第19話 王様の視点

 マルハスに戻ってからの俺達も、多忙だった。

 俺達だけではない、村中が大騒ぎだった。


 まず、サランの手筈で訪れたのは、教会本部から派遣された神官や司祭たちだった。

 マルハスに設置された祠を新たに建設し、『五芒結界』を強化した上で拡張した。

 これにより、未踏破地域浅層の一部が安全域となり……次はそこに、ヒルテから派遣された木こりや大工たちが押し寄せた。


 文字通りに、押し寄せたのだ。

 その数はマルハスの人口よりも多く、あっという間に森を切り開いて製材所を作り始めた。


 何のためか?

 これからさらに大量に訪れる、人間のための仮家を拵えるためだ。

 サランのやつは、人材の到着する順から人数までをきっちりと順序だてている様で、これだけの人間が来てるのに混乱がほとんどない。

 しかも、産業として利用可能な薬草の群生地や小川、小さな泉などは開発計画地から除外するという徹底っぷりだ。

 あの男は「住民の方には何もかも捨ててもらいます」などと言っておきながら、そういうところには気を遣っているらしい。


 たったの数週間で、俺が野営地にしていた周辺には多数の小屋やログハウスが建てられ、かつて村と森の境界線があった場所には三階建ての宿が設置された。

 優秀な職人集団による人海戦術がこれほどのものなのだと、思い知らされた気分だ。


「いや、すげぇな。何が起こってんのかさっぱりわからん」

「ボクもだよ。村の大きさが、たったの一ヵ月で三倍になっちゃった」


 もはやマルハスよりも広くなった新規開拓地を見て、俺とロロは呆けるしかない。

 俺達だけではない。村の連中にしてもそうだろう。

 王国中から惜しげもなく投入される人材が、あっという間に生活環境を作り変えてしまったのだ。

 これで呆けるなという方が難しい。


「まだまだです。やはり一ヶ月では時間が足りませんでしたが……それでも、ある程度の目途はたったと言っていいでしょう」


 ぼんやりと立つ俺達の背後から、神経質そうな声が上がる。

 振り向くと、ひどく顔色の悪いサランが紙の束を抱えて立っていた。


「おい、お前……昨日よりも顔色が悪ィぞ。ちゃんと寝てんのか?」

「お気遣いなく。適宜にはとっています」


 それはうたた寝してるか、もしくは気絶してるかみたいな話じゃなかろうか。

 いくら何でも無理をし過ぎだ。


「サラン、寝たほうがいいよ。倒れちゃったら元も子もないでしょ?」

「それに備えて魔法薬ポーションも準備していますし、フィミアさんにも頼んであります。いざとなれば、あなたの強化魔法にも期待していますよ、ロロ」

「そういうことを言ってるんじゃないってば」


 ロロが指をすっと振ると、薄青の霧がふわりと広がってサランに降り注いだ。

 瞬間、陰険眼鏡がふらりとバランスを崩す。


「おっと」


 それを受け止めて、ロロを見る。


「いきなり魔法はお行儀がよくないぞ? ロロ」

「僕の魔法に抵抗レジストできないくらい弱ってるなら、休まないとダメだと思うけど?」

「確かにそうかもな」


 やけに軽い痩身の参謀役を肩に担ぎ上げ、どうしたものかと考える。

 ……俺がマルハスで頼れるのなんて、一人しかいないわけだが。

 それを察して、ロロが水を向けてくれる。


「ウチに連れて行こう。母さんがいるし、様子を見てくれると思う」

「ああ、そうしよう。ついでに食事も頼もう。おばさんなら無理やりにだってこいつに飯を食わせてくれるだろうし」

「うん。サランはちょっと働き過ぎだよ。魔法薬ポーションと魔法に頼り過ぎで不健康だし」

「だよな。ちゃんと飯を食って、しっかり寝ないと人間はダメになる」


 こいつにも計画があるんだろうが、こんな状態で倒れられるわけにはいかない。

 フィミアの治癒魔法や元気が出る魔法薬ポーションにしたって、限度がある。

 食事も休息とらずに生きていけるほど、人間の身体は頑丈にできていない。


 『新市街』と仮に呼ばれている居住区域から、マルハスの村中へと足を運ぶ。

 そのまま、真っすぐに俺達はメルシア家へと向かった。


「あれまぁ、ユルグが人をさらってきた」

「人聞きの悪いことを。ちょっと休ませてやってくんねぇか、コイツ」

「ゾラークさんじゃないか。どうしたんだい?」


 青白い顔で眠るサランを見て、おばさんが少し驚く。

 サランはこれでマルハスの連中とはうまくやっている様で、〝悪たれ〟の俺よりもずっと村の連中の覚えがいい。

 ロロの母親ということで、おばさんとも面識がある。


「仕事のし過ぎでぶっ倒れたんだ。ベッドと毛布と、それからスープがいる」

「そうかい。じゃあ、ロロの部屋に寝かせておあげ。起きたら食事をしてもらうよ」

「ああ、頼むよ」


 おばさんに頷いて、勝手知ったるメルシアの家中を進む。

 そして、ロロの部屋のベッドにサランをそっと放り込んだ。

 魔法の眠りなので多少のことで起きやしないと思うが、念のためだ。

 眼鏡も外しておく。寝返りで壊れたりしたら事だからな。


「やれやれ。やりすぎなんだよ、コイツは」

「そうだね。でも、きっと楽しいんじゃないかな」

「楽しい?」


 その発想がなくて、俺は軽く首を傾げる。

 こんなになるまで消耗するのが、楽しいとはどういうことだ?


「サランはさ、いつも他人事じゃない?」

「まあ、言いたいことはわかる」


 サランという男は、思考のベクトルが俺達と違う。

 最初は貴族特有のものかと思っていたが、いろんな人間と付き合う内に、どうもこの男だけがてるということがわかった。

 成果ある結果と、それに伴う栄光だけがコイツの目的で、それ以外は些事であるかのようにふるまうのだ。


「ボクの勝手な思い込みだけど、サランは王様に向いてるんだよ」

「おいおい、不敬罪で首が吹っ飛ぶぞ」

「そうかも。でも、ちょっとだけわかる気がするんだ」


 ロロが柔らかに笑いながら、寝息を立てる参謀役を見やる。


「大きな結果をもたらす道筋が見えていて、それが可能な状況があって、それを成し遂げられる人材──つまりボクらのことだけど、それがいる。サランにとってこれは、きっと楽しくて楽しくて、寝るのが惜しい様な時間なんだよ」

「なら、長く楽しめるように体調管理くらいしっかりしてほしいもんだけどな」

「ふふ、同感」


 我らが王は、少し働き過ぎだ。

 確かに、マルハスを守れとがなったのは俺だが、ぶっ倒れるまで働くと思わなかった。


「とりあえず、サランには休んでもらって、ボクたちは任された仕事をしよう」

「ああ。明後日には、各都市の冒険者ギルドに開拓都市の公示もでる。今のうちに、やれることをやっておこう」


 サランが寝ていたって、やることはいくらでもある。

 ここは、これから東部随一の開拓都市へと変わっていくのだ。

 まだまだ忙しい日は、終らない。


「ロロ! 『新市街』の北に魔物モンスターがいたって!」


 部屋の外から、誰かの声が聞こえる。

 その声に、ロロの代わりに俺が返答する。


「俺たちが行く! 念のため作業員は後退するように言ってくれ!」

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