第3話 吸血山羊

「なんだって、こんな村のそばにいやがんだ……」


 身を低くして隠れつつ、俺はそいつを視界に収めた。

 背に虎魚オコゼのようなトゲを持った爬虫類のような生き物で、屈むような姿勢で二足歩行している。

 ぎょろぎょろと動く目に、鋭くとがった爪。そして、時折上げる「メェ」という鳴き声。

 特徴を確認して、俺は物音を立てないように注意しつつ丘を背にして隠れる。


「間違いないな」

「うん。吸血山羊ヴァンパイアゴートだね」


 ──『吸血山羊ヴァンパイアゴート』。

 家畜を襲って血をすする魔物モンスターだが、腹が減れば人も襲う厄介な奴だ。

 しかも、そこそこに手強い。


「未踏破地から出てきたのかも」

「あり得る……が、俺らが子供の頃はいなかったろ? こんなやつ」

「本当に最近の話みたい。どうする?」

「当然、殺る」


 吸血山羊ヴァンパイアゴートが出れば、普通は冒険者ギルドに討伐依頼が出される。

 一般人が対処できるような相手ではないからだ。

 対処が遅れれば、捕食対象は家畜から人間へと変わり、被害が大きくなる。

 俺とロロがいるので、今回はそうはさせないが。


「〈暗視ナイトビジョン〉と〈武装強化エンチャントウェポン〉は付与したよ」

「助かる。じゃ、いつも通りいくか……」

「うん」


 俺が前衛、ロロが中衛。

 後衛がいないので、ロロはいつもより動きやすいはずだ。


「出るッ」


 短く言葉を発して、地面を蹴る。

 『吸血山羊ヴァンパイアゴート』までの距離は、大股で十歩ほどの目算。

 つまり、接敵まで……すぐだ。


「メェェェェッ!」


 驚きか、それとも餌が飛び込んできたことへの歓喜か。

 俺の姿を捉えた吸血山羊ヴァンパイアゴートが叫びをあげて、鋭くとがった舌のような器官を突き出してくる。

 いきなり吸血行動とはナメ切ってやがるな。


「だらぁッ!」


 迫る吸血舌をギリギリのところで避け、気合と共に戦棍メイスを頭部めがけて振り下ろす。


「メッ…──ェ!?」


 俺の一撃を跳び退って避けようとした吸血山羊ヴァンパイアゴートであったが、あいにくとロロの魔法がすでにヤツを捉えていた。

 緩慢な回避行動では間に合わず、俺が振り下ろした鋼鉄の塊が吸血山羊ヴァンパイアゴートの頭部に触れて……骨を砕きながら頸を押し込む。

 頭部がくしゃり、とコンパクトになった吸血山羊ヴァンパイアゴートは、そのままずるりと地面に倒れて動かなくなった。


「一撃必殺。さすが〝崩天撃〟だね」

「茶化すなよ。お前のアシストがあるからこういう雑な戦い方ができる」


 吸血山羊ヴァンパイアゴートの動きを鈍らせた魔法──〈鈍遅スロウ〉の魔法は、ロロの得意魔法だ。

 低級で効果の短い魔法だが、いわく「指の一振りで使える」らしい。

 そんな芸当をするやつなんて、ロロの他には見たことがないが。


 『シルハスタ』にいた時は、これを戦況に合わせてふるっていたのだ。

 どのくらいロロがパーティに貢献していたか、それだけでわかる。

 俺のような力任せの雑な戦い方をする者にとって、すなわちそれは殲滅力の底上げに他ならない。


 加えて、〈暗視ナイトビジョン〉と〈武装強化エンチャントウェポン〉だ。

 夜間戦闘の不利を無くし、俺の一撃をさらに高める強化魔法。

 アルバートのやつはロロの事を『器用貧乏』なんて揶揄していたが、戦況に応じて様々な魔法を的確に使うさまは、もはやではなかろうか。

 そんな言葉はないだろうけど。


「よし、討伐完了。ま、依頼じゃないから冒険者信用度スコアには反映されないがな」

「酪農都市までいけば冒険者ギルドがあるし、討伐証明だけ確保しておく?」

「そうすっか」


 吸血山羊ヴァンパイアゴートの頸部にある一番長い針をナイフで削ぎ取って、死体には油をまいて火を放っておく。

 放っておけば、血の匂いで別の魔物モンスターを呼び寄せかねないし……魔物の焦げた匂いというのは、他の魔物を少なからず遠ざける。

 これで、マルハスのそばには魔物モンスターを焼くような存在がいると、警告できるってわけだ。


「これで村の連中もちったぁ安心できるか?」

「きっと大喜びだよ!」

「よし、それじゃあ……これ持って村に帰れ」


 吸血山羊ヴァンパイアゴートの討伐証明である棘をロロに差し出して、俺は村の灯りがある方向に目配せする。


「ユルグは?」

「飯だ。スープが煮立っちまう」


 小さくため息をついたロロが、差し出したままの俺の手を押し留めて首を振る。


「一緒に行こう、ユルグ」

「スープが……」

「じゃあ、それも一緒に。ウチの夕飯が豪華になるね」


 にこりと笑ったロロが、少し怖い。

 これは、ちょっと怒ってる時の顔だ。


「なぁ、ロロ……」

「ダメだよ。昔からそういうところ不器用なんだから。みんなはキミの悪いところばっかりに目がいってたけど、ボクはキミのいいところをたくさん知ってる」


 ロロの言葉に、少し目を逸らす。

 こんな風に真っすぐに俺を評価してくれるやつは、あまりいない。

 本当に、俺にはもったいない親友だ。


「キミは今日、村を──マルハスを守ったんだよ、ユルグ」

「ああ、俺でも役に立てた」

「そうじゃないよ。キミがキミの意思で、キミの力で守ったんだ。だから、一緒に行こう。〝悪たれ〟ユルグが、いまや〝崩天撃〟ユルグなんだって、胸を張ろう」


 説教されてるのか、励まされてるのか。

 いや、たぶんどっちもか。

 やれやれ、本当にロロには、世話になりっぱなしだ。


 恩返しのつもりで『シルハスタ』を抜けてここまで送って来たってのに、結局またこいつにられてる。

 頭があがらないとは、まさにこのこと。

 ……これは観念するほかあるまい。


「わーったよ」

「うん。よかった。これでまだゴネるようなら〈眠りの霧スリーブミスト〉をかけて引っ張っていくところだったよ」

「……勘弁してくれ」


 冗談かどうかわからないロロの言葉を聞きながら、俺は苦笑して空を見上げる。

 星が瞬く空の様子は、アドバンテとあまり変わらなかった。


 ……そういえば、『シルハスタ』の連中はうまくやってるんだろうか?

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