第3話 吸血山羊
「なんだって、こんな村のそばにいやがんだ……」
身を低くして隠れつつ、俺はそいつを視界に収めた。
背に
ぎょろぎょろと動く目に、鋭くとがった爪。そして、時折上げる「メェ」という鳴き声。
特徴を確認して、俺は物音を立てないように注意しつつ丘を背にして隠れる。
「間違いないな」
「うん。
──『
家畜を襲って血をすする
しかも、そこそこに手強い。
「未踏破地から出てきたのかも」
「あり得る……が、俺らが子供の頃はいなかったろ? こんなやつ」
「本当に最近の話みたい。どうする?」
「当然、殺る」
一般人が対処できるような相手ではないからだ。
対処が遅れれば、捕食対象は家畜から人間へと変わり、被害が大きくなる。
俺とロロがいるので、今回はそうはさせないが。
「〈
「助かる。じゃ、いつも通りいくか……」
「うん」
俺が前衛、ロロが中衛。
後衛がいないので、ロロはいつもより動きやすいはずだ。
「出るッ」
短く言葉を発して、地面を蹴る。
『
つまり、接敵まで……すぐだ。
「メェェェェッ!」
驚きか、それとも餌が飛び込んできたことへの歓喜か。
俺の姿を捉えた
いきなり吸血行動とはナメ切ってやがるな。
「だらぁッ!」
迫る吸血舌をギリギリのところで避け、気合と共に
「メッ…──ェ!?」
俺の一撃を跳び退って避けようとした
緩慢な回避行動では間に合わず、俺が振り下ろした鋼鉄の塊が
頭部がくしゃり、とコンパクトになった
「一撃必殺。さすが〝崩天撃〟だね」
「茶化すなよ。お前のアシストがあるからこういう雑な戦い方ができる」
低級で効果の短い魔法だが、いわく「指の一振りで使える」らしい。
そんな芸当をするやつなんて、ロロの他には見たことがないが。
『シルハスタ』にいた時は、これを戦況に合わせてふるっていたのだ。
どのくらいロロがパーティに貢献していたか、それだけでわかる。
俺のような力任せの雑な戦い方をする者にとって、すなわちそれは殲滅力の底上げに他ならない。
加えて、〈
夜間戦闘の不利を無くし、俺の一撃をさらに高める強化魔法。
アルバートのやつはロロの事を『器用貧乏』なんて揶揄していたが、戦況に応じて様々な魔法を的確に使うさまは、もはや
そんな言葉はないだろうけど。
「よし、討伐完了。ま、依頼じゃないから
「酪農都市までいけば冒険者ギルドがあるし、討伐証明だけ確保しておく?」
「そうすっか」
放っておけば、血の匂いで別の
これで、マルハスのそばには
「これで村の連中もちったぁ安心できるか?」
「きっと大喜びだよ!」
「よし、それじゃあ……これ持って村に帰れ」
「ユルグは?」
「飯だ。スープが煮立っちまう」
小さくため息をついたロロが、差し出したままの俺の手を押し留めて首を振る。
「一緒に行こう、ユルグ」
「スープが……」
「じゃあ、それも一緒に。ウチの夕飯が豪華になるね」
にこりと笑ったロロが、少し怖い。
これは、ちょっと怒ってる時の顔だ。
「なぁ、ロロ……」
「ダメだよ。昔からそういうところ不器用なんだから。みんなはキミの悪いところばっかりに目がいってたけど、ボクはキミのいいところをたくさん知ってる」
ロロの言葉に、少し目を逸らす。
こんな風に真っすぐに俺を評価してくれるやつは、あまりいない。
本当に、俺にはもったいない親友だ。
「キミは今日、村を──マルハスを守ったんだよ、ユルグ」
「ああ、俺でも役に立てた」
「そうじゃないよ。キミがキミの意思で、キミの力で守ったんだ。だから、一緒に行こう。〝悪たれ〟ユルグが、いまや〝崩天撃〟ユルグなんだって、胸を張ろう」
説教されてるのか、励まされてるのか。
いや、たぶんどっちもか。
やれやれ、本当にロロには、世話になりっぱなしだ。
恩返しのつもりで『シルハスタ』を抜けてここまで送って来たってのに、結局またこいつに
頭があがらないとは、まさにこのこと。
……これは観念するほかあるまい。
「わーったよ」
「うん。よかった。これでまだゴネるようなら〈
「……勘弁してくれ」
冗談かどうかわからないロロの言葉を聞きながら、俺は苦笑して空を見上げる。
星が瞬く空の様子は、アドバンテとあまり変わらなかった。
……そういえば、『シルハスタ』の連中はうまくやってるんだろうか?
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