第12話 森の奥にある気配
「まさか、こんな浅いところにヤツがいるなんてな」
「うん。やっぱり、おかしいよね」
木の影に隠れながら、森の中を流れる小川に居座る
マルハスの比較的近くにあり、魚釣りに出向く者も多いこの場所で見かけてはいけないようなのが、悠然と水を飲む姿には少しばかり肝が冷えてしまう。
「どうする?」
「当然、仕留める。魔物素材も立派な収入源だ」
俺の答えに頷いて、ロロが強化魔法を俺に施す。
それを待ってから、俺は一気に飛び出して──熊型の
「ガゥ!?」
油断していたのか、何かに夢中になっていたのか。
俺の奇襲を許した魔物が、悲鳴じみた鳴き声を上げて吹き飛ぶ。
二度、三度とバウンドして木の幹にぶつかり……そいつは動かなくなった。
「相変わらずのバカ力ですね、ユルグ」
「それ、褒めてんのか?」
「もちろんですよ」
にこにこと笑いながら、フィミアが俺の肩をぽんぽんと叩く。
〝聖女〟様が気安いものだ。
「それにしたって、
「うん。村のみんなに警告しておいて正解だったね」
「調査を始めてすぐこれとはな。先が思いやられるぜ……」
ぐったりと転がる
体長二メートルを超えるこのデカブツは、森の深部──
先日の
出没したら、冒険者ギルドから討伐パーティの派遣がされるくらいには大事だ。
「ちょうど川があるし、捌いて血抜きしちまおう。毛皮は売って、肉は食う。あんまり美味くないけどな」
「
「お、フィミア。意外にわかってるじゃねぇか」
いいところのお嬢さんなのに、調理に造詣があるとは意外だ。
というか、俺はこの女のことをあまりよく知らないのだが。
これだけいい女なら、アルバートでなくとも多少の感情を抱きそうなものだが……どうにもそんな気分になれないというか、こちらを値踏みするような視線をたまに向けるので、少しおっかないのだ。
「どうかしましたか? ユルグ」
「いいや、なんでも。──……!」
会話を止め、ハンドサインで二人に警戒を促す。
慣れた場所だからと言って、気を抜きすぎたかもしれない。
「……」
あまりに森が静かすぎる。
普段は動物や鳥の鳴き声がどこからか聞こえてくるものだが、いまは川のせせらぎしか聞こえない。
そこらを這いまわる虫さえも、息をひそめてしまったかのようだ。
「この気配は、よくねぇな。近くはないが、気にならねぇほど遠くでもない」
「うん。足がすくむ感じがする。ボクらに向けたものかな?」
ロロと二人、森の奥に視線を向ける。
フィミアはあまりこれを感じないようで黙っているが、異常さは感じ取っているようだ。
「現物を確認しねぇと、ギルドにも報告できねぇしな……ちょっと行ってくるわ」
「ちょ、ユルグ」
「ん?」
駆け出そうとする俺の手を掴んで、ロロが首を振る。
「無茶はダメだよ」
「無茶はしても無理はしねぇよ。先行警戒も俺の仕事だ」
「ユルグったら、先行警戒した先で勝手に戦い始めちゃうでしょ?」
ロロの苦言に乾いた笑いが漏れてしまう。
確かに前科は山ほどあるが、フィミアがいればそういう無茶だって可能だ。
それに、ここで確かめないと冒険者ギルドに調査依頼の要請もできない。
「今回は、確認して戻る」
「約束だよ?」
「約束だ。ちゃんと戻ってくる」
小さな沈黙の後、掴む手の力が弱まる。
今回の頑固勝負は俺の勝ちだ。
「フィミア、すまんが強化魔法を頼む」
「……」
「フィミア?」
「あ、ごめんなさい。
その割にゆるんだ顔をしていたようだが、ときどきあったことだ。
いまさら気にはしない。
「強化魔法ですね。防護と矢避け、それに防毒、防火。こんなものでしょうか?」
「相変わらず手際がいいな」
「ユルグの無茶に付き合うためですよ」
俺の無茶の後始末は、いつもフィミアの仕事だからな。
事故が起きないようにするための癖がついてしまったらしい。
「それじゃ、行く。お利口に待ってろよ」
いまだ納得いかない様子の親友の頭をくしゃりと撫でて、全速力で駆ける。
『シルハスタ』の斥候役は俺が担っていた。
最初はロロと二人でやっていたのだが、俺一人でやることの方が多くなったのは、その方が効率的だったからである。
目一杯の強化を受けた俺が、先行警戒がてら強行偵察も兼ねるというスタイルが『シルハスタ』にはマッチしていた。
俺であれば、そのまま強襲して殲滅するというマネもできたし、それが最も被害なく戦闘を終わらせる秘訣でもあったのだ。
……今と同じにロロはあまりいい顔をしなかったが。
「さて、どこだ」
独り言ちながら、未踏破地域を駆ける。
できるだけ他の
それも、こんな場所にいるべきでないヤツも見かける。
視線を巡らせる間に、ぞわりと分厚い殺気の壁にぶち当たった。
さっきの気配と同じだ。
「……」
こちらの気配を気取られぬように、静かに太い木によじ登って注意深く周囲を観察する。
強行偵察でない先行警戒は久しぶりなので、逆に新鮮な感覚だが……そこで目にしたのは、それが正解だったと思わせる相手だった。
「〝
思わず口から、ヤツの名が漏れた。
それは、冒険者ギルドに長らく貼られたままであった『特別討伐依頼』の対象の名である。
それが、悠然と森の中を歩いていた。
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