第28話 望まぬ来訪者

 アルバートとの一件があってから、二週間。

 『開拓都市マルハス』はそれなりに平和にやっていた。

 未踏破地域との境界には、丸太を組み上げた防壁がぐるりと設置され、都市中央では教会の建設も始まった。


 街にはうわさを聞き付けた行商人や仕事を求める職人も訪れるようになり、冒険者はさらに増えた。

 当然、トラブルも増えたのでそれに対処する兵士たちがヒルテより送られ……何の因果か、俺は冒険者相手どものトラブル解決役をやらされている。


「小せぇことでガタガタ騒ぐんじゃねぇよ! 両方痛い目を見てぇのか?」

「すみませんでした!」

「以後気を付けます!」


 冒険者二人がきれいな直角に頭を下げている。

 原因は、依頼票の取り合い。どちらが先に見つけたかで殴り合いのけんかになったので……両方ぶん殴って止めた。


「依頼票ってのは見つけた方じゃねぇ、持って行ったほうが優先だ。でも、討伐対象はコイツか。お前らじゃ、ちと危ねぇな。俺がカティに言って報酬額に色付けてやっから、二人で行ってこい」

「え、コイツと?」

「さすがにそれは……」


 渋る二人を、溜息まじりに睨む。


「ノートン、お前の得物は槍だろ? んでもって、コルトスの得物は斧と盾だ。うまくやればいい連携ができて安全に殺れる。コルトスが圧をかけて、ノートンが急所を突くんだ。いいからやってみろ。帰ったら一杯奢ってやる」

「ユルグさんがそう言うなら」

「しゃあねぇ、行こうぜ」


 多少ぎくしゃくとしながらも、お互いの拳を当てるノートンとコルトス。


「うまくいったらパーティを組め。冒険者信用度スコアの処理が楽だからな」

「それはユルグさんが楽したいだけでしょー」

「うるせぇ、俺はギルド職員じゃねぇっての! 早くいけ!」


 依頼票を持った手をひらひらと振って、追い払う。

 まったく、どんどん増えるのはいいが収拾がついてねぇぞ。

 早いところ、冒険者ギルドの人員を拡張してもらわなくっちゃな……。


「おつかれ、ユルグ」

「おう。悪いな、ロロ。手伝わせちまって」

「気にしないでよ。ユルグが頑張ってるんだから、ボクも負けてられないし」


 どんどん増加する冒険者ギルドの仕事にカティが追いつかなくなってしまい、そのサポートを俺とロロが引き受けている。

 正直、ロロの助けがないと事務処理が追い付かなくなってマズいところだった。

 そのくらいこの新市街には冒険者が居て、未踏破地域には魔物がいる。


 狩っても狩っても減らない魔物は、冒険者にとっていい飯の種だが……大暴走スタンピードを警戒する俺達にとっては、些か気が重い。

 安定しているようにも見えるが、アルバートの一件もある。

 〝手負いスカー〟が何かを狙っているのは明白だ。


「あ、そういえば……母さんがお礼言いたいから顔出せって言ってたよ」

「おばさんが?」

「うん。ご飯も食べに来ないから寂しいみたい」


 そう言われて、ふとおばさんの顔が浮かぶ。

 現在、おばさんは俺達同様にかなり忙しい。

 なにせ、この『開拓都市マルハス』唯一の宿の女将だからな。


 宿をきりもりする人材が必要だとなった時、俺がおばさんを推したのがきっかけで、そのままトントン拍子に決まってしまったらしい。

 そのため、宿の名前は『メルシア』であり、俺達のパーティ名と同じとなった。

 別に狙ってやったわけではないが、開拓の発起人でもある『メルシア』公認の宿ということで、訪れる冒険者もお行儀良くしてくれている。

 何かあれば、俺がじきじきに戦棍メイスをお見舞いすると公言したせいもあるかもしれないが。


 それを抜きにしても、おばさんの宿の評判はいい。

 そもそも働き者のおばさんは気遣いが行き届いているし、俺に慣れていて物怖じもしない。


「ビッツとアルコも宿で仕事をしているんだっけか?」

「うん。弟が危険な未踏破地域に行かなくてよくなったから、ボクも母さんもすごく感謝してるんだ」

「そりゃよかった。ちっとは恩を返せたかよ?」


 俺の問いに、ロロがにこりと笑う。


「さぁね。でも、母さんはチーズグラタンを用意して待ってるって言ってたよ」

「……そりゃ、行かねぇと損するな」

「でしょ?」


 くすくすと笑うロロの隣を歩きながら、俺も楽しい気持ちになってしまう。

 そうやって、俺の好物を作ってくれる人がいるというだけで、この場所を守る理由は充分だ。


「あ、いましたね! 二人とも!」

「フィミアか、どうした?」

「それが、ちょっと困ったお客様がいらっしゃってまして」


 フィミアの表情に、少し険しいものが見える。

 どうも、厄介事の匂いがするな。


「サランさんがお二人を呼んで来てほしいと」

「わかった。すぐに行く。ロロ、大丈夫か?」

「ボクも大丈夫。行こう」


 手に持っていた資料の類いを冒険者ギルドの仮設住居に片づけて、早足で新市街を歩く。

 村に近づくにつれて、徐々に騒がしさが増していく。

 なんだ、大騒ぎになってないか?


「困った客って?」

冒険社カンパニーの方みたいで……」

「あん?」


 冒険社カンパニーというのは、冒険者をまとめた商会のようなヤツだ。

 大量の冒険者を抱え込んで、人数が必要な大規模討伐や人海戦術を可能にする組織。

 『開拓都市マルハス』ではまだ受け入れを発表していないはずなんだがな。


 ロロとフィミアを伴って、村の広場に向かう。

 野次馬だらけの広場をかきわけて中心部へと進むと、サランの声が聞こえた。

 そのサランの向こう、村の入り口であるアーチの側には、八台の馬車と騎兵が十人。

 徒歩の連中もぞろぞろいる。


「ですから、現在は冒険社カンパニーの受け入れはしておりません」

「関係あるか! 村にいれろ! ここまでどれだけ移動させられたと思っている!」

酪農都市ヒルテにお戻りなればどうです? 寝床も仕事もありますよ」

「ごちゃごちゃうるせぇ!」


 馬に乗った鎧姿の大男が、サランに蹴りを入れる──が、済んでのところでフィミアの防護魔法がそれを遮った。

 サランは間近で男の靴裏を見ることになってしまったが、眼鏡が割れるよりはいいだろう。


「到着したようですよ。マルハスの冒険者ギルドマスター代理と、新市街の市長代理です」

「あん?」

「へ?」


 ロロと二人、サランの放った言葉に少しばかり驚いたが、なるほど。

 一芝居打てってわけか。


「んで、何があったサラン?」

「見てのとおりですよ」

 軍馬と馬車に踏み荒らされた広場、入る時に当てでもしたのだろうか、村のアーチは一部が割れてしまっている。

 住民たちは乱暴な来訪者に怯えた顔を見せていて、ぐずる子供は見知ったヤツの孫だった。


 なんなんだ、こいつらは?

 俺の故郷で随分と好き勝手な真似をしてくれるじゃないか。


 頭に血が昇ってくるのを感じつつ、俺はどうするべきか考える。

 俺にギルドマスターらしいふるまいをしろなどと、サランも無茶を言ってくれたものだ。

 まぁ、だが……ここは荒くれた冒険者が集まる『開拓都市』だ。

 それなりの対応をして、しかるべきだろう。


「お前らが責任者か? 今すぐ──……」


 男の言葉が言い終わる前に、主人同様に生意気そうな馬の横っ面を、裏拳でトばす。

 頸椎が捩じ切れる鈍い感触がしたので、残念だがもう助からないだろう。

 俺に生意気な顔を向けるのが悪い。


 それでもって、もっと生意気そうな馬の主人は、無様に落馬して地面に転がった。


「て、てめえ! 何しやがるッ!」

「マナーがなってねぇな。するときは、馬から下りるもんだろうが? えぇ!?」

「なんだと、テメ──ブバァッ!?」


 起き上がろうとする大男の顔に、軽い蹴りをくれてやる。

 死なないように手加減はしてやったが、仲間サランにやろうとしたことは許さねぇからな。


 ぶっ飛んだ大男の前まで歩いて行って、俺は軽く笑って見せる。

 コミュニケーションの基本は笑顔だからな。


「それで? お前らが誰で……誰から死にたいって?」

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