第2話

患者さんは、病院でも待たされて、薬局でも待たされる。

気の毒だとは思うが仕方がない。

患者さんは、早く薬をもらって帰りたいと思っている。

しかし、私たち薬剤師は薬を出すときに、患者さんに症状を確認したり、薬の効能を話したりする。

たいていの患者さんは、必要最低限の相槌を打って、そして薬をもらって帰っていく。


しかし、やたらと私に絡んでくる苦手な患者さんもいる。


「症状はさっき先生に言った。同じことを何度も言わせるな」


「このお薬の処方量が増えておりますので、確認のためにお聞きしております」


薬が増量されていたり、新しい薬が追加されているということは、症状が悪くなってきているから、とも考えられる。

それを再度言わされるのが嫌なのだろう。気持ちはわかる。

けれど、なぜ薬が増えているのか、なぜ別の薬が追加になっているのかは、薬剤師としてしっかり把握しておく必要がある。


「あんたは黙って処方箋通りに出してくれればいいんだよ!」


カチン! とくるが、客商売なので感情的になって言い返すわけにもいかない。


ちなみに、この患者さんの名前は徳田さんというのだが、毎回薬局で毒を吐いていくので、私は心の中で「毒田さん」と呼んでいる。

口に出さないように気をつけなくては。


徳田さんの絡み癖はやっかいで、こんな風に絡まれたこともある。


「薬剤師なんて、医者に言われたとおりの薬を出すだけだろ? 誰でもできるんじゃないの? それで給料もらえるなんて楽な仕事だな」


こんな失礼なことも平気で言ってくるのだ。

楽な仕事ではないし、そもそも、薬剤師になるためには大学に6年間も通わなくてはいけない。4年制の薬学部では薬剤師になれないのだ。


そして、大学を出るだけではなく、薬剤師国家試験に合格する必要がある。

問題の量は膨大なので、2日間かけて試験が行われる。

合格率は例年70%程度。

6年制の薬学部を出ても、全員が合格できるわけではないのだ。


* * *


今日は、沢口さんという患者さんが来た。

この人もやっかいな患者さんの一人だ。

ジェネリックが嫌いなのだ。


「こんなに安い薬出して、効果ないんじゃないの?」


「いえ。後発品でも試験を行い、先発品と同様の効果があると確かめられたものだけがジェネリックとして認められています」


とは言っても、値段の高いものが素晴らしいという価値観をもっている人にとっては、安いもの イコール 粗悪品 なのだろう。


「薬のつなぎの部分に外国産のもの使っているから安いんじゃないの?」


なんて文句をつけてくる。

つなぎの部分を外国産にしたところで、薬の値段は1円も変わらない。

ジェネリックが安いのは、材料費の問題ではないのだ。

開発費があまりかかっていないことが安さの理由だ。


薬の開発にはお金がかかる。

先発品はたいてい、300億円くらいかけて開発される。

一方、同じ効能の後発品の開発費は1億円くらいだ。

よって、薬の値段は変わる。

先発品が高いのは、素材の良し悪しではなく、開発費を回収しようとしているからである。

しかし、この理屈は分からない人には分からないらしい。

ジェネリックは安物の素材を使っていると本気で思っているらしい。


プラセボ効果というものがある。

この薬は効くと思って飲めば効くが、効かないと思って飲めば効き目が弱くなる。

ジェネリックは効かない、と固く信じている人にジェネリックを処方すると、プラセボ効果で薬の効きが悪くなることも考えられる。

こういう患者さんにはジェネリックへの理解を求めるよりも、とっとと先発品を出した方が早い。


人間は、自分の信念をそう簡単には曲げることはできないものなのだ。


ジェネリックを嫌がる沢口さんへは、先発品を出すようにしているのだが……


今日も添付文章をまじまじと見つめる沢口さん。


「ちょっとなにこれ、『先発品はありません』って。この薬局に在庫がないってこと? だったら別の薬局に行こうかしら」


「いえ、そういうことではありません。昭和42年以前に承認された薬は先発品の区分がないのです。今、出回っているすべての薬が後発品になります。別の薬局に行っても同じですよ」


先発品が存在しない薬があると知って、沢口さんは驚いていた。

ジェネリックが嫌いであっても、後発品しかないのだからそれを飲むしかない。

他にも、先発品の生産は終了しているため、ジェネリックのみが出回っているというものもある。


ちなみに、ジェネリックの推進は国策である。

国民医療費のうち、薬剤費は10兆円を超えている。

健康保険組合の負担を減らすために、ジェネリックの割合を増やそうとしているのだ。


医師が処方箋を書く時、「商品名」で書いてしまうと融通が利きにくい。

よって、ジェネリックへの代替が可能な「一般名」での処方を国としては推奨している。


例えば、睡眠導入剤の処方で、医師が「商品名」の「レンドルミン」で書いてしまうと、薬局では先発品のレンドルミンを出すことになる(ジェネリックに替えることも可能だが手続きが必要)。

一方、医師が「ブロチゾラム」という「一般名」で処方箋を書けば、薬局の方では「レンドルミン」の他に「ブロチゾラム」や「グッドミン」などの後発品を出すことができる。


解熱鎮痛剤で言えば、「ロキソニン」は商品名であり、「ロキソプロフェン」は一般名である。


ジェネリックの割合を増やして処方すると、診療報酬や調剤報酬が少し上がる制度になっている。

逆に、ジェネリックの割合が50%以下の薬局では、調剤報酬を減らされてしまうこともある。

財政に悩む国や健保組合は、なんとか医療費を節約しようと必死なのだ。

そのため、医師にも薬剤師にも、なるべくジェネリックで処方するよう、医療業界ではこのようにさまざまな制度を作って取り組んでいる。


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