第3話

今日も、徳田さんがやってきた。

また、毒を吐かれるのだろうか。ちょっと憂鬱になる……


徳田さんが持ってきた処方箋はくしゃくしゃだ。

病院の目の前の薬局なのに、どうしてこうも短時間でくしゃくしゃになるのだろう。

処方箋、もっと大事に取り扱ってほしいのだが……


それはさておき、徳田さんに薬の説明をする。


「え~っと、『プロパジール』 新しいお薬ですね。甲状腺の病気が見つかったんですか?」


「は? なんだそりゃ? そんな話、聞いとらんぞ。酒の飲み過ぎでそんな病気になったんか?」


!!


その処方箋、ちょっと待った~~~!!


「すみません。徳田さんは甲状腺の病気ではないんですね?」


「そう言っただろ! さっさと先生が書いてくれた通りに薬を出してくれ!」


「……処方箋の内容に疑問がありますので、先生の方に確認させていただきます」


「なんだそれ。俺が先生の処方にケチつけたみたいになるじゃないか。先生とは長い付き合いなんだ。俺の印象悪くなるから余計なことするな!」


「いえ、そうはいきません。薬剤師法第24条に基づき、疑義ぎぎ照会をさせていただきます。少々お時間がかかりますので、お座りになってお待ちください」


徳田さんはカンカンになって怒っている。



それでも私は、徳田さんの担当医に電話をかけた。


「あ~、○○薬局の△△です。□□先生に疑義照会、お願いします」


保留音が流れる。

いつもことだが、疑義照会の電話はかなり待たされる。

医師は忙しいのだ。

今、この時間にも診療を行っているに違いない。


それを分かっていながらも、私は疑義照会の電話をかけるのだ。


やっと医師につながった。


「はい、□□です。また疑義照会ですか?」


やたらと不機嫌な声だ。


そう、医師にとって疑義照会は嫌なものなのだ。

要するに、自分の処方にケチをつけられたということだからだ。

薬剤師の中には、医師に疑義照会をするのをためらう者も多い。

医師からの不機嫌丸出しの対応に、メンタルをすり減らしてしまうのだ。

しかし、疑義照会は薬剤師として大切な仕事である。


「徳田さんに『プロパジール』が処方されていますが、徳田さんは甲状腺機能亢進症の自覚がないようなんですけど……」


「え~? ちょっと待ってください……」


担当医のイライラが受話器越しに伝わってくる。


「あ~、そうですね。処方、間違えました。『プロパジール』じゃなくて『プロヘパール』でお願いします」


やっぱりそうだったか~!!


私は処方箋を訂正する。


「徳田さん、お待たせしました。お薬、変更になります。『プロパジール』ではなく、『プロヘパール』になります」


徳田さんは唖然としている。


「どういうこと?」


「『プロパジール』は、甲状腺機能亢進症のお薬なんです。徳田さんは甲状腺の病気ではないんですよね。

今回、処方されるお薬は『プロヘパール』になります。肝臓のお薬です。徳田さん、甲状腺の病気はないとおっしゃってくれてありがとうございました。間違えた薬を出すところでした」


「それって……先生が間違えたのか?」


「そうですね。『プロパジール』と『プロヘパール』は名前が似ているので、間違えたんでしょうね」


「医者でも間違えること、あるのか……」


「えぇ、医師も人間ですからね。間違えることもありますよ。だから、私たち薬剤師が処方前にチェックするんです」


徳田さんは、神妙な面持ちで帰っていった。


今まで、徳田さんは薬剤師の仕事なんて誰でもできるなんて言ってきたけど、今回の件で薬剤師の役割、少しは分かってくれたであろうか。


* * *


医師によって、処方する薬の種類には癖があるものだ。

例えばかぜ薬。

あの病院の○○先生は、やたらとPL剤を出したがる。


今日の患者さんは初診だ。

PL剤の処方箋を持ってきているので、症状はかぜであろう。


「かぜですか?」


「はい」


「今回、PLが処方されています。このお薬にはカフェインが入っていますので、お茶やコーヒーなどと一緒に飲まないでください。お茶などはよく飲む方ですか?」


「はぁ……」


「この薬を飲んでいる間は、お茶、コーヒー、紅茶、コーラ、エナジードリンク等の飲み過ぎに注意してくださいね」


あまり反応がない。

大丈夫だろうか?

PLを出すと、こういう確認をしないといけないので薬剤師も手間が増えるが、これも仕事なのでしっかり確認していく。

かぜ薬はPL以外にもたくさんの種類があるのだから、もっと柔軟に処方して欲しいんだけどな。まぁ、医師にも長年の処方のこだわりがあるのだろう。


私は患者さんへの質問を続ける。


「あと、緑内障ではないですよね?」


「え?」


患者さんの表情が変わった。



その処方箋、ちょっと待った~~~!!


「開放隅角緑内障ではないですか?」


「あ、確かそんな病名だった気がします」


「この病気のこと、先生には言いましたか?」


「……いえ。目の病気は、かぜとは関係ないと思って……」


「そういうのはちゃんと先生に言わないとだめですよ」


「はぁ……」


私は医師に電話をかける。


「あの、疑義照会なんですけど、先程のかぜの患者さん、開放隅角緑内障でした。……はい、では処方を変えるということですね。分かりました」


PL剤には抗コリン作用があり、眼圧を上昇させてしまう。

緑内障患者には禁忌だ。


これは医師のミスとは言い切れない。

患者さんが、いつもいつも、正確に自分の病気のことを医師に話しているわけではないからだ。


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