第4話

今日の患者さんは、佐藤さん。

脳梗塞を防ぐために、血液を固まりにくくするワーファリンが処方されている。

定期的に血液検査を行い、PT-INRの値を調べる。

これは、血液の粘度を表している。

値が大きいほど、血液はさらさらであるということだ。


今日の処方箋を見てみると、処方量が少し減っている。

私は聞く。


「お薬の量が減っていますけど、検査の結果がよかったんですか?」


「いえ……目の出血の副作用があるんで、それで減らしてもらったんです」


「結膜下出血ですかね」


「たぶん、それだと思います。白目が赤くなっちゃうんです」


ワーファリンは血液をさらさらにするので、一度出血すると血が止まりにくくなってしまう。

結膜下出血が起きると白目の部分が血で赤く染まってしまう。

視野には影響がなく、数週間で出血した血は吸収されるので、重篤な副作用ではないが、患者さんにしてみれば、目の出血は恐怖であろう。


「減薬しても目の出血がひどいようでしたら、すぐに担当の先生に相談してくださいね」


次の月、佐藤さんの処方箋に変化はなかった。


「副作用の方は大丈夫でしたか?」


私は、佐藤さんの目を覗き込む。

白目は、ちゃんと白いままであった。


「あ……はい……」


* * *


さらに次の月。

佐藤さんへのワーファリンの処方量が増えていた。


「ワーファリン、増えていますね。検査の結果がよくなかったのですか?」


「……あ……はい……」


なんとも歯切れが悪い。

佐藤さんは言った。


「これ、出された量はちゃんと飲まないとだめなんですかね?」


何を当たり前のことを……

と思ったが、私にはピンときた。



その処方箋、ちょっと待った~~~!!


「佐藤さん、ということはこれまで、出された量をちゃんと飲んでいなかったのですね」


すると、佐藤さんは気まずそうに言った。


「……はい。副作用が怖くて減らしてもらったんですけど、やっぱり目が真っ赤になって……それで怖くなって、少なめにして飲んでいたんです……」


「自己判断で減薬したらだめですよ。血栓ができたら脳に障害が起きますし、最悪の場合は死にますよ」


私は医師に電話した。

また疑義照会かと嫌がられたが、これは医師のミスとは言い切れない。

患者さんが副作用を怖がって自己判断で減薬していたことを伝えた。

PT-INRの値は案の定、低下していた。

それで、上昇させるためにワーファリンが増量になっていたのだ。

処方の量を増やしても、患者さんが飲んでくれないのなら意味がない。


自己判断で飲んでいた量を患者さんから聞き取り、医師に伝えた。

その量ではPT-INRが下がるので危険なのだ。

その量より少し多い量で、処方箋を作り直すことになった。


「佐藤さん、副作用が出たら先生に相談してくださいね」


「はい……でも、なんだか言いづらくて……」


気持ちはわかる。

しかし、この薬は命に関わる。

量を勝手に変えるのは、文字通りの命取りとなる。


「佐藤さん、減薬していたことをお話しいただきありがとうございました。これからもお薬のことで心配なことがありましたら、いつでもご連絡くださいね」


医師には言いづらいことも、薬剤師になら言えるのかも知れない。

今回、薬剤師である私に、患者さんが副作用のことを話してくれたので問題を見つけることができた。



薬剤師は、医師の言いなりで薬を出すだけの仕事ではない。

そして、医療は医師だけで行うものでもない。


薬剤師は「最後の砦」だとよく言われる。

医師には言えなかった患者さんの声をしっかりと聞き取っていく。

そういう薬剤師であるよう、私は患者さんとのコミュニケーションをこれからも大切にしていきたい。





< 了 >


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その処方箋、ちょっと待った!! 神楽堂 @haiho_

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