第15話 人でなしのサラン

 サランの示した計画はひどく大掛かりで、かつ根本的だった。

 つまり、このマルハスという辺境の村を未踏破地域狙いの開拓都市に変えてしまおうという話だ。

 あの男曰く、『ちょうどいい』のだという。


 このマルハスは未踏破地域に対する調査拠点の跡地にできた村だ。

 元調査拠点として強力で広大な安全地帯が構築されてはいたが、未踏破地域に隣接するために住むには向かない辺境……そこに、流れ者が居ついてできたのがこの村である。

 そこを本来の目的──未踏破地域の開拓と資源化を目的とする都市にテコ入れするのが、サランの計画だった。


 大掛かり過ぎて混乱してしまいそうだが、サラン曰く大陸東部で似た事例があり、そこは『探索都市ヤージェ』という名前で結構栄えているらしい。

 前例、必要性、話題性で以て、サランは『実績』を作ろうとしているわけだ。


 俺達の故郷が抱える問題を自分の手柄に変えようとするあたり、なかなか強かだが……実現可能であるなら悪くない落としどころだとも思う。

 ただ、マルハスここは何もかもが変わってしまうことになる。


「王国としては大暴走スタンピード酪農都市ヒルテに損害を出すわけにはいきませんし、未踏破地域を踏破すれば国土が広がります。百年先にこの村の先に村や町ができれば、さらにここは発展するでしょう」

「わしらは、どうなるんですかい?」

「順応していただくしかありませんね。開拓都市として機能すれば、王国から駐在官が派遣されます。つまり、あなたは村長ではなくなります」


 歯に衣着せぬ言葉に、村長が愕然とした様子を見せる。


「他の村民の方もそうです。これまでは未踏破地域の恵みで細々と商売していたのでしょうが、大人数の冒険者、武装商人、学者などが未踏破地域を『踏破』して、これまでのようにはそれに頼れなくなります。多くの方が生活スタイルの変更を迫られることになります」

「そ、そんな……」

「多数の犠牲を出して近日に滅びるか、今のマルハスを捨てて私の案を受け入れるか。二つに一つです」


 突き放した言い方だが、サランの言っていることは間違いない。

 いくら結界があるとは言っても、早々に手を打たなければマルハスは近く魔物モンスターによって滅ぼされるだろう。

 俺が小銭稼ぎに叩いた灰色背熊グレイバックベアですら、村に入られれば終わりだ。

 そして、未踏破地域にはあれを浅層に押し出すような危険な魔物モンスターがうようよいる。


「じゃ、じゃあその案でいいじゃないか! 僕らはアドバンテに帰ろう! ここにいる理由なんてないじゃない!」


 静まり返る中、アルバートが俺達を見る。

 ここまで来て何の役にも立っていない奴が、何で仕切ろうとしてんだ。

 いい加減にしないと──


「賛成です。ですが、あなた一人で帰ってください」

「え?」


 サランの冷たく静かな声が、アルバートを刺す。

 俺が言おうとしたセリフを横からかっさらうなんて、サランのやつもやってくれるじゃないか。

 言われたアルバートはすっかり固まっちまったけど。


「どういうことだ、サラン! 僕たちは国選パーティなんだぞ? アドバンテに帰らなくては──」

「追加メンバーもいない『シルハスタ』では冒険都市アドバンテに帰ってもできることがありません。逆に、私はここでやるべきことがまだ残っています」

「なら、僕も……」

「いえ、ここについてからあなたは何もしなかったし、何もできなかった。それならば、アドバンテに帰ってもらったほうがマシです」


 おいおい、どうなってんだ?

 サランのやつ、いくら何でも突き放し過ぎじゃねぇか?

 なんだかこっちまで毒気を抜かれちまったよ。


「僕は『シルハスタ』のリーダーだぞ!? パーティの方針は僕が決める!」

「そうですか。では、私はここで抜けさせていただきます」

「──え?」


 サランの返しに、アルバートが唖然として固まる。

 俺も……いや、誰もこの状況について行けずに、黙ってしまった。


「サラン、おい……どういう、意味で……」

「そのままの意味ですよ。私の仕事は聞き分けのない子供のお守ではありません。一つでも多くの功績を積み上げて、王国の臣として、そしてゾラーク伯爵家の男として名を上げることです」


 目を細めて、アルバートに向き直るサラン。

 こういうところ、ロロとは別の意味で芯が確かなんだよな、こいつ。

 圧倒的な実利主義といえばいいだろうか、まさに貴族子息といった感じ。


 冒険者をしているのだって、国選パーティとなって名を上げることだけがこいつの目的だった。

 実績と名誉の一点集中型。人間性を投げ捨てた知性と理性。

 本当に、ちょっとばかり狂ってるんじゃないかと思う。


「ユルグ」

「お、おう……」

「暫定ですが、私もあなたのパーティである『メルシア』に加入します。よろしいですね?」

「……わかった」


 有無を言わせぬこの感じ。

 ちょっと苦手なんだよなぁ。

 まあ、奇しくも俺が望んだとおりの形になりそうなわけだが。


「ぼ、僕はどうしたらいいんだよ!?」

「仮にも国選パーティのリーダーでしょう? ご自分で考えなさい」

「そんなバカな話があるか!」


 憤慨するアルバートから興味なさげに視線を逸らし、こちらに向き直るサラン。


「ユルグ。こうなったからには、責任を取ってもらいますよ」

「俺に何の責任があるってんだ……!」

「私に期待させた責任です。『メルシア』を国選パーティに引き上げ、この難事の解決で以て、王国上層に食いつきます」


 細めた瞳に冷えた野心を光らせて、サランが静かに笑う。

 ま、こういうやつだから逆に信用できるのだが。

 俺が結果を出している限り、こいつは力と知恵を貸してくれる。


「さて、村長さん」

「は、はい」

「私は一旦失礼しますが、村の皆さんでよく話し合ってください。できるだけ早く、お返事いただければそれだけ助かる確率も上がりますよ」


 貴族らしく、会釈もせずに村長宅を出て行くサラン。

 その後に、村長も続く。おそらく、村の面々に声をかけて回るのだろう。

 そんな二人の背中を黙ったまま見送ったアルバートが、突然こちらを向いて絶叫した。


「なんで……なんでなんだよ! お前らのせいだぞ!」

「おいおい、責任を俺達になするなよ」

「ユルグ、お前が抜けたからだ! お前のせいでおかしくなった!」


 情けない。

 こんなヤツをリーダーに据えていた、俺が情けない。


「『シルハスタ』は国選パーティになったんだ。国の代表だ! 勝手は許さないぞ、ユルグ!」

「何言ってんだ、お前が好き勝手やったからだろうが! 思い通りにならねぇからって喚くんじゃねぇッ!」

「……ッ」


 俺の声にビビったのか、怯えた顔つきで尻餅をつくアルバート。

 思えば、こいつのわがままはいつもパーティに不和をもたらし、時には危機すら誘った。

 いっそ、ここで始末しておくべきか?


「ダメだよ、ユルグ」

「まだ何もしてねぇだろ?」

「殺気が漏れすぎだってば。ボクもちょっと怖いよ」


 困り顔のロロに、俺は小さくため息を吐く。


「お前も思うところあんだろ?」

「少しはね。でも、もういいんだ」


 小さく笑って、俺の背中をパシンと叩くロロ。

 こいつにしてはなんだか珍しい仕草。


「ユルグが一緒だからね」

「そういうもんか?」

「そういうものなの。だからさ、アルバート……悪いんだけど、ユルグのことは諦めてくれない?」


 アルバートが視線を右往左往させながら、俺とロロ、それからフィミアを見る。

 まるで、救いを求めるかのように。


「フィ、フィミアは……わかってくれるよね?」

「ごめんなさい、アルバート」


 俺の隣で、首を横に振るフィミア。

 拒否の言葉を口にしてるのに、妙に満ち足りたツラをしてるのは何でだ?

 どうも最近、フィミアの挙動が不審だ。


「なんなんだよ! なんで、みんな……!」

「それがわかんねぇから、テメェはダメなんだ。……失せろ。今ならサービスで殺さないでおいてやる」


 飛び起きるようにして立ち上がったアルバートが、よくわからない恨み言を吐きながら扉から出て行く。それはもう、すごい勢いで。

 このまま、村から出て行ってくれれば最高なんだがな。


「さて、話はついた。あとは……どうなるかだな」

「うん。とりあえず、村長が戻ってくるのを待とう」


 そう口にするロロの肩を軽く叩いて、俺は扉に向かう。


「俺が居ちゃまとまる話もまとまらねぇ。見張りに戻るぜ」

「ちょっと、ユルグ」

「後は任せた」


 軽く手を振って、俺はそそくさと村長宅を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る