、おい……引き上げるぞ」
剣を杖代わりにして立ち上がったゾガチが、弱弱しく声を上げる。
その声に、『ゾガチ冒険社』の連中が、のろのろと動き始めた。
数人は未だに動けないままだったが、しばしして、それらの者を馬車に乗せ終えた『ゾガチ冒険社』は挨拶もなくマルハスから離れ始める。
最後までマナーのなってないヤツらだ。
「はー……さすがに疲れた」
「ユルグ、大丈夫なのですか!?」
座り込む俺にフィミアが駆け寄ってきて、治癒魔法を施し始める。
斬られて裂けた傷が塞がっていく感覚は、やはりいつまでたっても好きになれない。
「無理、しすぎたんじゃない?」
「なに、ああいう手合いはこれくらいしねぇとわかんねぇだろ?」
「見てるこっちはひやひやしたよ」
ゾガチ達を追い返す
それが俺の役目で、最もいい選択肢だと思えたからだ。
理由は二つ。
まず、あいつらに
この『開拓都市マルハス』の冒険者ギルドマスター代理が、キレやすく、乱暴で、自分たちの暴力では歯が立たない相手だと思い知らせるためだ。
そしてもう一つは、他の『メルシア』メンバーを
〝悪たれ〟が村で暴れるのはいつものことだが、ロロやフィミア、サランは違う。
当然、冒険者として
今後の『開拓都市マルハス』の運営上、仲間を戦闘に参加させるわけにはいかなかった。
実際、村の連中は俺を随分遠巻きにしているしな。
まぁ、俺が人を殴るのを目の当たりにしてトラウマが誘発されてしまったのかもしれないが。
「およその傷は治癒できました」
「おう、ありがとな」
「でも、次はありません」
どこか決意めいた響きで以て、フィミアがはっきりとした言葉を口にする。
「あん?」
「わたくしは、あなた一人に重荷を背負わせるような卑怯者になりたくありません」
「……ボクも。次は、言うことを聞いてあげないよ、ユルグ」
ロロとフィミアが跪いて俺の両肩に額を寄せる。
なんだかそれが、妙にうれしくなってしまった俺は二人の頭を軽く撫でた。
どうやら、正しかったはずの俺の判断は、二人を少し怒らせてしまったようだ。
「さて。お手数をおかけしましたね、ユルグ」
傍らまで歩いてきたサランが、眼鏡を押し上げて俺を覗き込む。
こいつは、俺の意図をしっかりと受け取って……それを上手く利用してくれるようだ。
それはそれで、ありがたいとも思う。
もし、うっかりと戦端が開いていたとしたら……こいつの放つ魔法は恐怖の対象になる可能性が最も高いからな。
あの程度の連中、サランが本気になれば息をするように全滅させていただろう。
王国屈指の魔法使いであるサラン・ゾラークはそう言うことができる男である。
だからこそ、俺を呼びに走らせたし、俺に処理をさせたのだ。
保身と言えば言葉が悪いかもしれないが、こいつは目的のために俺を上手く使う
そういう意味で、逆に信頼できると思えるのだ。
「お前の望む結果になったかよ」
「及第点と言ったところですね。何も全員を相手にしなくてもよかったように思います」
「仕方ねぇだろ、襲ってくんだから。それより、お前……俺がギルマス代理ってどういうことだ?」
俺の言葉に反応したロロも声を上げる。
「ボクもだよ! 新市街の市長代理とかって聞いてないんだけど!?」
「さて、伝え忘れていましたか? これは失礼しました」
この陰険眼鏡……!
さては謀りやがったな!
「私も多忙でお伝えするのを失念していたかもしれませんね。ちょうどよかった」
「ちょうどよくねぇよ! 断っただろ?」
「あなたが断ったのは仕官でしょう? 推薦するなとも、代理にするなとも伺っていませんが?」
ああ言えばこう言う!
これだからサランってやつは食えねぇんだ!
最近おとなしく仕事をしてると思ったら!
「ボクも納得いってないんだけど?」
「ロロは、私が独断で決定しました。申し訳ありません」
「全然申し訳ないと思ってる顔じゃないよね!?」
「まさか、そんな。ハハハ」
あからさまな誤魔化し笑いをして、サランが続ける。
「ちょうどいい人材が不足しているんです。〝妙幻自在〟の二つ名は有効活用しないともったいないでしょう?」
「だからって……!」
「マルハス出身で現住民とも仲が良く、開拓都市案発起人『メルシア』のメンバーで、二つ名持ちの冒険者。事務作業も衛務作業もこなせる上に、容姿もいい……そんな人間を遊ばせておく理由、逆に見当たります?」
サランの言葉に、ぐっとつまるロロ。
横で聞いていて、俺もこれ以上の人材は見つからないと思ってしまった。
冒険者連中は俺が統括して、それ以外のあれこれをロロが処理する。
新市街は今のところそれでうまく回っているのは確かだ。
「マルハスの安全と発展のためです。諦めてください」
眼鏡を押し上げながら、腹黒参謀がにやりと口角を釣り上げた。
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