第2話

ある日、お父さんの方のおばあちゃんが家にやってきた。


「どうしたの? 嫌なことがあるなら、ばあちゃんが学校に言ってやるから」


しつこく聞かれた。

そして、説教された。


「みんなもきついのよ。だけど、頑張って学校に行っているのよ。学校に行かないと将来困るよ。頑張りなさい!」


分かってるって。

みんな、嫌なことがあっても学校に行っている。

学校に行かないと将来困る。


多分、そうなのだろう。

そう言われて学校に行けるのなら、とっくに行っている。


「頑張りなさい!」


そっか、私は頑張っていないんだ……


頑張っていない私は、悪い子なんだ……


* * *


私は部屋に逃げた。

けれど、ばあちゃんの声が部屋まで聞こえてくる。


母さんが怒られているみたいだった。


甘やかすからこうなった。

子供をしっかりしつけてないからこうなった。

厳しくしないからこうなった。

親なんだからしっかりしなさい。


何を言っているの?


私が怒られるのなら、まだ分かる。

けれど、なんで母さんが怒られるの?


ばあちゃんは、厳しく言えば私が学校に行くとでも思っているんだ。

私が学校に行かないのは、母さんのせいじゃない。

母さんが私に厳しくしたとしても、私は学校に行けないと思う。


* * *


昼夜逆転生活になると、やることの中心がSNSになっていく。

人と関わるのが苦手なのに、ネットでは反応を求めてしまう。

私はつぶやく。


「死にたい」

「つらい」

「消えたい」

「生きる意味ってなんだろう」

「生きていてごめんなさい」


すると、反応が返ってくることがある。


「どうした?」

「何があったの?」

「話聞くよ」

「生きて」


反応があれば、それで満足だった。

それ以上、話を進める気はなかった。

なぜって、私は何かを解決したいわけではなかったから。

ただただ、反応が欲しかっただけ。


反応があれば、悩んでいる私がここにいる、ということが実感できた。


* * *


どうしたの?

何があったの?


そういうコメントに、詳しく返信したことはない。

思いを文章で表すのは難しかった。

というか、書いたところでますます惨めになるし、書いたからといって解決するわけでもない。



こんなことを続けていたら、やっぱり……



「病みアピうざい」



だんだん叩かれるようになってきた。

まぁ、そうなるよね。

つらい、死にたいばかり書いて、それ以上のことは書かないんだから、読んでいる方にしてみればイライラするのだろう。

自分でも病みアピだって分かっている。

悩みを解決して欲しくて書いているわけではなかった。


心配されたい。

構われたい。

ただそれだけだった。


そして、そんなことをしている自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。


* * *


親にも学校にも、そして、一部のネットの人達にも呆れられた。



私っていったい、何なんだろう。

ネットで自己診断みたいなサイトを巡った。

いろんな質問に答えていくと、あなたは○○です、と表示されるお遊びのサイトだ。


私は何なのか。

そればかり探っていた。



ネットの世界から抜け出せない私がいた。

そんなことではダメだと、分かってはいるのに。


* * *


ある日、珍しく早くに目が覚めたので、午前中に居間に行ってみた。


母さんは驚いた。

そして、喜んでくれた。


いつもより早く起きたとは言っても、常識的には遅い時間だった。

それでも、母さんは喜んでくれた。

なぜだかそれが、私には嬉しく思えた。


もう学校に行けない私。

そう思われていたはずなのに。


やっぱり、朝は起きて欲しいと思ってくれているんだ。


いい加減、昼夜逆転の生活をしている自分が嫌になってきたところだった。

そもそも、朝に起きていなかったら、学校に行く行かないの話にすらならない。

まずは、朝に起きれるようになろう。


私はそう決心した。


* * *


ダメだった。


やっぱり、早起きはできなかった。

悔しかった。

頑張ろうと思っても頑張れない。

これが私だった。



私は母さんに相談した。


「まずは、朝、起きれるようになってみたい」


母さんはなんだか嬉しそうだった。


それを見て、私はやる気が出てきた。

今までより少し早く起きれるようになりたい。


でも、どうしたらいいんだろう?


* * *


起立性調節障害という診断を受けていたので、お医者さんに相談してみることにした。

起きるためのいろんなアドバイスをもらえたので、早速、やってみることにした。


光で起きるといいらしい。

そこで、カーテンはレースのカーテンだけにしてみた。

あと、起こさなくてもいいから、朝になったら部屋の電気を点けてと母さんにお願いした。



朝になった。

目は覚めたけど、やっぱり起きられない……

そこで、私は足の先とか指の先とか、体の端の方から動かしてみた。

次に、足とか腕とか、いろいろと動かせる部分を動かしてみた。

すると、まったく体が動かないというわけではないことが分かった。


でも、起き上がるのは無理だった。

私はベッドから這い出た。

床を這っていき、椅子にしがみついた。

そこで、再び目を閉じて休んだ。


立ち上がらなくてもいいから、まずはベッドから出ること。

それだけを心がけた。


しばらく目を閉じて休んでいると、この姿勢ではきついので、眠ってしまうということはなかった。

かと言って、立ち上がる気にもなれなかった。


* * *


それでも、ベッドから出られただけで嬉しかった。


しばらくそのままの姿勢でいると、だんだん立ち上がれそうな気がしてきた。

椅子をつかんで立ち上がってみる。


立てた!


あんなに朝が苦手だった私が、朝のうちにベッドから出て、立てた!


ちょっとだけ、自信につながった。

居間に行ってみた。

母さんはとびきりの笑顔で迎えてくれた。


「あなたには起きる力があるね!」


これまでだったら、起きれて偉いね、なんて褒めてくれていたけど、起きる力があるね、という褒められ方は初めてだった。


偉いとかすごいとか言われるよりも、なんだか嬉しく思えた。

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