そうだ、学校に行こう

神楽堂

第1話

学校に行きたくない。


行かないといけないということは分かっている。

けれど、足がすくんだ。

具合が悪くなる。

無理にでも行こうとすると、涙が溢れてくる。


特に、月曜日はダメだった。


駄々をこねて、結局のところ、体調不良ということで休ませてもらう。

実際、行こうとするとあちこち痛くなったり気分が悪くなったり、本当に体調は悪くなる。

病院に行ったら、起立性調節障害(OD)と診断された。



ごろごろしている間に、時間は過ぎていく。

もう、2時間目が終わった頃かな。

授業を2コマ受けるのは苦痛だけど、家にいるとあっという間。

学校と家とで、時が流れる速さは明らかに違う。


夕方になると、心身ともに元気になっていることを実感する。


こうして、一日が終わる。


* * *


親は一生懸命、原因を探ろうとする。


嫌なことがあるの?

嫌な友だちがいるの?

いじめられてるの?

先生が嫌なの?


原因を探り、それを解決すれば学校に行けるようになると、親は考えているようだった。

だけど、私には何かを解決しようという気持ちはなかった。


学校に行きたくない。


それが理由であり、結果だった。


* * *


月曜日に休むと、私の心に少しだけ罪悪感が生まれた。


月曜日なのに休ませてもらった。

だから、火曜日には行かないといけない。

なんとなく、そんな気持ちになることもあった。



学校に行った。

授業はつまらない。

黒板に書いてあることをノートに写すだけ。

かと思えば、無理やり話し合い学習をさせられることもある。

それも苦痛だった。


休んでばかりいると、やはり、勉強が分からなくなっていった。

ついていけない。


疎外感があった。

楽しそうに勉強している人もいるし、成績優秀な人もいる。

私は、そんな人達とは違うんだと思ってしまう。


先生が誰かを褒める。

みんなも、この子のようにやってほしい。

そういうことなのだろう。


しかし、誰かが褒められるのを見ると、私にはそんな風にはできないと思ってしまう。

あの子のように頑張ろうなんて、私には思えない。


誰かが褒められていると、自分はダメな人間なんだと思ってしまう。


* * *


いじめられてるの?

と、親は心配する。


別に、いじめられているわけではない。

ただただ、本当に仲の良い友達がいないだけのこと。

友達が他の子と仲良くしているのを見ると、私はどうでもいいんだな、とみじめになる。


私と話すより、別な子と話しているときの方が楽しそうだったりすると、あぁ、自分には魅力がないんだな、と現実を突きつけられた気がした。


* * *


学校は騒々しい。


みんな、なんであんなに大きな声で話すの?

会話なんて、目の前の相手に聞こえる大きさの声で話せばいいと思う。


自分とは関係ない会話が聞こえてくる。

大きな笑い声が聞こえてくる。

だからといって、私が楽しいわけではない。



学校に行っても、やっぱり惨めな思いをするだけ。


* * *


学校に行けば、勉強を頑張らない自分、つまりダメな自分がそこにいた。

学校に行けば、人とうまく関われない自分、つまりダメな自分がそこにいた。


自分がダメな人間あることは、自分がよくわかっている。

もういいよ。

そんな事実をこれ以上、突きつけないで。


私がダメな人間だってことは、自分でよく分かっているから。


* * *


朝、布団から出られなくなった。


親は怒る。

けれど、もう、体を動かしたくない。

学校に行きたいとか行きたくないとか、それ以前に、起き上がることができなくなった。


「前はちゃんと起きて、ちゃんと学校に行っていたでしょ!」


前は……前は……


親はいつだって、前はできていたと言う。

だから何?


前はできていたけど、今はできない。

ただ、それだけのこと。


前の話をされても、今の私にはできない。


できていたことができなくなった私。

やっぱり、私はダメだということ。


* * *


二週間も学校を休むと、もはや、学校に行こうという考えすら思い浮かばなくなっていた。

朝は遅くまで寝ていて、昼過ぎに起き出し、夕方から元気になる毎日。


睡眠時間はどんどんズレていった。


親は諦めはじめた。

朝、起こさなくなった。


どうせ起きないんでしょ。

どうせ学校に行かないんでしょ。


たしかにそうだ。

朝は起きれないし、学校には行きたくない。

分かってくれた安心感と、見捨てられた悲しさが同時に襲ってきた。


* * *


父さんからも怒られた。

みんなきついけど頑張っているんだ、と。

うん。分かっているよ。

みんなきついけど頑張っている。

だから、頑張れない私は悪い子なんだ。


父さんが母さんを怒っている。

学校に行かせろと。

私のせいで、母さんが怒られている。

母さんが気の毒になった。


母さんが何をどうしたところで、私が学校に行けるわけでもないのに。


母さんが悪いわけでもないのに。


ダメなのは私なのに……


* * *


先生が家に来た。


「どう、調子は?」


何と答えていいのか分からない。


「なにか嫌なことでもあるの?」


親も先生も、とにかく原因を知りたがる。

けれど、うまく説明できない。


学校で、先生は勉強を教えてくれる。

学校で、友達は楽しそうに過ごしている。

その中にいると、私は自分がダメなんだと思ってしまう。

悪いのは私。

学校に行けない原因は私。


親も先生も、私が学校に行けないのは自分に責任があると思っているのかも知れない。

でも、それは違う。


お父さんのせいでもないし、お母さんのせいでもないし、先生のせいでもないし、友達のせいでもない。


なのに、私は人に心配をかけさせている。

やっぱり私はダメなんだ。


* * *


親から見れば、学校に元気に通う子の方がかわいいんだろうな。

先生から見れば、学校に毎日登校してくれる子の方がお気に入りなんだろうな。


私は、いい子ではない。


私って迷惑なんだ。



こんな子供でごめんなさい……

生きていてごめんなさい……


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