第21話 面倒事と面倒事
ロロの楽観と、サランの計画は見事に的中した。
公示から一週間で、すっかりマルハス新市街は冒険者でにぎわいを見せている。
「はーい、開拓冒険者の登録はこちらです!」
それでもって、見たことのあるギルド職員がその冒険者たちを誘導している。
まあ、
「なぁ、その登録……俺達もしないといけない感じか?」
「あ、ユルグさん! 『メルシア』のメンバーは既に登録済なので大丈夫ですよ!」
「そうか。それにしたってあんたが来るとはな」
俺の言葉に、得意げに受付嬢が笑う。
こんなド辺境の開拓村に飛ばされたってのに、なにやら嬉しそうだ。
「志願したんですよ! わたしは皆さんのファンですからね」
「そりゃ、早まったな。事故ったら死ぬぞ?」
「そんなの、どこでもいっしょですよ。マルハスの事務長を受けるにあたって、事情も聞いてます」
出世欲をリスクに乗せるか。
さすが、冒険者ギルドの職員は肝が据わってやがる。
ま、このくらいでないとここではやっていけないか。
「そういや、名前を聞いてなかったな」
「カティです! カティ・グリンベル。これからよろしくお願いしますね、ユルグさん」
にこりと笑うカティと握手を交わす。
ふむ、よく見ればなかなか美人だな?
眼鏡の奥のぱっちりした目は形がいいし、緑色の目は少し神秘的だ。
動きやすいようにか、ふわりと三つ編みにした明るい赤茶の髪もよく似合っている。
「どうかしました?」
「いいや、あんたが思ったより美人だったんで、眼福に預かっただけだ」
俺の言葉に、カティが驚いた顔をして……それから顔を赤くする。
おっと、そういうところは田舎娘なんだな。
「お上手なんだから! あんまりからかわないでください」
「ま、忙しいと思うが何かあれば声をかけてくれ。詫びに手伝うからよ」
手をひらりと振って、その場を離れる。
これ以上、仕事の邪魔をするのもなんだからな。
「ユルグ、ここにいましたか」
「おう。どうした?」
「受付嬢に色目を使うくらいお暇なあなたに仕事です」
「なんだ、見てたのかよ。それで? 仕事って?」
数枚の羊皮紙を俺に差し出すサラン。
受け取ったそれには、以前に、俺が未踏破地域で調査して得た
「集まった冒険者に適正な仕事を割り振ってきてください」
「は? 冒険者だぞ、あいつらは」
冒険者というのは、リスクを己が実力で金に換える人間のことだ。
どんな仕事選ぶかも自由だし、そこで何が起こっても自己責任となる。
役所勤めじゃあるまいし、割り振られた仕事をこなすようなヤツらではない。
しかも、こういうのは冒険者ギルドの仕事だ。
俺でなく、カティに渡すべきだろう。
「あなたのやり方でいいですよ? それらが今日中に受注され、数日中に討伐されたという結果があればね」
「おいおい、まだ来たばっかりのやつらだぞ? 現地調査もできてねぇのに仕事させんのか?」
「そのためにあなたを使ったんでしょう?」
そう言って、紙束を指さすサラン。
依頼書らしきそれをよく見てみれば、周辺地図も記載された特別仕様だった。
「冒険者が来たら、次は彼等の働いた結果がいります。渡した依頼書は比較的に危険の少ないもので、この未踏破地域に足を踏み入れるに丁度いいものをチョイスしました」
「現地調査がてら、
「金が回りはじめれば、他の冒険者たちも積極的に動き始めます。そうなれば、この村の安全性も重要性も高まります」
サランの鋭い視線が、新市街とその奥にある森に向けられる。
ぶっ倒れるほど仕事するこいつが描いてる絵図だ。
おそらく、これが最善手なのだろう。
「ああ、もう。わかった!」
「ええ、頼みましたよ」
渋々うなずく俺に、軽く口角を上げてサランが去っていく。
まったく、俺をうまいこと使いやがって。
「ユルグ、どうかしたのですか?」
頭をガシガシと掻きながら歩く俺の前に、今度はフィミアがやってくる。
冒険装束ではない〝聖女〟は、茶色のカントリードレスを纏っていてちょっと芋臭い。
だがまぁ、このマルハスにはマッチしているか。
ロロと所帯を持ったらこんな感じなんだろうと、納得もする。
「サランに厄介事を押し付けられたんだよ。やれやれ、あいつは人を使う天才だな」
「文官貴族のご子息ですしね」
俺のため息に、フィミアがコロコロと笑う。
こうしていると、ただの村娘に見えないこともない。
「お前は? 何してんだ?」
「
「〝聖女〟様に雑用をさせるなんて、畏れ多いこった」
「あら、わたくしはこういうのも好きですよ。生活してる感じがします」
「まあ、冒険者の生活とは違うしな。まあ、でも村の連中とうまくやってるようで安心したわ」
すっかりとマルハスに溶け込んだフィミアを、少しばかり羨ましくも感じる。
俺など、いまでも出歩くだけで遠巻きにされたりヒソヒソとされたりするからな。
まあ、仕方あるまい。俺は本来ここにいるべき人間ではないのだから。
「わたくしはあなたの悪評を何度も耳にしましたけど」
「だろうな。次に言われたら『程々に働いたら消えるから今は我慢しろ』と伝えといてくれ」
「? 消える?」
フィミアが少し驚いた様子で俺の袖をつかむ。
「どこかに行くのですか? 一人で?」
「そのつもりだ。お前さんが聞いた通り、〝悪たれ〟はこの村で忌み嫌われる魔物の一種なんだ。痛い思いをしたやつもいるし、怖い思いをしたやつはもっといる」
「でも、あなたは今こうして頑張ってるじゃありませんか……!」
「罪滅ぼしと恩返しみたいなもんだ。ロロん
俺の服の袖をつかんだまま、フィミアが小さく俯く。
あんまり引っ張ると、伸びてしまいそうなんだが。
それに、こんな場面をロロに見られでもしたらマズいことになるのではなかろうか。
「ダメです」
「あ?」
「あなたは、ここにいないと」
「おいおい、話聞いてたか? フィミア」
ふるふると首を振る〝聖女〟に、俺はどうしていいかわからず周囲を見回すしかない。
誰か助けてくれ。
「あれ? ユルグと……フィミア?」
ほら見ろ、一番見つかっちゃいけない奴に見つかったぞ。
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