第13話 救援要請と再会

「マズいことになった。いや、なっちまってた」


 ロロとフィミアが待つ未踏破地域の浅層に帰った俺は、二人に〝手負いスカー〟の事を話した。

 ロロはその場で殴りかからなかったことを褒めてくれたが、それどころではない。

 村からほんの少ししか離れていない場所に、あんなバケモノがうろついているなんて、あまりにもヤバすぎる。


「ユルグ、落ち着きましょう。異変についてまとめて、行動案を練ります」

「わかっちゃいる……! でもよ」

「あなたらしくもない。悪態でもつきながらシャンとなさい」


 ぴしゃりと言われてしまって、俺は黙る。

 しかし、フィミアのいうことはもっともだ。

 最悪、足止めを任されるであろう俺が浮足立っちまったら、誰も守れなくなってしまう。


「それにしたって、どうしてこんな場所に〝手負いスカー〟がいるんだろう? 姿を消してもう五年でしょ? 前回最後に目撃されたのは、エルダーン山岳のふもとだって聞いたし、王国の端から端だよ?」


 考え込むように顎に手を当てて、小さく唸るロロ。

 事実として『ここにいる』ということを考えれば、確かに不自然ではある。

 とはいえ人面獅子マンティコアというやつは、国によっては『神の使い』だなんて言われる強力な魔物モンスターだ。

 〝手負いスカー〟ほどに年経た個体であれば、人語も解するし魔法も使う。

 それらを駆使した何らかの方法で、この東の辺境にわたってきたのかもしれない。



「いずれにせよ、急いでギルドに報告しないと。魔物モンスターの異常行動は〝手負いスカー〟が原因かもしれないって」

「そうですね。帰ったら、まずは【手紙鳥メールバード】を飛ばしましょう。それから、わたくしが酪農都市ヒルテへ直接向かいます」

「直接見た俺が行かなくていいのかよ?」


 俺の言葉に、フィミアが首を横に振る。


「もし、万が一の事態が起こった時……ユルグがいるかいないかでマルハスの被害状況が変わってきます。そして、あなたを一番うまく使えるのがロロさんです。でしたら、わたくしが一番適任でしょう?」

「……確かにな」


 それに、フィミアは教会公認の〝聖女〟の二つ名を持つ聖職者だ。

 冒険者ギルドの職員にだって、圧し込みがきく。

 運が良ければ、教会からも支援が引き出せるかもしれない。

 俺が「〝手負いスカー〟を見た」と騒ぐよりは、ずっと現実的だ。


「では、まずは村へ。ロロさんは村の方々にやんわりと避難を促してください」

「うん。みんな森の怖さはわかってる。パニックにはならないと思うよ」

「ユルグは、昨晩の場所で哨戒を。さっきの灰背大熊グレイバックベアの生皮を吊って、魔物モンスターに警告するのもいいかもしれません」

「聖職者がエグいこと言いやがる」

「冒険者の知恵ですよ」


 それにしたって、聖職者の──〝聖女〟様の言葉としてはショッキングが過ぎるのではないだろうか。

 アルバートの奴が聞いたら泡を吹きそうだ。

 ま、俺はこの女を清廉潔白だなんて思っちゃいないから別に構わないが。


「じゃあ、そのセンで行こう」


 俺の言葉に、二人が頷く。

 急がなくては、手遅れになる可能性が高い。

 なにせ、マンティコアの語源は『人を喰う獣』なのだから。


 ◆


 フィミアが村を出発してから五日。

 未踏破地域の森を見張りながら野営生活をしていた俺を、ロロが呼びに来た。


「戻ってきたか?」

「うん。でも……」

「くそ、これだから田舎は」


 悔し気に目を逸らすロロを見て、ある程度の状況は察した。

 そもそも、アドバンテの上級冒険者に依頼を出さなきゃならないようなヤツに対処できる戦力が、こんな片田舎で揃うはずないのだ。

 とはいえ、ロロの様子を見るに、どうやらそれどころではないようだが。


「それだけじゃないんだ。怒らないで聞いてくれる?」

「俺がお前にキレたことがあったかよ?」

「子どもの頃に何度か?」

「過去の話はもういいじゃねぇか」


 都合の悪いことは、横に置こう。

 それよりも、俺が怒るような話とは何だろうか。


「アルバートが来てるんだ」

「は?」


 驚くというよりも、呆けてしまった。

 あの無知蒙昧でナルシストな役立たずが、どうしてこんな片田舎に来る?

 いや、わかった。

 フィミアがロロを追いかけてきたように、あいつもフィミアを追いかけてきたに違いない。


「面倒なことだが、あいつがきてるってんなら、サランも来てんだろ?」

「うん。いま、フィミアと善後策について考えてくれてる」

「なら、ってとこだな。とりあえず、俺もいく」


 軽いため息を吐きながら、ロロの後に続く。

 アルバートがややこしい口出しをしなければ、サランが上手い手を考えてくれるだろう。


 ……と思っていた俺が、甘かった。


「すぐに撤退するべきだ。強力な〝悪名付きネームド〟がいるんだろう? 僕たちだけで対処できるわけないじゃないか!」


 外にまで聞こえてくるような大声で泣き言を言うんじゃねぇよ。

 仮にも国選パーティのリーダーが、なんてザマだ。


「おい、アルバート。嫌なら帰っていいぞ」


 村長宅の扉を開けながら、俺は少しばかりドスのきいた声で告げる。

 振り返った元リーダーが、俺──ではなく、ロロを見て金切り声を上げた。


「ロロ! お前のせいだぞ! 追放された腹いせか? こんな田舎くんだりまでフィミアを連れまわして! 僕がどれだけ心配したと思ってるんだ!」

「おい、黙ってろ。まったく、お前テメェは何しに来たんだ」


 ロロの事情に関しては話してなかったってのに。

 本当に……何だってこんな男のパーティにいたのか自分でも不思議なくらいだ。

 出会った頃は、もうちょっとまともだった気がしたんだがな。


「フィミアを連れもどしに来たんだよ!」

「お前、ついに頭がダメになっちまったのか?」

「なんだと?」


 お前が凄んだって毛筋も怖くねぇよ。

 だいたい、フィミアはロロのやつを追いかけてきたんだ。

 他人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ。


 幸い、マルハスには馬がそれなりにいるからな。

 よりどりみどりだぞ。


「それで? サラン。何かプランは?」


 バカを無視して、静かに思案する元パーティメンバーに声をかける。


「お久しぶりです、ユルグさん。私はまだ到着したばかりです。あなたの戦仕事ほど単純ではないんですよ」


 憎まれ口をたたきながらも、俺とロロで作った未踏破地域の地図を凝視し続けるサラン。

 常に冷静に状況を冷静に見ているこの男が「無理です。撤退しましょう」と言わないあたり、すでに何か考えがあるはずだ。


「まったく情報が足りません。ユルグさん、仕事ですよ」

「おう。任せてくれ」


 眼鏡を指で押し上げるサランに、俺はにやりと笑って見せた。

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