第11話 月明かりの酒宴

「ユルグ」


 要石のある村と森の境界線付近で野営地にロロが訪れたのは、月明かりが降り注ぐ夜半のことだった。

 手には葡萄酒ワインの瓶と、ジョッキが二つ。


「どうした、ロロ」

「眠れなくってさ、ちょっと二人で飲もうと思って」

「フィミアのやつはいいのか?」

「声をかけてはみたんだけど、疲れてるみたいでぐっすりだったよ」


 苦笑するロロに、俺も苦笑を返す。

 なんだかんだ言って、フィミアは中央で育ったお嬢様だ。

 こんな辺境のド田舎までくれば、疲れも出るかもしれない。


「どうぞ」

「おう」


 受け取ったジョッキに鼻を近づけて、香りを楽しむ。

 こういう楽しみ方があると教えてくれたのは、依頼人の老人だったか。


「いい匂いだし、美味い。どこで手に入れたもんだ?」

「アドバンテを出る前に、トネリコ商会で売ってもらったんだ。東大陸のいい葡萄を使ってるって言ってた」

「高かったんじゃねぇのか?」

「まあね。ほんとはこれで、やけ酒をするつもりだったんだ」


 月を見上げながら、ロロが静かに笑う。

 幼馴染ながら、なんて絵になるヤツなんだろう。

 これは、聖職者のお嬢さんがころりといかれても仕方ない。


 辺境の片田舎から冒険都市なんて都会に出て、いろんなヤツに会った。

 行き交う人々は故郷とはまるで違っていて、どこを見ても、人、人、人。

 そんな大量のモブ野郎に混じれば、ロロの容姿がどれ程に優れているか理解もする。


 容姿だけではない。

 こいつは、スレないし、ブレない。芯のはっきりした人間だ。

 都会の生活で身持ちを崩すやつは数多くいたが、コイツはまるで違った。

 柔和で優しい性格はずっと変わらなかったが、それでいて意志は誰よりも強く、常に前向き。

 世間は俺のことを〝崩天撃〟だなんだと持て囃すが、真に称賛されるべきはロロのような人間だろう。


「なんだか昔を思い出すね」

「そうだな。前はよくこうして月を見ていた気がする」


 あの頃は俺もガキだった。

 俺に会いに来てくれるロロを邪険にしたこともあったし、恨み言まじりの嫌味を言ったりもした。

 それでも、この男は俺の友人でいようとしてくれたのだ。

 いまとなると、それがどれほど俺の支えになっていたかよくわかる。


「守れるかな」

「守るさ」


 俺にとって居心地の悪い故郷ここも、ロロにとっては大切な場所だ。

 ロロのためならば、多少の無茶をしてでも守ってみせる。

 おばさんにも世話になったことだしな。


「ユルグがそう言ってくれると、なんだか安心するよ」

「なんだそりゃ」

「ユルグは約束を守る男だから」

「信用が重すぎる……!」


 ロロにこのように言われてしまえば、そうするしかなくなる。

 この親友の信用を失うことが、俺にとっては一番の痛手だからな。


「ま、やれるだけはやってみせるさ。頭脳労働はお前らに丸投げだけどな」

「サランさんほどうまくはできないだろうけど、土地勘は僕らの方があるからね。何とかなるんじゃないかな」

「まあ、ガキの頃は遊び場みたいなもんだったしな。……今になって思うと、ぞっとするが」

「同感。未踏破地域の探検なんて、冒険者だって嫌がるもんね」


 ロロと二人、笑い合う。

 無学で無謀な田舎のガキらしい危険な遊び。

 とはいえ、おかげで未踏破地域の森に分け入るのにそこまでの恐怖も感じない。


 それに、今の俺達には冒険者としての経験があるし、フィミアという頼れる仲間もいる。

 あの頃より、ずっとうまくやれるはずだ。


「あ、そうだ。母さんと話してたんだけどさ……野営するくらいなら家を建てちゃえばどうかって言ってた」

「ん? 何の話だ?」

「ユルグの家を村に建てちゃおうって」


 突然切り出されたロロ(とおばさん)の提案に、唖然とする。

 いや、確かにずっと野営というのも浮浪者のようでよくない気はするが……マルハスに俺の家を建てようなんて酔狂としか言いようがない。

 どう考えても村の連中が大反対するだろう。


「ほら、フィミアに要石を見てもらって、結界の配置を確認したじゃない?」

「ああ。まさか結線型でなくて展開型とは驚いたけどな」


 結線型は要石同士を魔法的につないで、壁状の結界を発生させる技法。

 そして、展開型は要石を中心に円状の結界を発生させる技法だ。

 安価で安易なのは結線型なのだが、マルハスの結界は展開型だった。


 村の中心部……村長の家があるあたりは、その円が重なる場所にあってもっとも強固に守られるようになっている。

 この開拓村の興りが、未踏破地域の調査キャンプだったことも関係しているのかもしれない。


「うん。それでね、結界の範囲的にもう少し開拓できそうだってフィミアが言ってたんだ」

「いや、だからって村の連中も俺に居座られたら落ち着かないだろ?」

「でも、ずっと野営ってわけにはいかないでしょ?」


 ロロはそう言うが、ガキの頃は藁を適当に積んでごろ寝するか、厩舎にもぐりこんで寝ていたくらいだ。

 雨風を凌げるテントがあるだけ、随分と文化的な生活になったと思うが。


「俺は野営でも気にしねぇよ」

「ダメ。逆に、ちゃんと家を建てて村の一員だって示した方がボクはいいと思う」

「そういうもんか?」

「そういうものだよ」


 ロロの言っていることはいまいち理解できないが、こいつがそう言うならきっとそうなんだろう。

 俺だったら、俺が村に帰ってきて住み着くとか絶対に御免被りたいと思うんだが。


「村長と顔役の許可はボクがもらってくるからさ」

「つっても、家の建て方とか知らねぇぞ? さすがに俺の家を建てたいって連中は居ねぇだろ」

「うーん……酪農都市ヒルテで募集するとか?」


 確かに、ヒルテであれば冒険者ギルドがあるような都市だし、職人ギルドもおそらくあるだろう。

 さりとて、この村には職人を泊める宿すらないのだが。


「ユルグの家には、ボクの部屋も作ってもらおうかな」

「なんだそりゃ。パーティ拠点って感じか?」


 俺の言葉を聞いたロロが、ハッした表情を見せる。


「さすがユルグ! その線で行けばいいんだよ」


 上機嫌そうに葡萄酒ワインをあおったロロが、ニコニコとした顔で計画を話し始める。

 月明かりに照らされる中、俺はそれをただうなずいて聞いていた。

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