第9話 危機感が足りない。


 フィミアを連れて街道を馬で駆けること、半日。

 馬に回復魔法と強化魔法を施したおかげで、俺達は日が傾く前にマルハスへと到着していた。

 道中は特に魔物モンスターに遭遇することもなかったが、妙な気配は何度かあった。

 姿こそ見えないが、未踏破地域と隣接する森にそれなりの魔物モンスターが潜んでいるだろうことは明白だ。


 マルハス前のアーチで馬から下りた俺は、軽く息を吐きだしてロロに向き直る。


「ロロ、村長どもを集めて説明を頼む」

「ユルグは?」

「俺がいると、連中も素直に話を聞かんだろうさ」


 反論を口にしようとするロロを手で制して、ちらりとフィミアに視線を向けて小声で話す。


「フィミアも連れていけ。田舎モンは信心深いからな。神官がいれば話がしやすくなる。それが年若い美女ともなれば鼻の下も伸びる」

「聞こえていますよ、ユルグ」


 小さなため息を吐きながら、フィミアが湿り気のある視線で俺を見る。

 神の威光を何だと思っているのですか、とまた説教をされそうだが……ここは実利を取ってもらおう。

 村の潜在的危機を知ってもらうことも、その為に俺達が調査することも納得してもらわねば、この片田舎では動きにくくて仕方がない。


「それならユルグも一緒にいらっしゃればいいじゃないですか。〝崩天撃〟の二つ名は酒場のツケにだって使えるくらいでしょう?」

「ここでの俺は〝悪たれ〟ユルグなんだよ。悪名がデカすぎて、いるだけでマイナスだ。頼むよ、フィミア」


 両手を合わせてお願いをする。

 これについても都合のいい時だけ祈りの仕草をするなと言われそうだが……幸い、〝聖女〟殿はため息と一緒に頷いてくれた。


「わかりました。貸しですからね、ユルグ」

「そこは聖職者らしく無償奉仕で頼むぜ」

「まったく、都合の良い時だけそのように。ではロロさん、行きましょう」


 促されたロロが、これまたため息まじりに頷く。

 納得してないってツラだが、それについては後で謝るとしよう。

 この村にとっては、ロロの方が『立派になって帰ってきた若者』なのだ。


「馬とグレグレは俺が厩舎に連れて行っておく。グレグレ、いいか?」

「ぐれぐれ」

「よし、行こう」


 フィミアの乗る白い鱗の走蜥蜴ラプターは、騎乗用に訓練された魔物モンスターだ。

 調教するのは結構難しいが、小型でも速く馬力があるため行商人が使うこともある。

 純白の鱗を持つこいつは、冒険中に俺が卵を見つけて……なぜかフィミアに懐いてしまった変わり者で、〝聖女〟人気も相まってすっかりフィミアのものという認識がついてしまった。

 ……まあ、別にいいんだが。


「それじゃあ、行ってくるよ」

「ああ、うまく説明してくれ」


 二人に手を振って、俺は三本の手綱を引く。

 田舎らしく、それなりの大きさの厩舎があるので、白走蜥蜴グレグレも窮屈な思いはしないだろう。


「ぐれぐれ」

「おい、俺を食むな」

「ぐれー」


 とんとんと跳ねるように隣を歩きながら、俺の頭を甘噛みするグレグレ。

 フィミアには噛みついたりしないのに、なんで俺にはこうなんだ?


「トムソン。馬を返しに来た。あと、コイツを預かってほしいんだが」

「ひっ、ユルグ……!」

「おいおい、何もしねぇよ」


 過去の俺──〝悪たれ〟ユルグが行った諸々の所業のせいであるとは理解しているが、こうも怯えられると些か気落ちもする。

 それだけのことをしたのだという、反省と共に。


「……すぐに消えるから安心してくれ。それとコイツ、グレグレっつーんだが、こいつも預かってくれ。餌は肉を預かってる」

「あ、ああ……。わかった」


 怯えた様子のトムソンに手綱を預け、すぐさま踵を返す。

 居心地が悪い以上に、居場所がないことを再確認してしまった。

 正直、都会の無関心さがすでに懐かしくもある。


「あ、あのよ……」


 立ち去ろうとする俺の背に、トムソンが声をかけた。


「ん?」

「お前が、バケモンを退治してくれたんだってな。ロロが、言ってた」

「ああ。俺がってより、俺とロロでだけどな」

「その、ありがとう。うちも鶏が何羽かやられてたんだ……」


 それを聞いて、背に冷たいものを感じた。

 鶏なんてのは、村の中で囲って飼育するもんだ。

 それがやられたってことは、村ん中まで魔物モンスターに踏み込まれたってことでもある。


「他に被害は? お前は怪我してねぇか?」

「え? ああ、おれは大丈夫。他の被害は豚とか羊が少しあったくらいだ」

「そうか。また何かあったら言ってくれ。俺に言いにくかったらロロでもいいから」

「わ、わかった」


 うなずくトムソンに軽く手を振って、厩舎を後にする。

 思ったより、事態は深刻だった。

 これは、ロロとフィミアに相談だな。


 その前に、村の防護を担っている結界の要石を調べにいかないと。

 機能してるのか、してないのか。

 してないならしてないで資材が必要だし、人材も必要だ。


 ああ、クソ。

 俺には何で学がねぇんだ……!

 結界が魔術式なのか神式なのかすら思い出せねぇ。


「〝悪たれ〟、何をブツブツ言っとるんじゃ」

「タントのおっさん……」

「なんぞ困ったことでもあったか?」


 椅子代わりの切り株を示す爺さんに、俺は少しばかり訝しむ。

 〝悪たれ〟に椅子を勧めるなんて、いよいよ耄碌したか?

 だが、この爺さんが物知りなのも確かだ。

 ロロ達はまだ帰ってこないだろうし、借りられる知恵は借りておこう。


「トムソンのやつから吸血山羊ヴァンパイアゴート──村を荒らしてた魔物モンスターが鶏を襲ったって聞いた。村ん中まで入られてたのか?」

「うむ。何度か見たって話はあったの」


 なんともまぁ、のんきな話をしてくれる。

 普通、村の中に魔物モンスターなんぞ現れたら即時総員避難って考えになるものだが。


「村の結界、大丈夫なのかよ?」

「わからん。この村が開拓されてからずいぶん経つからのう」

「……メンテとか、してんのか?」

「……わからん」


 ああ、ダメだ。

 村の知恵者がこの調子では全く期待できない。


「とりあえず、運のいいことに高位の聖職者が来てる。村の結界を見てもらおう」

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