第2話 故郷の土
冒険都市アドバンテから馬車で二週間。
乗合馬車の最終停留地となる酪農都市ヒルテから徒歩でさらに二日。
それだけの時間をかけて、ようやく俺達は故郷マルハスに到着していた。
王国領土の端も端に在る小さな寒村はまさに辺境と呼ぶにふさわしいが、それでも生活が成り立っているのには、ちょっとしたワケがある。
『王国の端』というのは、何も国境線があるという話ではない。
この村から東には、広大な未踏破地域が広がっているのだ。
そこから産出される珍しい動植物──特に薬草は、都市部ではいい値段で取引される。
そして、それを買い付けに来る行商人から様々な生活用品を購入することで、この田舎の寒村は暮らしを成り立たせているのだ。
「ようやく帰ってきたな」
「うん。懐かしいね」
木製のアーチをくぐると、複数の視線が俺達にすぐ向けられた。
こういう不躾な感じ……本当に久しぶりだ。
都会では無関心でいることがマナーなところもあったので、逆に新鮮かもしれない。
「ん、ん? お前、悪たれのユルグじゃないか。それに、ロロ? 帰ってきたのか!?」
俺達をじろじろと見ていた初老の男性が、駆け寄ってくる。
小さな村だ、当然ながら顔見知りである。
「よぉ、タントのおっさん。ちょっと髪が薄くなったか?」
「そりゃ、年を取ればそうもなる。なんだ、都会の生活に嫌気がさしたか?」
「ま、そんなとこだ」
事情が事情だけに、道端で口にする話題でもない。
軽く流して、俺はロロの背を軽く叩く。
「ロロ、さっさと行ってこい。きっと待ってる」
「……うん」
俺が手渡した背負い袋──中身は土産だ──を担ぎ上げて、ロロが村の広場を真っすぐに突っ切っていく。
その背中を見送って、無事に到着できたことに小さく安堵した。
俺と違って、ロロには待っている家族がいる。
今回の事は、ある意味いい機会だったかもしれない。
故郷を出た冒険者が、無事に家に帰ってくる可能性というのはあまり高くないしな。
「なんだ? ちょっと雰囲気変わったか? 悪たれ」
「俺も年を食ったってことだよ。その、村を出る前はいろいろ悪かったな」
俺の言葉に、タントのおっさんが目を丸くする。
なにせ、取っ組み合いのケンカ(原因は俺)をしたこともある相手だ。
警戒もすれば驚きもするだろう。
「ま、無事に帰って来てくれてよかったよ。しばらく村にいるのか?」
「わかんねぇ。ロロ次第だ」
「なんだ? おめぇ、ずいぶんロロ坊に懐いてるじゃないか」
タントのおっさんの言葉に、俺は軽く苦笑する。
そうか、そんな風に見えるのかと。
「俺にとっちゃ家族同然なんだ、当たり前だろ」
「丸くなりやがって。そんで、お前はどこで寝泊りすんだ?」
マルハスは、ただの田舎町だ。
宿などという上等な施設はない。
訪れた行商人たちは少しばかり広い村長の家に寝泊りすることになっていて、そうでない旅人は村人の誰かが開いている部屋を貸す……ということになっている。
しかし、俺というのは少しばかり事情が違う。
旅人でもなければ、行商人でもない。
加えて、村を出る前の俺は相当に色んな悪事を働く鼻つまみ者だったので、村民感情はよろしくないはずだ。
いま、
故に、俺は村の外を指さして口を開く。
「少し離れたところで野営させてもらうわ。ロロを見かけたら、そう伝言を頼んでいいか?」
「……わかった。飯は? 食いもんはあるのか?」
「しばらくはもつだけ持ってきてる。大丈夫、安心してくれ。みんなに迷惑かける気は
それだけ伝えて、俺は踵を返す。
タントのおっさんに伝えた通り、ここから先はロロ次第になる。
長逗留するなら、俺は酪農都市まで引き返して宿をとるし……もし、このままロロがマルハスに根を下ろすと言うなら、自分の身の振り方を新たに考えればいい。
とりあえず、ロロを無事に故郷に帰すという俺の役割は達せられた。
「さて、どこらにするかな」
村の出口まで引き返した俺は、軽く見渡して、程よい野営地候補を探す。
野営地を設営するための便利な
あとは、程々に村に近くて……ほどほどに目につかないところがいいんだが。
「……よし、あそこにするか」
ポツンと大きめの木がある街道沿いの一角を野営地と定めて、俺はのんびりと歩き始める。
いつの間にか空は茜色に染まり、未踏破地の森はすっかりと闇に溶け込んでいた。
◆
「ちょっと、ユルグ!」
夕食代わりのスープを煮込んでいると、ロロがそんな風に怒鳴り込んできた。
普段、物静かなロロにしては少し珍しい。
「どうした、ロロ?」
「どうしたじゃないよ! せっかく故郷に帰ってきたって言うのに、どうしてこんなところで野営してるのさ?」
「そりゃ、俺がいると……村が落ち着かないだろ?」
俺の言葉に、ロロがうっと詰まった顔をする。
村の俺に対する評価は、山賊や魔物とそう変わらない。
あと少しばかり悪さを続けていれば、おそらく俺は簀巻きにされて未踏破地域に投げ込まれていただろう。
ロロにしたって、昔は散々俺に迷惑をかけられたというのだからわかるはずだ。
「でもさ、いまは違うじゃないか」
「だからって、やらかした過去は清算できねぇよ。まあ、俺のことは気にすることじゃねぇよ。……それより、おふくろさん達はどうだった?」
話題を変えるべく口にした俺の質問に、ロロが少し笑って頷く。
「喜んでたよ。ユルグのお土産にもお礼が言いたいって」
「親切を返しただけだから気にすんなって伝えておいてくれ」
ロロのおふくろさんは、孤児の俺によく飯を作ってくれた人だ。
自分の息子──ロロが殴られたって日でも、説教しながら俺にパンとスープを出してくれるような人で、言うなれば俺にとっても母親のような存在だった。
向こうにしてみれば、迷惑な話だろうけど。
「ビッツもアルコも、すごく喜んでた」
「そりゃよかった」
「だからさ、うちにおいでよ。ユルグが寝るところくらい、何とかするからさ」
ロロの嬉しい提案に、俺は軽く首を振って応える。
ありがたい話ではあるが、これはケジメだ。
俺はマルハスを追放される代わりに、ロロについていったのだ。
ロロの手前、村の中に入りはしたが……本来、俺はあの『マルハス』と描かれたアーチをくぐる資格を持たない。
「キミったら、どうしてそんなに頑固なのさ」
「生まれつきだ」
「嘘つき。いつもはもっと素直だよ」
そう言いながら、俺の前に腰を下ろすロロ。
「ん?」
「ユルグがここで野営するなら、ボクも付き合うよ」
「何言ってんだ。はやく家に帰ってやれ。おふくろさんも弟たちもお前を待ってんだろうが?」
「キミのこともね」
ええい、これじゃどっちが頑固者なのかわかったもんじゃない。
こうなったら手強いんだよな、ロロは。
さりとて、ここで退くわけにはいかない。
「ロロ、わかってんだろ? 俺は歓迎されてない。されるべきじゃない」
「そうやって拗ねてないで、うちにおいでよ。誰も気にしないよ、昔のことなんか」
「拗ねてなんてねぇよ。ちっとばかり、分別が付くようになっただけだ」
実際、村の雰囲気は俺を警戒する視線でいっぱいだったじゃないか。
俺がいるだけで不安を覚える奴がいる。そういうことを、俺はしてきたのだから。
「村の外が危ないのはわかってるでしょ?」
「そのための【結界杭】だ。それにここならお前や村になんかあってもすぐに駆け付けられるし、必要以上に村の連中をビビらせることもねぇ」
「歩み寄らなきゃ、誤解も解けないよ」
「誤解じゃないだろ、俺のはよ」
俺の言葉に、ロロが困ったように笑ってため息を吐く。
……が、その目がすっと鋭くなった。
「……! ユルグ」
「ああ、わかってる。なんだ、俺がこんなとこで野宿したから呼び寄せちまったか?」
「そうじゃないよ。ここのところ、毎晩らしいんだ。それでキミに知らせに来た」
「やれやれ、これだから田舎ってのは」
木に立てかけてあった得物──大型の
「殺ってくる。ロロはどうする?」
「もちろん、行くよ。冒険者をやめたつもりはないからね」
腰に下げた
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