第17話 甘い話

 ──翌朝。


 決断はなされた。

 住民のほとんどが、サランの案を支持したからだ。

 まあ、意外でもなんでもない。

 死ぬかどうかと聞かれて「はい、死にます」と答える奴は少ないだろう。

 まるで選択肢があるようにふるまっちゃいたが、最初からそんなものなかったのだ。


 一部、反対意見もあったが。

 例えば、村長の息子……つまり、次期村長であるケントがその筆頭だ。

 とはいえ、村長にしたって領主が特別に任命したわけではなく、ただ面倒がなかったから村長を任されていただけなわけで、都市として整備されれば席がなくなるのは仕方のないことだ。

 そもそも、村民の命がかかってるのに村長の椅子が欲しいから反対するなんて、コミュニティの長にはじめから向いちゃいない。


「それでは、最初の仕事です」


 俺達を集めたサランが無表情に告げる。


「私達『メルシア』全員で、まず酪農都市ヒルテに向かいます」

「村の守りはいいのかよ?」

「フィミアさんの結界は機能している間は大丈夫です。あれを破るような魔物モンスターが襲撃してくるようなら、我々がいたところでどうにもなりません。すでにいくつかの手は打っておきました」


 サランが視線を村の端に立つ冒険者風の男達に向けて、説明を続ける。


「同行してもらった冒険者と傭兵をここに残します。傭兵たちは私の護衛でゾラーク子飼いの者達ですので腕が立つ上に、撤退戦に長けています」

「なるほど。んで? 全員でヒルテに行く理由は?」

「ヒルテ子爵に顔と話を通しておきます。ここはヒルテ子爵領ですからね」


 そう言われてはじめて、俺はここがどこであるか思い至った。

 俺のような冒険者がふらふらと散発的に防衛するわけではないのだ。

 大掛かりな開発をするのなら、の許可がいる。


「あちらも領内に魔物モンスターを溢れさせるわけにはいかないでしょうから」

「それなら、貴族であるあなたが向かうだけでもいいのではないですか?」


 フィミアの言葉に、サランが小さく首を振る。

 これは「わかってねぇな、こいつ」の仕草だ。

 それなりに付き合いが長いからわかる。


「説得力を持たせる必要があります。あいにく、『シルハスタ』という国選パーティの看板を失いましたので、それに代わる看板を掲げねばなりません」

「それで、ユルグとわたくし……ということですか?」

「ロロもです。ロロ・メルシアは〝妙幻自在〟の二つ名を持つ、市井で人気の冒険者ですからね」


 突然に名を出されて、驚いた顔をするロロ。

 なるほど、読めてきた。

字持ちネームド』の冒険者を三人も連れた識者が、魔物モンスターの動向と対策について「提案がある」などと言えば、ヒルテ領主はその重大さを認識するだろう。

 しかも、相手は王国内部で覚えめでたい学者でもある、サラン・ゾラーク伯爵子息だ。

 各種の調査記録にだって、箔と信用が付く。


 権威を前面に押し出して、時短で押し切ろうってワケか。


 好きじゃないやり方だが、サランらしいとも思う。

 こいつのことだ、すでに他方面にも仕込みをしているに違いない。

 そのくらいでないと、アルバートあのバカをリーダーにしたパーティを国選になんてできやしないだろうしな。


「他に質問は?」

「えっと、他にやることは?」

「いい心掛けですが、やるべきタイミングでやるべき仕事をお願いすることになります。しばらくは馬車馬のように働いてもらいますよ、ロロ・メルシア」


 相変わらずぶっきらぼうかつ慇懃無礼な物言いだが……動き出せばこいつの指示に従うのが早くて確実なのはわかっている。

 今は、信じて従うしかない。


「それでは、参りましょう。……おっと、こういう音頭はリーダーがとるものでしたか?」

「言ってから振るんじゃねぇよ、まったく」


 ため息を吐きつつ、俺は拍手を打って仲間達に向き直る。


「そういう事らしいから、まずは酪農都市へ急ぐぞ。馬とグレグレの準備は終わってる。時間勝負だ……馬にロロの強化魔法とフィミアの回復魔法を使って一日で走り切る。みんな、よろしく頼むぜ」


 全員が頷き……それからロロが小さく噴き出す。


「なんだよ、ロロ」

「ううん。ユルグったら、なんだかんだ文句を言いながら『ちゃんとリーダー』してるなって」


 ロロの言葉にフィミアも吹きだし、サランも顔を逸らした

 ……お前ら、後で覚えとけよ。


 ◆


 先触れもなかったというのに、ヒルテ子爵との面会はかなりスムーズに行われた。

 これについても、ある程度はサランが手を打っておいたのだろう。


「打診はこれからですが、マルハスを未踏破地域の開拓拠点として開発したいのです」

「しかし。前例が……」

「前例はあります。大陸の東にヤージェという町があるのをご存じですか?」


 サランの冷静な言葉が渋るヒルテ子爵を追い詰めていく。

 王国東端の片田舎を統治するドンサ・ヒルテ子爵は、治める土地と同じような気性らしく、さっきから都会出身の陰険眼鏡に圧し込まれ続けている。


「探索都市と呼ばれるそこは、冒険者の大流入で税収が大きく上がったそうです。さらに、周辺で獲れる産物によってかなり潤っているとか」

「ほ、ほう……!」

「特筆すべき点は、そのおかげで荒野の真ん中に『大陸横断鉄道』の駅が設置されたことです」


 サランの言葉に、ヒルテ子爵の顔つきが変わる。


「あの『大陸横断鉄道』がかね……!」

「はい。現在は隣国まで行かねばアレに乗ることはできませんが、未踏破地域の開拓が成されれば我がサルディン王国にまで路線が伸びる可能性があります」


 あーあー……悪っるい顔してやがる。

 あながちウソってわけじゃあないだろうが、あの危険極まる未踏破地域を切り開いてどうこうって話になれば、百年じゃきかない可能性だってあるのに、よくもそんなうまい話を皿の上に乗せられたもんだ。


 ふと隣を見ると、ロロが俺と同じ顔をしていた。

 やっぱり、そういう顔になるよな。

 フィミアはすました顔でニコニコしているが。



「──そして、我が国で最初の駅ができるのは……このヒルテ領になるんでしょうね」


 まるで女を口説くように、うまい話を積み重ねていくサラン。

 そして、口説かれた女のように顔を蕩けさせるヒルテ子爵。

 ……話は決まったな。


「わかりました。この件、このドンサが全面的に許可と協力をいたしましょう。我が領の臣民と発展のためですからな」

「ええ。是非我々にそれをお手伝いさせてください。今はまだ無名ではございますが、いずれもアドバンテでは知らぬ者がいない二つ名持ちの冒険者です。彼らを追って多くの冒険者が未踏破地域の危険を越えてゆくでしょう」

「これは頼もしい! ははは!」


 上機嫌に笑うヒルテ子爵に、少しばかりげんなりする。

 それにしたってサランめ、うまいこと俺達を使いやがる。


「それでは、合意を得たということで。父を通して王会議にすぐにさせていただきます。なに、すぐに動き出しますよ。ですので……」

「わかっておりますとも! すぐにこちらでマルハスに人を派遣しましょう。必要なことがあればこのドンサにすぐお知らせください」

「ご協力、いたみいります。では、今日のところはこれで」


 貴族の礼をとったサランが椅子から立ち上がってこちらを見る。

 それに従って、俺達も席を立った。

 人生で最も無駄な時間の使い方だった気がする。


「それでは、参りましょう。次は、冒険者ギルドと商会ギルド、それに大工ギルドを回りますよ」


 領主の委任状をひらひらさせながら、陰険眼鏡が小さく口角を釣り上げた。


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