第10話 村の護り

「……という訳なんだ」


 一連の出来事を説明すると、ロロもフィミアも表情を厳しくした。

 村や町、都市などは強度の違いこそあれども、魔物モンスターの侵入をある程度は防ぐ結界が設置されている。

 いわば、人間サイドの縄張りの主張だ。


 その縄張りに易々と侵入され、あまつさえ被害まで出ているとなると……いよいよ、この村の危機管理にはかなりの甘さがあると言わざるを得ない。

 昔は、戦うすべを持つ者もそれなりにいたはずなのだが、過疎と高齢化が進んだ結果がこれだ。


「教会式の簡易結界なら設置できますけど……その場しのぎになってしまいますね」

「ああ、俺も結界の設置できる魔法道具アーティファクトはいくつかあるが、そう長持ちするもんでもない。要石を使ったちゃんとした結界が必要だ」

「ボク、要石の場所なら知ってるよ。今から確認しに行こう」


 ロロの言葉に頷いて、村の外周へと歩いていく。

 俺の姿を見た村人数人が、怯えた様子で目を逸らすのを見てフィミアが小さくため息を吐いた。


「なんだか、ユルグの方が魔物モンスターみたいな目で見られていますね?」

「あいつらにとっちゃ、俺も魔物モンスターも変わらんよ」

「もう、ユルグはすぐそうやって拗らせる」


 先頭を行くロロが、責めるような口調で言葉を続ける。


「だいたい、村のみんなだって悪いんだよ。ユルグはずっと一人で頑張ってきたのに、それを見向きも助けもしなかった。あの頃のユルグが孤独だったのは、村のみんなが無関心だったからだよ」

「……お前のおふくろさんは違ったじゃねぇか」

「そうだね。きっと、放っておけなかったんだと思う。ユルグは、昔から優しかったから」


 突然の言葉に、小さく噴き出す。


「俺が?」

「自分でも気が付いてないんだよね、ユルグは。君ったら、いつだって無謀で、勇ましくて、優しかったんだよ? ボクのことを魔物モンスターから助けてくれたことなんてすっかり忘れてるでしょ?」

「覚えてねぇ」


 俺達のやり取りを見ていたフィミアがくすくすと横で笑う。

 黙ったままだと思ったら、聞き耳を立てていたな?

 いい趣味をしてやがる。


「ロロさんったら、ユルグのことになると雄弁ね」

「むむ……」

「おいおい、ロロを弄るんじゃねぇよ。それより、そろそろか?」


 先を行くロロが小さくうなずいて立ち止まる。

 指さす先には、小さな祠が建てられていた。


「……教会式ですけど、かなり古いですね。要石も相当摩耗していますし、これでは結界を維持できていないでしょう」

「やっぱりか。やれやれ、どうしたもんかな」

「取り急ぎ、結界を張り直しておきます。ないよりはマシ、程度でしょうけど」


 静かに詠唱を始めるフィミアの隣に立って、ロロと共に周囲を警戒する。

 結界が機能していない以上、もうここは未踏破地域の中だ。

 詠唱中、無防備になる術者を守らねばならない。


「……ここは大丈夫です。ロロさん、要石はいくつですか?」

「えっと、これ入れて五つのはずだよ」

「いいですね。五芒結界なら、簡易でもそれなりの効果が期待できます。行きましょう」


 フィミアに頷いて、案内を始めるロロ。

 そんな二人の殿について、俺はふと背後を振り返る。

 静かすぎる未踏破地域の森の中から、何かがこちらを見ているような気がした。


 ◆


 結界を設置し終えた俺達は、今後のことを考えるべくメルシア家にお邪魔していた。

 ホールのチーズを渡すとおばさんは少し驚いていたが、すぐにチーズたっぷりのグラタンを拵えてくれ、俺は懐かしい味に舌鼓をうった。


「そんなに危なかったのかい?」

「ああ、フィミアがいてくれてよかったぜ。どこもかしこも機能してなくて、これまで無事だったのが不思議なくらいだ」


 食後のお茶を干しながら告げる俺の言葉に、おばさんが顔を少し青くする。

 そんな状態で子供たちを家の外に出していたのだから、驚いても仕方がない。


「ご安心ください。その場しのぎではありますが、わたくしが結界を張り直しておきました。しばらくは大丈夫ですよ」

「ありがたいねぇ。さすがは〝聖女〟様だねぇ」

「いえいえ。お役に立てて光栄です」


 にこにこと笑うフィミア。

 さすがというかなんというか。

 聖職者という背景もあってか、フィミアはすぐさま村に受け入れられた。


「そういえば、フィミアはどこに泊まるの?」

「ええと、村長さんがお部屋を貸してくださるそう……」

「おばさん、悪いんだけどフィミアを泊めてやってくんねぇか?」


 フィミアの言葉が終わる前に、提案をする。

 それにロロとフィミア、そしておばさんが目を丸くした。


「それはいいけど、そうするとアンタの寝床がなくなっちまうよ?」

「構わないさ。レディーファーストってやつだ」

「……都会でおかしなものでも拾い食いしたのかい?」

「ユルグ、〈解毒アンチドーテ〉ですか? それとも〈正気サニティ〉ですか?」


 二人して失礼過ぎやしないだろうか。

 俺だって、それなりに思うところあっての発言だったのだが。


「村長の倅は、どうも信用ならねぇ。フィミアに言い寄ってくる可能性がある」

「ああ、それは心配だねぇ」


 次期村長でもあるケントは、女癖が悪い。

 もちろん、こんな片田舎での女癖の悪さなので知れてると言えば知れてるが、それでもフィミアのようないい女を前にやらかしがないとも限らない。

 それに、ここまでロロを追いかけてくるようないじらしい女なのだ。

 できるだけ、一緒にいる時間を作ってやりたい。


「ってことで、俺は見張りがてら境界側で野営生活に入る」

「ユルグ! 森で生活するの? ぼくも行く!」

「おいおい、ビッツ遊びじゃねぇんだ。代わりに、モルボリン草の採取に付き合ってやっから我慢しろ」


 まだまだ幼いビッツの頭をくしゃくしゃに撫でたくってやって、引きはがす。

 もう少し体ができてきたら、戦うすべを教えてやるのもいかもしれない。

 せめて、自分の身を守れるように。


「うーん……大丈夫なのかい?」

「もともとガキの頃はその辺で寝てたんだ。野営の準備があるだけマシってもんよ」

「もう、言い出したら聞かない子だね。わかった、代わりに食事と水浴びはうちに戻ってくるんだよ? わかったね?」

「ヘイヘイ」


 適当な返事をして、席を立つ。


「それじゃ、行くわ。とりあえず、明日になってからもう少し具体的なプランを考えようぜ」

「ちょっと、ユルグ! また一人で勝手に……!」

「そうですよ。詰めれば二人くらい眠れますよ、多分」


 責める目つきの二人に軽く苦笑を返して、肩をポンポンと叩く。

 ここにいたって、恋路の邪魔をするほど野暮でもない。

 俺は大人になったんだ。


「俺のことはいい。今日はぐっすり眠って、明日からまた頼む」


 軽く手を振りながら、俺はメルシア家を後にした。

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