ふろうふしのくに
ぬえてて
不老不死の国
むかしむかしあるところに、
旅が大好きな男がおりました。
男は15になると村を出て、それから20年、
ずっと大好きな旅を続けながら生きてきました。
男は毎日が楽しくて、
ずっと旅を続けたいと思いながら
次の街へと歩き続けています。
ですが最近、少し困った事がありました。
旅は昔と変わらず楽しいのに、
昔のように半日で次の街へたどり着く事も、
1日で山を越える事も
出来なくなってきていたのです。
「うーむ、昔に比べて身体が重たいなぁ。
まだまだ歩けるけど、その内身体が動かなくなって、
大好きな旅も続けられなくなっちゃうのかなぁ。」
そんな事を考えながら野宿の準備をしていると、
やせ細った老人がよろよろと歩み寄ってきました。
「旅人さん、どうかお助けください。
少しばかり火に当たらせてはくれませんか。」
男は親切な人柄だったので、快く老人を受け入れ、
食べ物と飲み物も分け与えました。
老人は安心した様子でそれらを口にすると、
男に感謝の気持ちを伝えました。
「ありがとうございます、旅人さん。
水も食料も多く持っては歩けないでしょうに。
こんな私に分けてくださって、なんとお礼すれば…。」
「大丈夫ですよ、おじいさん。
最近は水も食料も多めに持って旅をしているんです。」
男は昔よりも水や食料を多く持つようになっていました。
その分荷物は重たくなりますが、
昔と違って次の街へたどり着くまでに
時間が掛かってしまって、
今日の様に野宿をする機会が増えて来たからです。
荷物を減らせば早く着くかもしれませんが、
男は少し臆病でもあった為、
こうして予備を持たずにはいられませんでした。
「私も昔は旅をしていたんです。ですがいつの頃から、
思うように身体が動かなくなってしまって。
今日は隣の街に行くだけだから大丈夫だろうと…。」
老人は自分の境遇を話し始めました。
話を聞いていると、男と老人の境遇はとても似ていて、
他人の様には思えませんでした。
そして同時に恐ろしくもなりました。
自分もいつか、
このおじいさんの様になってしまうのだろうか?
大好きな旅をどこかで諦めて、
隣の街へ歩いていく事すら困難になるのだろうか?
男が暗い気持ちで俯いていると、
老人は不思議な事を言い始めました。
「お礼と言ってはなんですが、
こんな話はご存じでしょうか?
少し遠い国の話なんですが…。」
老人によると、遠い西の国には住む人々が老いる事もなく、
死ぬ事もない、不老不死の国があるとの事でした。
そんな夢みたいな国があるものだろうか?と、
男は半信半疑でしたが、老人は真剣でした。
「私はもうこんな身体です、
今更その国へ向かってもあまり意味がありません。
ですが旅人さん、あなたならまだ間に合います。」
確かに老人の言う通り、
男は昔に比べれば身体が動かなくなっては来ていますが、
老人ほど動かない訳ではありません。
「それなら、もし西の方へ行くことがあったら、
その国に立ち寄ってみる事にするよ。
ありがとうおじいさん。」
暫くすると男は眠りにつき、
目が覚めると老人は居なくなっていました。
歳を取ると早く目が覚めると言うし、
先に起きて自分の街へ帰ったのだろうと思い、
男は後始末を済ませて西へ向かう事にしました。
それから1年後、とうとう男は辿り着いたのです。
あの老人が話していた、不老不死の国に。
男はすんなりと国へ入れた事に驚きを隠せませんでした。
普通、これほど大きい国に入る時は門番が入口に立っていて、
怪しい人が入ってこないか見張っている事が多いからです。
「不用心な国だなぁ、不老不死の国というから、
てっきり厳重に警備されていて、
国へ来た理由を聞かれると思ったのに。」
そう思いながら、先ずは国を見て回る事にしました。
建物や施設などは他の国と
それほど大きな違いはありません。
ですが、一つだけ奇妙な点に気がつきました。
道行く人々が子供と若者ばかりで、
お年寄りは一人たりとも見かけません。
「やっぱりこの国は不老不死の国で間違いないぞ、
身体が衰えず、死にもしないなんて羨ましいなぁ。
どうすれば自分も不老不死にして貰えるのだろう?」
そう呟きながら男が悩んでいると、若者が声をかけてきました。
「オジサンもこの国の噂を聞いてやってきたの?
だったら急いで王の元へ行って、
この国にずっと住む事を誓ってくるんだね。」
「王の機嫌がよければ、不老不死にして貰えるかもね。」
男は素直に若者に礼を言うと、
とりあえず王宮を目指して歩き始めました。
「なるほど、王が不老不死を授けて下さるのか。
でも、ずっとこの国に住まないといけないのか?
旅に出たい時はどうしたらいいんだろう?」
そう考えながら歩いていると、
前を歩いていた女性とぶつかりそうになりましたが、
女性の方が驚きながら地面に倒れ込んだので
ぶつからずに済みました。
「申し訳ありません、考え事をしていたので…。
お怪我はありませんか?」
男は手を差し伸べましたが、
女性はその手を取らずに立ち上がりました。
「少し手を擦りむいただけです、お気になさらず。」
そういうと彼女は王宮の方へ歩き始めました。
男は少し気まずい思いをしましたが、
自分も王宮へと歩き始めます。
「もしかして貴方、
不老不死を求めて王に会いに行こうとしているのですか?」
彼女の方から話しかけて来たので男は少し驚きました。
「は、はい。最初はそのつもりだったんですが。
今はちょっと迷っています。」
「貴方はどうやら旅をされてる方のようですね。
悪い事は言いません、
今すぐこの国を出た方が貴方の為ですよ。」
「どうしてですか?もしかして、
王の機嫌を損ねたら殺されてしまったりするのでしょうか?」
さっきは王様の機嫌が良ければ…と言われていたので、
機嫌が悪かった時はどうなるのか…と、
男は不安になりました。
「いいえ、王は無駄に人を殺したりなどしません。」
「ですが貴方は旅がしたいのでしょう?
もし不老不死になってしまえば、
この国から出る事は二度と出来なくなります。
それでも良いのですか?」
まさに男が悩んでいる事を言われたので、
男はドキリとしました。
「やはり不老不死になるには、
この国にずっと住まなければならないのでしょうか?
途中で旅に出る事が出来なくなってしまうのですか?」
「ええ、そういう約束で不老不死になるのですから、
国から出れば立ちどころに息絶えてしまいます。
本人の意志で出なくても死んでしまうのです。」
ははあ、だから門番が居なかったのか、
一歩踏み外せば死んでしまう場所になんて、
誰も近づきたがらないものな。と、男は思いました。
「それに不老不死になっても、
いい事ばかりではありません。」
彼女は続けます。
「怪我をすれば痛いですし、病にかかれば苦しい、
食べ物がなければ飢え、水がなければ渇きます。
外の人が思っているほど良い物ではないのです。」
男はますます悩んでしまいます。
これ以上老いる事が無くなる代わりに旅を諦め、
この国で日々の糧を得る為に永遠に働き続けるのか?
歳を重ねながら旅を続け、
いつかは旅が出来なくなるほど身体が衰え、
そのまま死んでしまうのか?
男は悩み、ついには足が止まってしまいました。
「いろいろ教えて下さって、ありがとうございました。
一晩考えてから、また決めようと思います。」
男は彼女にお礼を言うと、
歩く方向を変えて宿を探し始めました。
「ええ、さようなら。旅の人。
二度と会う事はないでしょうけど。」
翌日、男は朝食を食べた後、
宿の部屋で一日中考え込んでいました。
昼食も摂らずにずっと部屋に籠っていたので、
夜にはとても腹が減ってしまい、
慌てて部屋を出ました。
「しまった、すっかり遅くなってしまった。
食べ物が残っていればいいけど。」
宿の亭主を探しましたが、出かけているのか姿がありません。
仕方なく男が外へ出てみると、おかしな事に気がつきました。
外に誰も居ないのです。
最初は夜だから出歩く人が居ないのだろうと思いましたが、
どの家からも声がせず、お店に入っても誰も居ないのです。
「うーむ、何か食べたかったけれど、誰も居ないのか。
仕方がない、お金だけ置いて貰って行こう。」
男は悪いと思いながら、机にお金を置き、
その晩食べる物を拝借して宿に戻りました。
翌朝、男が目覚めて部屋を出ると、
またもや亭主が居ません。
夜も居ないし朝にも居ない、なにかあったのかな?
と男は考えましたが、お腹が空いていたので外へ出ました。
すると昨夜と同じく、外に誰も居ないのです。
不思議に思いながら、昨日のお店へ向かい、
昨夜の謝罪と朝食の調達をしようと思いましたが、
やはり誰も居ません。
それに、男が昨日置いて行ったお金もそのままで、
商品も補充された様子がありません。
男は流石に驚いて国中を歩き回りましたが、
人っ子一人見当たりません。
「おかしいぞ、どこに行っても誰も居ない。
一体何があったんだ?」
ですが誰も答えてはくれません。
「気味が悪くなってきたぞ、
旅が出来ないのも嫌だから、
やっぱりこの国からは離れてしまおう。」
男はそう決断すると、直ぐに旅の支度を始め、
その日のうちに旅立って行きました。
「もしかして、悪魔にでも惑わされたのかな?
本当は不老不死の国なんかなくて、
私をからかっていたのかもしれないな。」
そんな事を考えながら歩いていると、
赤色に光る石が男の足にぶつかり、
何処かへ転がって行きました。
「今の石はなんだったのだろう?
光っているように見えたが宝石だったのだろうか?
落とし主には悪い事をしたなぁ。」
ところで、男が数日を過ごしたあの国は一体何だったのでしょうか?
それは男が生まれるずっと前、
あの国がまだ、普通の国だった頃のお話です。
王はとても悩んでいました。
「今はまだ体が動くが、
何十年も経てば年老いて死んでしまう。
そうすればこの国はどうなるのだろう。
恐ろしい、恐ろしい、死ぬのが怖い。」
王は民から慕われる良き王でしたが、子宝にだけは恵まれず、
先代の王が死んでからはずっと一人で国を治めていました。
先代の王も立派な王でしたが、その王でも老いには勝てず、
衰弱し、そして死ぬ所を目の当たりにした王は、
死に怯えるようになりました。
そんなある日、魔法使いを名乗る老人が、
王の元へあらわれました。
「王よ、あなたは民の為に自らの人生を捧げ、
この国を良くしてくれています。
ですが残念です、あなたは近いうちに死んでしまいます。」
「そんな事がある筈がない、私は若くはないが、
かと言って直ぐに死ぬほど年老いてはおらぬ。」
「いいえ、運命は決まっているのです。
この死を避ける事は出来ません。」
昔の王であれば馬鹿馬鹿しいと追い返す所でしたが、
今の王はすっかり死ぬ事に怯えてしまっていました。
「ならばどうすればよいのだ?
私が死ぬとして、今さら養子を探す時間もない。
私と共にこの国が滅んでしまう事は避けたいのだ。」
「王よ。あなたは死ぬ運命ですが、
死ぬべき人ではありません。
ですので私が参りました。」
そういうと、老人は赤色に光る石を取り出しました。
「この石は遠い西の国、不老不死の国に伝わる宝でございます。
この石を額に当ててみてください。」
「するとどうなるのだ?」
「あなたもその国の民と同じく、
不老不死を得る事が出来るでしょう。」
王は困惑しました。
それなりに他の国と外交を行ってきた王ですが、
不老不死の国などという国は聞いたことがありません。
ですが、石が放つ妖しげな光が、
どことなく本物であるような気にさせます。
仮にこの石が偽物だったとしても
損をする事はないだろうと思い、
王は言われた通りにやってみました。
すると、石が王の頭の中にするりと入って行きました。
余りの出来事に王は茫然としていましたが、
老人はにこやかな表情を浮かべていました。
「王よ。これであなたは不老不死の身体となりました。」
「怪我をすれば痛いですし、病にかかれば苦しい、
食べ物がなければ飢え、水がなければ渇きます。
ですが、決して死ぬ事も、老いる事もありません。」
「そ、そうか。わざわざ試すつもりはないが、
これで死なずに済むのなら安いものだな。」
「ですがお気を付けください、王よ。
不老不死で居られるのはこの国に居られる間だけ、
外へ出れば立ちどころに死んでしまうでしょう。」
「なに!?国から出られないだと!?
それでは他の国へ行けないではないか!」
王は日中の殆どの時間を玉座で過ごし、
毎日朝と夜に民の様子を見て回る生活をしていましたが、
それでも国外へ出向く事もありました。
「申し訳ございません、王よ。
ですがあなたを死の運命から救う為には、
これより方法がなかったのです。」
まだ完全に老人を信じた訳ではありませんでしたが、
今日の所はひとまず下がって貰う事にしました。
「私は暫くこの国の宿に泊まらせて頂きます。
ご用命がありましたらいつでもお申し付けください。」
夜になり、王はいつもの様に国内の見回りに出掛けます。
「本当に私は不老不死になったのだろうか?
あの老人に騙されているのではないのだろうか?」
そう思いながら、門番の居る関所まで辿り着いた時に、
老人の言葉が頭をよぎります。
「外へ出れば立ちどころに死んでしまうでしょう。」
王はドキリとしながらも門番から報告を受けました。
その時、突然門の外から矢が飛んできて王の胸を刺しました。
「な、に?」
次に王が目覚めると、自分が布団の上におり、
胸に包帯がぐるぐると巻かれている事に気が付きました。
胸はまだ痛むものの、王は生きていたのです。
「私は助かったのか…?胸に深く矢が刺さっていたはずだが…。」
「はい、私ももう助からないと思い、
矢を抜いて血を止める為に包帯だけ巻かせて頂きました。」
「ですが、王の身体は冷たくならず、息もされておりました。
まだ生きようとしておられると思い、寝かせておいたのです。」
王の奇跡の生還に民達は大変喜びました。
王は宿に居る老人を王宮に呼び出すと、感謝を伝えました。
「あの石を貰わなければ、私は今頃この世には居なかっただろう。
なんと礼をすればよいか分らぬ。」
「礼などとんでもございません。
私はあなたに重荷も背負わせてしまったのです。」
「国の外へ出られぬ事か?
それは仕方のないことだったのであろう?
そなたが気に病む必要などない。」
「それだけではないのです。
不老不死になってから、食事はされましたか?」
「いや、怪我が治ったばかりだからか食欲がな。」
「それは怪我のせいではありません。あなたの身体は、
もう普通の食べ物を受け付けない身体になったのです。」
「どういうことだ?」
「人間は死んだ物を食べて生きています。
ですが不老不死となったあなたは、
生きたものを生きたまま食べなくてはならないのです。」
「なんだと!?
ならば牛や魚を生きたまま食せというのか!?」
「いいえ、それらとて食らった時に死んだ物になります、
口に入れ、飲み込みむまで生きていないといけません。」
「そんな生き物など居るはずが…!」
そこまで言って、王は気がつきました。
そんな生き物を一人だけ知っていました。
「はい、王と同じく、
不老不死の生き物を食べるより他ないのです。」
「待て、私は不老不死となったのだ、
何も食べずとも死ぬ事など…。」
「お忘れですか。怪我をすれば痛いですし、病にかかれば苦しい、
食べ物がなければ飢え、水がなければ渇くのです。」
不老不死となった王は、食べなくても死ぬ事はありません。
ですが食べなくては、延々と飢えに苦しむことになるのです。
王は頭を抱えました。
「今あなたはあの石と一つになっています。
あの石は人を不老不死に変える事が出来るのです。」
「あなたが人の額に指を押し当てれば、
あなたと同じく不老不死になりましょう。」
そんな時、伝令の者が部屋へ入ってきました。
王を医者へ運んだ門番が、
門の外へ出た途端に姿が消えたとのことです。
「あなたを運び込むとき、偶然指が額に触れたのでしょう。
彼も王の身を案じる立派な門番だったでしょうに…。」
王は自分のせいで門番が命を落としてしまった事に、
落ち込んでしまいました。
「知らぬ間に不老不死にしてしまって、
知らぬ決まりを破ったばかりに命を落とした。
彼になんと詫びればよいのか。」
「王よ、あなたのせいではありません。
それにもし彼が全ての事情を知っていれば、
王の為に自らの身を捧げた事でしょう。」
「私に民を食べろと?」
王は老人を睨みました。
「あなたはこれまで民の為に尽くしてきました。
今度は民があなたに尽くす番なのです。
民に聞いてごらんなさい、皆同じ考えの筈です。」
王は悩みました。
老人の話によれば、自分と違い石と一つになる訳ではないから、
民は今までと同じく食事をする事が出来るとのことでした。
食事が出来くなるのであれば、王はここまで悩まずに済みました。
自分と同じ苦しみを民に味わわせる事は出来なかったからです。
ですが国から出ない限り、
民は不老不死になるデメリットがないのです。
悩みに悩んだ末、王は民に全てを話す事にしました。
老人の言った通り、民は喜んで不老不死になる事に同意しました。
王は訪れた民を次々と不老不死に変え、
先ずは老人から食べ始めました。
力も衰え、仕事が出来なくなっていた老人たちは、
国と王の為になるならと喜んで身を捧げました。
王は泣きながら彼らを食べました。
やせ細った老人の血肉はあまり美味しくはありませんでしたが、
それでも自分の為に命を捧げてくれた事に感謝し、
国中すべての老人を食べつくしました。
次に赤子を食べ始めました。
最初に民を不老不死にした時、
民が我が子にもと願ったのですが、
不老不死の為いつまでも赤子だったのです。
王は泣きながら彼らを食べました。
老人に比べると赤子はとても美味く、感涙してしまったのです。
ですが同じものを何年も食べ続けると、流石に飽きてきました。
「民が私の為に赤子を差し出してくれるのはうれしいが、
若者はどんな味がするのだろうか。
老人より不味い事はあるまいが…。」
「何を考えているのだ私は。
国の為に働いてくれている若者を食べたいだなんて。
そんな事、許されるはずがない。」
しかし一度気になってしまったら、
その事が頭から離れなくなってしまいました。
「そうだ、罪人は食べても良いことにしよう。
いくら年月をかけても心を入れ替えない罪人も居る、
それならば食べてしまっても良いだろう。」
民も、悪事を働き反省もしない罪人は
居なくなっても構わないと思っていたので、
王を支持しました。
それならばと、王は若い罪人を口にしました。
王は泣きながら彼らを食べました。
若者の血肉は赤子よりもおいしいかったのです。
それからの王は年に一度、若い罪人を食べました。
王は罪人を食べる日を楽しみに過ごすようになりましたが、
やがて罪人が一人も居なくなりました。
悪人が居なくなったので、民は喜びました。
「民が安心して過ごせる良い国になった、喜ばしいことだ。」
「だが、あの味が忘れられぬ。
罪人はもう居らぬ。民は食えぬ。」
もう二度と食べられないと考えただけで、
王は気が狂いそうになりました。
赤子を食べて飢えを凌いではいましたが、
とうとう王の心は壊れてしまいました。
「そうだ、罪人が居ないのなら、作ってしまえばよいのだ。」
こうして王は年に一度、無実の罪で若者を捕らえ、
その血肉を貪るようになりました。
そうして何十年も経ったある日の事。
「王よ、私は罪を犯しました。
この身をもって罪を償いたく思います。
どうか私を食べて下さりませんか?」
年に一度のご馳走の日に運よく若い女がやって来たので、
王は喜びました。
王は彼女に食らいつきました、すると。
「うっ、え?」
王はあまりの苦しさに地面を転がりました。
騒ぎを聞きつけた臣下が急いで王を病院へ運び込みます。
「これは恐らく毒でしょうな。
しかも只の毒ではない、あの蟲毒で精製された毒の様な…。」
「な、ないのか、解毒する方法は!」
王は苦しみながら医者にすがりました。
「残念ながら、私ではどうする事も出来ません…。
言い伝えによれば、死ぬまで苦しみ続けるとしか…。」
こうなってしまっては、もうどうしようもありません、
苦しみから逃れる為、王は自ら国の外へ出ました。
すると途端に王の姿は消え、次の瞬間、
不老不死となった民も一斉に姿を消したのです。
ここに残ったのは、
ちょうど昨日国へやって来た旅人が一人。
その旅人も翌日にはここを出発し、
こうして誰も居なくなったのでした。
ところで、王が食らったあの女は一体誰だったのでしょうか?
話は王が無実の罪を若者に着せて、
血肉を貪るようになった頃に遡ります。
女は泣いていました。
女は不老不死の国に住んでおり、
ついこの間結婚したばかりでした。
ですが運悪く夫は無実の罪を着せられ、
王宮に連れていかれてしまったのです。
そうして泣き腫らす女の前に老人があらわれました。
「王に復讐したくはないか?」
この国に老人が居ること自体が珍しいので、
女は驚きました。
「復讐だなんて、
私にそんな事は出来るはずがありません。」
「確かに王は不老不死だ、
お前が王の命を奪う事はできないだろう。」
「だが、王を死ぬまで
苦しめ続ける事が出来るとしたらどうする?」
不老不死の王が死ぬまで苦しみ続ける、
つまりそれは永遠に苦しむという事です。
「そんな方法があるのですか?
それは私に出来る事なのですか?」
「ああ、出来る。ただし半端な覚悟では無理だ。
お前も死ぬまで苦しみ続ける事になるからな。」
女は覚悟を決めました。
「やります、彼を奪われた苦しみを考えれば、
どんな苦痛だろうと苦痛ではありません。」
すると老人は毒草を取り出して、女に渡しました。
「これを全部食べなさい。決して戻してはいけない。
どんなに苦しくても全部食べ切って、耐えるんだ。」
「毒草を食べる事が、復讐になるのですか?」
「そうだ。これは遠い国に伝わる猛毒の作り方、
蟲毒というんだが、
それをお前の身体で再現するのだ。」
女は理解しました。
つまり自分の中に毒を作る事で、
自分を食べた王に毒を注入する事が出来る、
その毒で王は永遠に苦しみ続けるのだと。
「怖くなったか?自分自身が毒の塊になる事が。」
「いいえ、私の覚悟は決まっています。」
そういうと、女は一気に毒草を食べきりました。
それから毎日、老人は同じ時間にやってきて、
蛇や蛙、蟲や草など、
ありとあらゆる毒を女に食べさせました。
女は泣きながらそれらを食べました。
何度も何度も戻しそうになりながら、
それでも毎日出されたものを食べ続けました。
そうして300回ほど繰り返した後。
「そろそろだな、こいつに触れてみろ。」
そう言うと老人は生きた鼠を投げ渡し、
女は咄嗟にそれを掴みました。
すると、元気に動き回っていた鼠がピタリと動きを止め、
そのまま死んでしまったのです。
「良い出来だ。
お前はどんな生き物でも触れただけで殺せる程の毒を得た。」
「では、そんな私を食べたりすればきっと…。」
「その苦しみは計り知れない。
王も永遠に苦しみ続けるだろう。」
女は老人に礼を言うと、急いで王宮に向かいました。
興奮しながら歩いて行くと、その途中、
ぼうっと歩いている男とぶつかりそうになりました。
自分と触れれば、無関係な人に毒を移してしまう。
そう考えた女は咄嗟に自分から地面に倒れ込み、
何とか男に触れずに済みました。
男は申し訳なさそうに手を差し伸べてきましたが
触れる訳にもいかず、自分で立ち上がると、
さっさと王宮へ向かう事にしました。
ですが、この男も王宮に向かっているようでした。
「もしかして貴方、
不老不死を求めて王に会いに行こうとしているのですか?」
「は、はい。最初はそのつもりだったんですが。
今はちょっと迷っています。」
「貴方はどうやら旅をされてる方のようですね。
悪い事は言いません、
今すぐこの国を出た方が貴方の為ですよ。」
もうすぐ王は死ぬまで苦しみ続け、
この国はどうなるか分からないのですから。
とは流石に言えませんでしたが。
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