第25話 幻視の中で(フィミア視点)

 燃える村。逃げ惑う人々。戦うユルグに、ロロさん。

 魔物モンスター魔物モンスター魔物モンスター

 押し寄せる、魔物モンスターの波。

 踏み荒らされる、マルハス。


 ……見るに堪えない景色に、小さく首を振って息を吸い込む。

 これが訪れようとする結果みらいであれば、原因は何でしょう?


「……〝手負いスカー〟」


 森の奥から姿を現す、傷だらけの大獅子。

 蠍に似た長い尾を振りながら、悠然と歩いてくる。

 知恵ある人頭を持つ、邪悪な魔獣。

 やはり、あれが原因となりますか。


 景色がくるりと反転する。

 茜色の空に染まった、街道。

 おそらく、マルハス近郊にある酪農都市ヒルテへの道。

 過去なのはわかるけど、いつなのかはわからない。

 わたくしに見えるのは、その傍らに座り込む見覚えのある顔──アルバートさん。


「くそ……くそ……許さないぞ、ロロ・メルシア」


 そんな事をブツブツと口にしながら、佇む元リーダーが見える。

 ひどく歪んだ顔で、地面を不機嫌そうに踏みしめているみたい。


「サランもサランだし、ユルグのやつは脅しまでかけてきやがった! ……フィミアも、どうして……僕たちは愛し合っていたじゃないか」

「どうしたんだい? こんなところで泣いて」


 しわがれた声。

 それはひどく邪悪な気配を纏っていて、親切そうな声色なのに息をのむほどに悪意を帯びていた。


「ま、魔物……ッ」


 飛びのくアルバートさんの前で、ゆっくりと箱座りする魔物。

 それは、〝手負いスカー〟だった。


「驚かせてしまったかい? 私はクロコッタ。あなたは?」

「……なんなんだ、お前は!」

「いま名乗ったつもりだよ? 〝手負いスカー〟と言ったほうがいいかな? そっちの名前はあまり好きじゃないんだけど」

「ス、〝手負いスカー〟……!」


 剣を抜くアルバートに、大仰に驚く〝手負いスカー〟。

 傍目に見れば芝居がかった様子だが、アルバートさんは気が付いていないみたい。


「待って、待って、私はあなたとお話をしに来たんだ」

「どうして、僕と!?」

「あなたは他の人と違うように見えたからね」


 〝手負いスカー〟の言葉に、アルバートさんの警戒が緩むのを感じた。

 愚かな人とは知っていましたが、こうも愚かとは驚きです。

 『シルハスタ』がうまくいっていたのは、やはりサランさんの手腕でしょうか。


「あなたは、他の人とは違う。魔物の私が言うのもなんだけど、あなたには特別なものを感じるんだ」

「〝手負いスカー〟がどうしてこんなところにいるんだ」

「よかったらクロコッタって呼んでくれると嬉しいかな。私はね、少し困っていて……力を貸してほしいんだ」


 にこやかに話しながら、再び箱座りになる〝手負いスカー〟。

 そんなマンティコアに気を許したのか、剣をしまって向き合うアルバートさん。

 違和感と嫌悪感。そして、不安が湧き上がる。


 ……なにか、嫌な感じがしますね。


「あなた達人間が未踏破領域と呼んでいるあそこは、とても大切な聖域なんだ。私はあの場所の守り手をしていてね」

「魔物が何を守っているっていうんだ」

「〝一つの黄金〟だよ」


 〝手負いスカー〟の言葉に、アルバートの顔つきが変わる。

 それものはず、〝一つの黄金〟は所有者の願いを叶える伝説の魔法道具アーティファクト

 アルバートさんでなくても、多くの人が目の色を変えるでしょう。


「本当に、あるのか……!?」

「あなたに嘘を言って私に得があると思うかい?」

「……」


 そこで納得してしまうのが、彼の愚かなところなんですよね。

 何が目的かわからないのに、財宝を提示されて判断基準を損得にすり替えられている。

 短慮で短絡なのはあなたの不徳ですよ、アルバートさん。


「もし、あなたが私の頼みを聞いてくれるなら……〝一つの黄金〟を使わせてあげる」


 マンティコアの甘い言葉が、毒となってアルバートさんに染み込んでいく。

 『シルハスタ』を失った彼にとって、これは効くでしょうね。


「それで? 頼みって?」

「聖域を守るために、人間たちを追い出す手伝いをして欲しいんだ。彼らがこのまま聖域を踏み荒らせば、〝一つの黄金〟が奪われてしまうかも」

「僕の……〝黄金〟を?」

「そう──あなたの〝黄金〟が、誰かにられてしまうよ」


 囁かれる邪悪な声が、アルバートさんにはどう聞こえていたのか。

 だけど、目を細める〝手負いスカー〟を視て、わたくしは確信した。

 もう、アルバートさんはあの魔物の術中に落ちたのだと。


 なるほど、彼はある意味特別なのかもしれない。

 サランさんに見いだされるほど、操るにもってこいな人間だったから。

 この知恵ある邪悪な存在にとっても、『特別』なのだろう。


「どうすれば、いいんだい?」

「簡単さ、ほんの少し怖がらせてやるだけでいいんだ。本来、森と魔物は怖いものなんだって、思い出させてやるだけでいい」

「どうやって?」

「そうだね、結界を壊してきてくれる? 祠の中にある石を割るだけでいいよ。それだけで、君は〝一つの黄金〟を手に入れる」

「それだけで……」


 マンティコアの言葉に、アルバートさんが曖昧に笑う。

 それがどんな結果をもたらすか、わたくしは先ほど視てきた。

 いいえ、あの光景を視なくともわかるはず。

 人の領域は、脆い。少しバランスを崩しただけで崩れ去ってしまう。


「あなたは何もかもを手に入れる。王になることも、あの〝聖女〟を抱くことも自由になるんだ」

「何もかもを……フィミアも……」


(──……。)


 ぼやけた景色が白く染まっていき、わたくしはその中を静かにたゆたう。


(──……──……。──……。)


 かすかに讃美歌が流れる空間。

 神がおわす場所。


(もどるがよい、もどるがよい。汝が成すべきことを成す為に──……)


 意識が途切れる瞬間、荘厳な声が空間に響いた。

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