第18話 疲労困憊とバスタイム
ヒルテ子爵との面会が終わった俺達は、酪農都市中を走り回った。
冒険者ギルド、商会ギルド、大工ギルド、それに付随する関係各所も含めて、十数か所を回り……ヒルテ子爵同様に『甘い未来への展望と、いまそこにある危機』を振りかざして、大量の資材や人材をマルハスに集中する段取りを建てたのだ。
「わたくし、もう……歩けません」
「回復魔法はどうした?」
「魔力も尽きかけですよ……」
「ほら、しっかりしろ」
ふらふらと歩くフィミアの細い腰を抱く。
普段なら役得と喜んだかもしれないが、俺にしたって疲れが強い。
なんで、サランのやつは平気なんだろう。
「いけないわ、ユルグ。ロロきゅ……ロロさんに悪いわ」
「ぶっ倒れそうなやつが言う言葉か」
まぁ、言わんとすることはわかる。
他の男に触れられるなど、ロロにとってもフィミアにとってもいい気持ではないだろう。
とはいえ、隣を歩くロロもそろそろ限界だ。
もう口数が減りすぎて、さっきから一言も発していない。
パーティ全体が憔悴状態だ。
『シルハスタ』で冒険してた時だって、ここまで消耗したことは少ない。
「ふむ。こんなものでしょうか」
穀倉管理組合から出てきたサランがようやく待っていた言葉を口にする。
すっかり日は傾いて、もう夕日が山の影に隠れるところだ。
「宿に一泊して、明日の朝出ましょう。この状態では、野営するわけにもいきませんしね」
「まったく、誰のせいだと思っている」
「言ったでしょう? これは時間との戦いなんです。いくつものプランを並行して進めなければ追いつきません」
目を細めながら、サランが小さく……しかし、長いため息を吐く。
なんだ、てめぇも疲れてんじゃねぇか。
やせ我慢でよくやる。
「そういえば、アルバートはどうしたんだろう?」
「興味ありませんね。マルハスで見かけませんでしたし、アドバンテへ帰ったのでは?」
あまりの冷たさに、さすがに俺もアルバートを哀れに感じる。
そりゃ、俺とてアイツのことは嫌いだが、これで八年も一緒にやってきたんだ。
せめて、もう少しくらい興味はあってよくないだろうか。
「では、ユルグ。宿を決めてください」
「俺が?」
「ええ、あなたが」
急に話を振られて、少しばかり詰まる。
せっかく
冷えた
加えて、俺達はくたくたで汗まみれで、砂埃が体中に張り付いている。
最低でも湯桶の提供があるところで、欲を言えば浴場が併設してるところがいい。
「大通りからちょっと遠いが、いい宿がある。値段は張るがセキュリティもしっかりしてて、飯もうまい。それでもって、風呂付き。……どうだ?」
「あ、『ホテル・マドレーナ』だね?」
ロロがぴんときた顔で笑顔を見せる。
この辺りでは有名な高級ホテルだが……たまの贅沢には金をかけないとな。
「では、参りましょう。そろそろフィミアさんが限界の様です」
「んだな。ロロ、担いでやれ」
俺達の視線の先では、すっかりとよれよれになった〝聖女〟が、ぐんにゃりと石畳にへたり込んでいた。
◆
「なんだかすごいことになっちゃったねー」
「ああ、頭の悪い俺には何が起こってるかもうわからん……!」
ロロの髪を石鹸で泡立てながら、俺はため息を吐く。
サランの案に乗ったはいいが、この調子だと冒険者らしからぬ死に方をしそうだ。
「かゆいところはございませんかー……と」
「なにそれ。アドバンテのサロンみたい」
「こっちにはまともな湯殿すらねぇからな」
とはいえ、こうしてロロの髪を洗ってやるのは何年ぶりだろうか。
昔──まだ、マルハスにいた頃──は、おばさんに頼まれて髪を洗ってた。
アドバンテに居ついてからは、冒険者ギルドの優待でヘアサロンに行くことも多くなって洗わなくなったが。
「こうしてっと、昔を思い出すな」
「そうだね。あとでユルグも洗ってあげるね」
「俺の髪は適当でいいんだよ」
ロロの細く美しい銀の髪はともかく、俺のバサバサした剛毛はそこまで労わる必要を感じない。
適当に〈
「ユルグはすぐにそんなこと言う」
「ただの事実だ。どこもかしこも頑丈にできてんだ、適当でいいんだよ」
泡を流しながら、ロロの髪を梳くようにしてシャワーですすぐ。
湯と水を自由に使えるなんて、さすがは高級ホテル。
いろいろな
「どうしたの?」
「ああ、いや。新しいマルハスにはこういう風呂が欲しいなと思ってよ」
「それ、いい案かも。ユルグの家に作ってもらおうよ」
「おいおい、そのネタいつまで続けんだよ?」
「ネタのつもり、ないんだけどな」
立ち上がったロロが俺の手を取って、すとんと椅子へ座らせる。
油断していたとはいえ、少しばかり驚いた。
対人戦で使う格闘術の応用だろうか、見事な体捌きだった。
「交代。洗ってもらうばっかりじゃ悪いからね」
「俺はいいって」
「ダメだよ。今日はユルグもいっぱい汗かいたんだし」
有無を言わせない感じで、俺の頭に石鹸水をかけるロロ。
ああ、ダメだ。諦めるしかない。
まったく、ときどきこうして頑固なんだよな。
「サランに頼んで、豪邸を建ててもらっちゃおうかな。パーティ拠点を兼ねたさ」
「やめろ、サランなら本気にしかねない」
「そのくらい、悪くない案ってことだよ」
背後のロロが、笑いながら俺の頭を泡立てていく。
そう言えば、こいつに頭を洗ってもらうのは初めてかも知れない。
ガキの頃は自分でやってたし。
「ボクはさ、ユルグの居場所をあそこに作りたいんだ」
「そりゃ、ありがとよ。まあ、豪邸はいらねぇけど気持ちはありがたいよ」
「うん。だから、お風呂場も作ってもらおう。裸の付き合いって大事だしね」
「結局それかよ」
ロロの言葉に軽く笑って返す。
だが、まあ……確かにこういう穏やかな時間を過ごす場所があってもいい。
そんなことを考えながら、俺は心の中で親友に感謝した。
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