第16話 夜雨の中で

 小雨がぱらつく中、村の住民を集めた話し合いは深夜にまで及んだ。

 俺はというと、野営地点で悠々自適にコーヒーなど飲んでいたわけだが。


「いい豆ですね。もしかして、トネリコ商会で購入したものですか?」

「そうだが……いや、何でお前がここにいんだよ?」

「あなたと少し話をしたいと思いましてね」


 俺の差し出した安物のカップを受け取って、許可もないのに切り株に座り込むサラン。

 お気に入りの椅子を奪いやがって。


「それで? 何の話だ」

「ユルグ、仕官するつもりはありませんか?」

「……は?」


 あまりに意味不明なことを言うものだから、うっかりコーヒーを噴くところだった。

 いきなり何を言い出すんだ、コイツは。


「もしかしてさっきの話と関係あんのかよ?」

「ええ。ここを開拓都市化するとなれば、冒険者の指揮を執る人間が必要になります。おそらく、冒険者ギルドのマスターということになるでしょうが、そこにあなたを据えることができればいいと思いまして」

「仮にそれに応えたとして、俺にそれが務まると思ってんのか?」

「相応しいと思っていますが?」


 意外な答えに、頭が混乱する。

 どうにも、こいつが何を考えているのかわからない。

 いや、いつも何考えてるかわかんないヤツではあるのだが。


「そういうのは、ロロが向いてるんじゃねぇか?」

「アリと言えばアリですが、開拓都市のギルドマスターとしては些か迫力に欠けます。ある程度、筋力でモノを解決できる人材が最適なんですよ」


 遠回りに馬鹿にされてる気がしないでもないが、言わんとすることはわかる。

 冒険者による新たな開拓都市となれば、集まってくるのはお行儀のいい連中ばかりではない。

 そういうバカども相手なら、俺のような乱暴者の方が睨みが利くだろう。

 かと言って、これに「おう」とは返事できないが。


「ごめんこうむる。俺は冒険者でいたいんだよ」

「フッ、聞いてみただけです。それにあなたには国選パーティのリーダーとして働いてもらわないといけませんしね」

「あー……それ、マジで言ってんのか?」

「もちろん。アルバートは少しばかり、愚かが過ぎました」


 お前があいつを推したんだろうが。

 まったく、簡単に切りやがって。怖いったらねえよ。


「あなたの考えていることはわかりますよ。私のミスだったと認めましょう」

「じゃあ聞かせてくれよ、何であいつが『シルハスタ』のリーダーだったんだ?」

「そこそこに顔がよく、そこそこに自己承認欲求もあり、何より私がコントロールしやすいと考えたからです」

「できてなくね? コントロール」


 コーヒーを一口飲んで、サランが黙ってうなずく。


「……もしかして、ちょっと落ち込んでんのか?」

「実は。……途中までうまくいってたんですけどね。予想外でした」

「ま、まぁ……人間、失敗もある。俺が言えたもんじゃねぇけどな」

「そういう反省点を活かして、次はあなたという訳です」


 反省点が活かせてない気がするけどな。

 俺なら、ロロを推す。あいつなら、絶対にうまくやるぞ。

 ツラもいいし、思いやりがあるし、強い。


「っていうか、お前がやればいいじゃねぇか。リーダー」

「私じゃダメなんですよ。分かっているでしょう? ユルグ」


 平坦な声で、目を細めるサラン。


「私は情動に乏しく、成果と実績だけを尊ぶ人間です。人の上に立つ人材ではない」

「わかってんなら、どうにかしろよ。頭いいんだから」

「知識があることと、心に聡いことはイコールではありません。いわば、私は欠陥人間なんですよ」

「変に卑下するのはやめろ。お前らしくもねぇ」


 俺のため息まじりの苦言に、サランが珍しく表情を変える。

 そして、細い目をさらに細めて……驚いたことに少し笑った。


「いいコーヒーのせいでしょうか。少しだけ、あなたのことがわかりました」

「あん?」

「ロロ・メルシアやフィミア・レーカースが、あなたを好く理由ですよ」


 よくわからないことを言うサランに、首を傾げる。

 さて……こんな事を口にする奴だったか? サラン・ゾラークという男は。

 こんなに穏やかな空気を纏った参謀役を見たのは、初めてだぞ?


「ま、しばらくは俺がリーダーをするさ。表立っては、な。だが、基本的な方針はロロやお前に任せるしかねぇ。なんてったって、俺はバカだからな」

「前から気になっていたのですが……」


 眼鏡を押し上げながら、サランが俺を見る。


「どうしてあなたは、頭の悪いふりをするんです?」

「ふりもなにも、事実だろうがよ」

「学がないという話ではないですよ? あなたは人の話をよく聞くし、それを実践できる。仲間をただの人材としか見てない私からしても、あなたは『頭のいい』部類の人間です」

「んなこと、初めて言われたけどな」


 突然の誉め言葉にむずがゆくなって、俺は軽く頭をかく。

 いまだに読み書きも怪しいし、魔法も使えない俺が『頭がいい』だと?

 賢い奴の言うことは、逆に何もわからん。


「リーダーをするのは、いい経験になるはずですよ。私が設計する国選パーティの道筋としては、丁度いい」

「よしよし、調子が戻ってきたな参謀野郎。その調子でうまいことやってくれ。……俺はここを守りたいんだ」

「随分と村の人に嫌われているのにですか?」

「何で知ってる?」


 指を振りながら、サランがカップを干す。

 やることがいちいちキザで、しかも様になっているのがムカつく。


「現地での情報収集は基本です。それにしたって、嫌われ過ぎだと思いますが」

「村の連中にとっちゃ、森から飛び出して来た魔物モンスターと認識は変わらねぇよ。それでも、守りたいもんがある」

「なるほど。そうなると、やはり村の皆さんには決断してもらわないといけませんね」


 森の奥を見やりながら、サランが告げる。

 雨雲で月明かりすらない夜の森。

 その闇の中から、何が飛び出すのか……そしていつ飛び出すのか、まったく予想がつかない。

 俺がここに陣取っていたところで、稼げる時間はわずかだ。


「コーヒー、ありがとうございました」

「おう。また飲みに来い」


 俺の言葉に、サランが小さく噴き出す。


「ええ、またお願いしますよ。ユルグ」


 妙に上機嫌に去っていく参謀殿の背中を見送って、俺は首を傾げながら切り株に座り込んだ。

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