第23話 嫌な予感

「アルバートさんがいたって、本当ですか?」

「嘘ついてどうする」


 不安げなフィミアの声に応えつつ、人影が消えたほうに向かって足を進める。

 見間違えと言う可能性はあるが、あのもじゃもじゃした黒髪はヤツに間違いないと思う。


「ちょっと前に消えてから、ずっと未踏破地域にいたって事?」

「あいつにそんな根性あると思うか?」


 アルバートという男は騒がしい奴で、こんな所にずっと潜んでいられるようなやつじゃない。加えて言うと、生き残れるとも思わない。

 ……何かがおかしい。

 こういう違和感は、大事にするべきだと俺の勘が囁いている。


「止まれ」


 足を止めて、二人を制止する。

 嫌な予感がする時は、特に注意しないといけない。

 特に、『ありえないこと』が起きた時は。


 ここは未踏破領域──つまり、迷宮ダンジョンだ。

 何が起きたって不思議ではない。

 そして、起きたことには細心の注意を払わなくては、生き残れない。


「引き返すぞ。ロロ、フィミア」

「アルバートさんはどうするのです?」

「仮にあいつだったとして、これ以上追う理由がない。あいつがここで何をしてたって、俺達には無関係だ」


 一見、冷たい意見に思えるかもしれない。

 しかし、あいつは『シルハスタ』所属の元仲間であって、『メルシア』の仲間でも、新市街に来た冒険者でもない。

 あえて言うなれば、姿を消した不審者だ。


「ボクもそれがいいと思う。なんだか、奥に誘導されてる気がする」

「ああ、あれがアルバートでも、アルバートじゃなくても……これ以上の追跡はするべきじゃない。戻ろう、サランに報告だ」

「そう、ですね」


 盛大にフった手前、思うところでもあるのかもしれないが、さすがにこれ以上の危険は冒せない。

 ヘタをすれば〝手負いスカー〟と出くわすかもしれない場所を、あのバカ探してうろうろするのは愚か者のすることだ。


一角獣アルミラージは明日にまわすか。ロロ、警戒を密に頼む。最短距離で戻るぞ」

「うん。フィミア、しっかりとついてきてね」

「はい。了解しました」


 ロロと二人で周辺警戒をしつつ、小川を戻っていく。

 背後に何かの気配を感じないでもないが、かなり遠い。

 これが魔物モンスターのものなのか、アルバートのものなのかはわからないが……どうもキナ臭さがひどい。

 知恵者の意見が必要な案件だ。


 しばし歩くと、人の気配が増えてきた。

 俺がまわした依頼書は、うまく機能しているらしい。

 これだけの冒険者がうろついていれば、魔物モンスターも寄り付こうって気をなくすだろう。


「よし、戻ってこれたな。ああ、気色悪ィ……何かにずっと見られてる気分だったぜ」

「……あの日にちょっと似てるよね」

「ああ。嫌な感じだ」

「わたくしにわからないのが、ちょっと残念です」


 うなずき合う俺とロロの後ろで、フィミアが眉根を寄せる。

 俺はこんなもんわかんねぇ方がいいと思うけどな。


 ◆


「なるほど。他に目撃情報はありませんが……あなた方が見たというなら、見たのでしょう」

「確証はねぇ。後ろ姿しか見てねぇからな」

「うん。それに……なんだか変だった」


 俺達の話を聞いたサランが、目を細めて思考の構えに入る。

 そして、すぐさまため息を吐いた。


「ダメですね、情報が足りなさすぎます」

「だろうな。それで、方針を相談したい。アルバートのヤツの捜索をするかどうか」

「不要です。……と、言いたいところですが、気になるのも確かですね。二人の意見は?」


 話を振られたロロとフィミアが、にわかに驚いた顔になる。

 というか、俺も驚いた。

 あの、何でもささっと決めてしまう陰険眼鏡が他人の意見を求めるなんて。


「ボクは、よした方がいいと思う。なんだか、気味が悪いよ」

「わたくしも同意見ではあるのですが、なんだか嫌な予感がするんですよね」

「実のところ、私もフィミアに同意見です」


 俺とロロが気配を感じると同じに、魔法使い二人はこの現象について何か感じているらしい。

 お互いに、言語化するのが難しい感覚であるが、理解はできる。


「……フィミア、頼めますか?」

「〈啓示リベレーション〉ですか?」


 フィミアの問いに、サランが頷く。

 〈啓示リベレーション〉は高度な神聖魔法の一つであり……フィミアを〝聖女〟たらしめんとする力の一つでもある。


「わかりました。今から身を清めて、夢枕に立っていただきます」

「申し訳ありませんね。神の恩寵を軽々しく使えなどと」

「いいえ、わたくしも必要だと判断します」


 うなずくフィミアが、俺とロロを振り返る。


「この辺りで、沐浴が可能な場所ってありますか?」

「ああ、村からちょい離れたところに泉がある。ロロ、連れて行ってやれ」

「ボクが?」


 お前以外の誰がいるというんだ。

 沐浴ってことは肌を晒すことになるんだろうし、お前が適任だろうが。


「ユルグも一緒に行ってください」

「は? なんでだよ」

「不測の事態がおきてるということに違いはありません。フィミアの護衛は厚くしておかないと」


 サランの言葉には、説得力がある。

 確かにあれがアルバートだったとしたら、厄介なことになるかもしれない。

 ロロが後れを取るとは思わないが、万が一ってこともある。


「フィミアはいいのか?」

「いまさらですよ。多少のことは目を瞑ります」

「よし、周辺の警戒は俺がやる。ロロはフィミアについててやってくれ」

「うん。わかった」


 四人でうなずき合って、指令所代わりになっている建物を出る。

 サランは、なにやら受付嬢カティに用事があるらしく出たところで別れた。

 村を横切って、アーチを出る。


「泉はこっちだよ。足元に気を付けてね」

「はい。ありがとうございます」


 ロロのエスコートで、フィミアが砂利道を進んでいく。

 その後ろを、俺はぴりぴりと警戒しながらゆっくりとついて行った。

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