第26話 夜警

「……以上が、〈啓示リベレーション〉で得た情報です」

「ユルグ、ロロ、すぐに五芒結界の祠を確認して来てください!」

「おうよ!」


 珍しく焦った様子のサランの指示に、俺とロロはすぐさま夜空の下へと駆け出す。

 盛況とはいえ、まだまだ冒険者の数は足りない。

 現状で、マルハスに施された結界を失うのは死活問題だ。


「街道側からチェックするぞ! アーチを出たら俺は時計回り、お前は反時計回りだ!」

「わかった! 気を付けてね」


 村の名前が刻まれたアーチを潜ると同時に、ロロが指を振って強化魔法を付与してくれた。

 月明かりがあるとはいえ、〈夜目ナイトビジョン〉は、かなり助かる。

 相変わらず、気のまわるヤツ。


 感謝しつつ、最初の祠に向かって足を動かす。

 要石を収める祠は、新市街も含めた『開拓都市マルハス』の中心部──教会が立つ予定の場所──が一番手厚くなるように計算されて再配置された。

 『五芒結界』の名の通り、村の周りを五角形に囲むように配置されているわけだ。


「一つ目は、無事だな。よし……次!」


 壊されたり、鍵が開けられたりしていないか指さし確認してから、再度駆け出す。

 とはいえ、街道側にある二つは無事だろうと踏んではいた。

 は森──未踏破地域から押し寄せてくるのだ。

 であれば、ヤツらが狙うのはマルハスとの境界に配置されている祠だろう。


「二つ目も、無事だな。よし……」


 残る三つ目、一番狙われている可能性の確率が高い祠へ向けて駆ける。

 何もなければいいが、フィミアが見た未来がいつ来るかは明示されていない。

 ただ、俺が居たってことはそう遠くない未来だろう。


 以前は未踏破地域だった森の中を全力で駆ける。

 やがてはここも木が切り出され、『開拓都市』の一部になるはずの場所だ。

 マルハスは変わっていく。きっと、いい方向に。

 だから、それの邪魔をあのバカにさせるわけにはいかない。


 そんな思いで到着した三つ目の祠。


 悪い予感というのは、あたりがちだ。

 だが、何とか決定的にはならずに済んだらしい。


「アルバートォーッ!」


 祠に剣を振り上げている元リーダーの側面に、駆ける勢いそのまま体当たりを仕掛ける。


「あ? ばッ……!?」


 驚きと悲鳴が混じった声を上げて、アルバートが跳ねて吹っ飛ぶ。

 俺の体当たりは灰色背熊グレイバックベアだって耐えられない。

 当然、鎧を着ている人間だって吹っ飛ばす。


「はぁ、クソが。何とか間に合ったか」

「ヲヴォッ……おぼぼ」


 太い木の幹に叩きつけられたアルバートが、衝撃で胃の中のものを吐き出している。

 中途半端に頑丈な奴め……いや、曲がりなりにも俺達の仲間として難事を越えてきたヤツでもある。

 このくらいで死にはしないか。


「ユルグ……どうしてここに……!」

「夜の見回りだよ、文句あるか?」


 〈啓示リベレーション〉のことは黙っておく。

 なにせ、このバカは『知恵ある魔物』にされている人間だ。

 必要以上の情報を与えるわけにはいかない。


 そもそも、俺がここに来た時点でピンと来てねぇ時点で、こいつは元仲間のことをあまりよく知らないのだ。

 〝聖女〟フィミアが〈啓示リベレーション〉を使えることくらい、知っているだろうに。


「ユルグ! ──……アルバート!?」

「おう、不審者発見だ。見回りはしとくもんだぜ」


 念のため、軽い芝居を打っておく。

 頭のいいロロなら、これで察してくれるはずだ。


「んで? コイツはどうしたらいい? 結界の破壊は重罪なわけだが」


 王国法において、都市や村落を保護する結界施設──マルハスの場合は要石と祠──を壊すのは、国家の安全を脅かす重大な破壊行為として重罪が課せられる。

 多くの場合は死罪か、犯罪者刻印を入れられての終身労役。

 さて、未遂の場合はどうだったかな。


「お前たちがいけないんだ!」


 長剣を拾い上げたアルバートが声を荒げて立ち上がる。

 俺の体当たりをまともに受けて、なかなかやるじゃないか。

 まあ……抵抗するなら殺しやすくなって好都合だが。


「問答する気はねぇ。かかってこいよ、すぐにひき肉ミンチにしてやる」


 戦棍メイスを担ぎ上げて、アルバートを睨みつける。

 まさかお前、忘れたんじゃねぇだろうな?

 ロロに暴言吐き散らして、追放かましたこと……別に許してねぇからな。


「そこまでです、ユルグ」


 殺気を込めて脚にタメを作った瞬間、涼しい声が響く。

 ふと視線をやれば、フィミアを伴ったサランが姿を現していた。


「ロロ、魔法で拘束を」

「うん」


 ロロが指をパチンと鳴らすと、淡く輝く魔法の鎖がアルバートの足元から這い上がって、その体をがんじがらめに縛りあげた。

 〈束縛の鎖チェーンオブバインド〉だったか。

 ロロの得意魔法の一つだが……久しぶりに見たな。


「やめろ! 離せ!」

「おい、サラン。ここで殺した方がいいんじゃねぇのか?」

「新たな国選パーティを目指す『メルシア』のリーダーが、元所属パーティのリーダーを殺害というのは、外聞が悪いですからね。正直、危機管理的には殺してしまったほうがいいとは思うのですが……」


 サランの視線の先には、騒ぎで様子を見に来た冒険者たちの姿があった。

 まぁ、アルバートの奴が大声を出してたしな。

 『新市街』の連中には聞こえても不思議ではない。


「責任を以て、私の方で処理させていただきます」

「……わーったよ。とりあえず、俺はこのままここで野営して見張っとくわ」


 アルバートを止めることはできたが、念には念を入れておく必要がある。

 それに……怒りで昂った俺が村に入れば、村の連中が怯えちまうからな。


「わかりました。ロロ、アルバートを連れてきてください」


 軽くうなずいたサランは、それだけ言ってくるりと背を向け、うなだれたアルバートを振り返ることなくすたすたと歩いていった。

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