第22話 お説教タイム

「それはユルグが悪い!」


 あれから、メルシア家に連れて行かれた俺は……正座させられていた。

 王国広しといえど〝崩天撃〟ユルグを正座させて説教できるのは、ロロ・メルシアだけだろうな。いや、おばさんもか。


「ボクらに相談もしないで、どうしてそういうコト言っちゃうのさ?」

「そのうち言おうとは思ってたんだよ」

「それにしたって、どうしてそんなこと言うんだい?」


 俺の前にちょこんと座ったロロが、俺の目をじっと見つめる。

 やべぇな。すっげー怒ってる。


「いやさ、俺が居ると村の連中が落ち着かねぇだろ?」

「それは前も聞いたよ。でも、開拓だって街づくりだって始まってるじゃない。もう、気にすることないんじゃない?」

「そうは言ってもよ、新参のフィミアの耳に何度も入るくらいは恨まれてんだ。こっから先、お前らの足元を掬うことになるかもしれないじゃないか」


 頭の悪い俺でも、いくつかの懸念には容易にたどり着く。

 一番マズいのは、こうしてロロが俺を庇うことでこいつの居場所まで奪ってしまう可能性があることだ。

 いくら俺が少しばかりになって帰ってきたとして、やらかした過去を考えれば村の連中が俺を信じられないのは理解できる。

 ロロとフィミアがこの先もこの村で──あるいはこの開拓都市でうまくやっていくなら、俺という不安要素は取り除いておくに越したことはない。


「ユルグ、きっとみんなキミを見直してくれるよ。タントさんだって、トムソンだって、今のユルグを昔と違う目で見てる。素材屋のコンティだって、お礼を言ってた」

「そうですよ。わたくしだって、村を守るあなたのことを評価する声を聴きました」


 二人の勢いに少々圧されつつ、俺は苦笑する。

 俺なんぞにそこまで必死にならなくてもいいだろうに。


「落ち着けよ、なにも今すぐってワケじゃねぇ」

「落ち着かせてくれないのは、ユルグでしょ」


 ロロが盛大な溜息を吐きながら立ち上がって、俺に手を差し出す。


「ユルグが旅に出る時は、ボクも一緒について行くから」

「それはどうなんだ」

「いいでしょ? ボクができるヤツだって言ってくれたのは、ユルグだよ?」


 ロロの手を掴んで、ゆっくりと立ち上がる。

 昔はひょろひょろだったのに、いつの間にこんなにしっかりしやがったんだ?


「わたくしも一緒ですよ? 置いてけぼりにしないでくださいね」

「フィミアもか?」


 いや、当然か。

 ロロが行くなら、こいつもついてくるだろうさ。

 そう考えると、なんだかそれはそれで楽しい気もする。


「楽しそうな話をしていますねぇ、皆さん?」

「サラン!?」


 白い煙が渦巻くようにして、形となり……サランが姿を現す。

 しまった、こいつに仕事を頼まれてたんだった。


「まったく、いつまでたってもユルグが新市街に来ないからどうしたものかと思っていたら……私抜きで旅立ちの相談ですか?」

「ちげーよ! 話をややこしくするな、腹黒眼鏡!」

「おっと、陰険眼鏡から腹黒眼鏡にスケールアップですね。それで? 仕事を放り出して何の相談をしていたんです?」


 靴をコンコンと鳴らしながら、俺達を見るサラン。

 不機嫌を隠そうともしない様子に、俺は大きなため息を吐く。


「その内、旅に出ようって話だ。お前も乗るか?」

「当然です。私とて冒険者ですからね」


 眼鏡を押し上げながら、腹黒参謀が小さく口角を上げた。


 ◆


「さて、行くか」


 ロロとフィミアを伴って、以前に灰色背熊グレイバックベアがいた小川を遡上するように歩く。

 とりあえずカティの手も借りてサランが準備した依頼書は手配し終わったが……俺達が、任せっきりでぼんやりするわけにもいかない。

 ということで、俺達も未踏破地域に繰り出して来たのだ。


 開拓地に来た冒険者には、駆け出しもいる。

 いざとなれば、フォローにだって行けるだろう。


「それにしたって、一角獣アルミラージがいるなんて知らなかったよ」

「ああ、俺もちらっと姿を見かけただけだがな。いるにはいる」


 一角獣アルミラージは、熊ほどの体格をしたデカい兎だ。

 デカいだけでなく頭に一本角が生えてていて、それが錬金術における貴重な材料となる。

 大陸北部に行けば一角馬ユニコーンという、同じく角を生やした魔物モンスターが居るらしいが、この辺りでは見ない。


 サランの目的は、一角獣アルミラージそのものである。

 角は薬の材料、毛皮は上流貴族のコート、肉は滋養に富んで上質。

 早い話が『いる』というだけで冒険者が狩りに来るような、おいしい魔物モンスターなのだ。

 上手くすれば、『開拓都市マルハス』のなかなかいい宣伝材料になるだろう。


「見かけたのは少し奥でな、未踏破地域に初めて来た奴にはちっと危ない。美味い仕事だが、俺達で仕留めちまおう」

「討伐出来たら、お肉を少し分けてもらおうかな。弟達に食べさせたいし」

「ビッツはともかく、アルコに魔物料理モンスタージビエはちょっと早いんじゃねぇか?」

「大丈夫じゃないかなぁ。それに、これからは魔物肉が食卓に並ぶのも増えていくでしょ? 最初に一番おいしいのを食べさせてあげたいんだ」


 なるほど、とロロに頷く。

 確かに、魔物モンスターの肉はまずいのにあたると、ずっと苦手になる奴もいるからな。

 特に、子供だとそれが顕著だろう。


「では、張り切っていかないとですね!」

「おう。まあ、見つけさえしたら仕留めんのは俺がやる」


 今回は大型の弩弓も持ってきた。

 『シルハスタ』時代にパーティ資金で買ったもので、後腐れがないようにアドバンテに残して来たのだが……サランのやつがご丁寧に運んできてくれたのだ。

 せっかくなので、活用させてもらおう。


「静かだけど、気配はないね」

「ああ、〝手負いスカー〟のやつ……奥に引っ込んだのか?」


 相変わらず魔物モンスターの出現は異常だが、〝手負いスカー〟についてはあれ以来、目撃情報がない。

 それが『良い事』とわりきるには、不安が大きすぎるが。


 知恵のある魔物は怖い。

 それが、長く生き残って、実際に被害を出してる奴となればなおさらだ。

 サランが急いでくれてはいるが、いま大暴走スタンピードが起きれば、始まったばかりの開拓都市もろともマルハスは終わりだ。

 早いところ、戦力を整えてこの辺りの魔物モンスターちまわねぇとな。


「ん?」


 森の先を見据えていた俺の目が、動くものを捉える。


「なあ、ロロ……見えたか?」

「うん。人だった、しかもあれって……」

「アルバートのやつに見えたよな?」


 奇妙な違和感に二人で顔を見合わせて、人影が消えた森の奥をじっと凝視した。


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