第14話 国選パーティの参謀役
サランからの要請は、地図上のポイント十か所の詳細な情報収集と、そこから割り出した俺達もまだ足を踏み入れたことがないポイント三か所の偵察だった。
ロロは危険だと止めたが、参謀役が「ユルグならできますよ。まだまだ余裕のある提案です」などと言い切ったため、俺としてはそれを受けた。
そも、あの嫌味な参謀役はできない人間にできないことを任せるようなヤツではない。
あいつができるといったなら、できるのだ。
いけ好かない眼鏡野郎だが、信用も信頼もしている。
「このポイントは、よし。
木の上から、枝葉の隙間を縫って森を見渡す。
サラン曰く、これができる人間は相当に少ないのだという。
俺のように森の中で遊び育った人間特有の視野なのだと言っていた。
つまり、俺はこの未踏破地域の偵察をするに適した人材というわけだ。
「さて、いくか……!」
残すところは、踏み込んだことのない領域の偵察のみ。
ここからは、さらに気を張って警戒しなくてはならない。
〝
深く潜れば潜るほどに帰還が難しくなる場所なのだ。
だが……
それを見越して、サランも俺を指名したに違いない。
木々の間を、猿のように駆けていく。
今日の俺は偵察仕様で軽装だ。
体の重さばかりはどうにもならないが、樹木ってのは意外と頑丈で、俺が踏んだりぶら下がったりしたくらいで折れたりはしない。
「最初のポイントはこの辺──……って、おいおい」
サランが示した未踏破地域の奥。
何のためにこんな場所をと思ったが、当てずっぽうってわけじゃなさそうだ。
「
わりとどこにでもいて、駆け出しの冒険者に討伐依頼が出されることもあるようなヤツらだが、簡単な道具や武器も使う上に悪知恵があったりする。
特に、このような群体で巣を形成している場合は、警戒が必要だ。
この数は、普段の重装を帯びた俺でも突っ込むのを躊躇するレベルの『危険』である。
「……さすがサランと言いたいところだが、シャレになってねぇぞ、これは」
そう独り言ちて、静かにその場を離れる。
これは早いところ、他の二か所も確認してしまったほうがいいな。
サランの奴がどんな絵図を描いてるのか、何が見えているのかは、バカな俺にはわからない。
しかし、俺の持ち帰る情報があれば、サランはより正確なプランを示してくれるはずだ。
「二か所目、行くか……!」
少しだけ気合を込めて、俺は森の中を高速で駆けた。
◆
「なるほど。ご苦労様でした、ユルグ」
「んで? お前には何が見えてんだ、サラン」
日が沈む直前に報告を届けた俺を、形ばかりに労ったサランが地図を凝視する。
俺の質問を無視したまま、細く不健康な指先を地図上で行き来させて小さくため息を吐き出す。
周りには元『シルハスタ』のメンバーが勢揃いし、村長も固唾を飲んでサランを見ていた。
「結論から言いましょう。時間が必要です」
「どんくらいだ?」
「欲を言えば半年と言いたいところですが、可能なら三ヶ月。最低一ヶ月ですね」
視線を地図から離し、こちらを冷めた視線で見据えるサラン。
人間味が足りない風だが、こうして投げ出さずに解決策を真面目に考えてくれるあたり、貴族連中に比べたら人間らしさがある。
「プランを聞かせてもらおうか」
どかっと椅子に腰を下ろす俺に、サランが小さく口角を上げる。
こいつがこういう仕草を見せる時は、面倒で厄介なことを考えてる時だ。
「その前にこの村の住民……村長さんとロロ、ユルグに尋ねます。この村を捨てる気はありますか?」
「それは、どういうことじゃろうか……?」
恐る恐るという感じで、村長が問いかける。
俺にしても、意図が掴めずにロロと視線を交わした。
「文字通りの意味です。はっきりと申し上げますが、このままでいれば遠からずマルハスは滅びます。それはもう、あっさりとね。ユルグが持ち帰った情報を精査した結果、今この場所に人の領域として存在していること自体が奇跡みたいなものです」
地図を指して、サランが告げる。
「一般的な『壊滅危機』とされる
サランの物言いにカチンときたが、こいつがこのように断言するのならそうなのだろう。
俺にしても、その証拠をこの目で見てきたわけなので、文句のつけようがない。
だが、このように投げ出されては気が収まらないのも確かだ。
「それをどうにかしてくれつってんだろうがよ!」
「ええ、どうにかすると言っているんです。ただ、そのためにはこの牧歌的な村を変える必要があります」
「あ?」
「フィミアさんに伺いましたが、ここには要型結界が五つも設置されているとか」
サランの言葉に、黙っていたフィミアが小さくうなずく。
「この村には似つかわしくない設備です。しかも、結界が切れていてもそれなりに安全に生活できていた。森に棲む
「話が回りくどいんだが?」
「ユルグ、頭の悪いフリはほどほどにした方がいい。私の言いたいことはわかっているでしょう?」
理解はできるが、それを村の連中が受け入れることができるかってのは別問題だ。
だが、俺がうっすら考えていたことをコイツなら実現可能なところまで持っていくことができる。
「ごめん、ボクにはわからないや。サラン、どうすれば村を守れるの?」
「ここを開拓都市にします」
サランの言葉に、ロロと村長があんぐりと口を開けて固まる。
そんな二人に向けて、サランがすらすらとプランを口にする。
「豊富な森林資源、生息する大量の
言い切った様子のサランに、村長は固まったまま。
代わりに、ロロが当たり前の疑問を口にした。
「でも、そんなことって可能なの?」
「無論です。私はゾラーク伯爵家の人間であり、国選パーティ『シルハスタ』の参謀ですよ?」
不敵に口角を上げたサランが、俺達に告げる。
「いいですか? 権力とはこのようにして使うものです。あとは……マルハスの皆さんがそれを受け入れられるか、だけです」
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