08 その後の話

 翌日。

 遅番出勤だった菊田になりかわり、俺が警察に電話をかけた。佐々木先輩を探すためだ。

 電話口に出た年嵩らしい声の警官には、こっぴどく叱られた。当然だ。

 とにかく会社には言わないでくれ、そんなことを必死で頼んだ。それ以外は記憶にない。

「誰も使っていないとはいえ、あんたがたがしたことは不法侵入なんだよ?」

 もう二度と、あんな場所には行きたくない。それは菊田も同じのようだった。仕事帰り、彼は着替えるよりも前に。俺の部屋へ寄ってくれたのだ。

「青木、おつかれ」

 ビールのロング缶を一本、差し出された。俺は苦笑いを漏らしながら、同期を部屋の中に入れる。これ以上の話は、他の人に聞かれたくない。

「おつかれ。ポリさんには連絡したよ」

「さんきゅ。なんか言われた? 言われるわなぁ」

「『れっきとした社会人がそんな有様だから、それよりも下の世代が真似するんやー!』って。しゃあないけどな」

「まあな。ほんまに悪かったわ、おまえにも先輩にも」

「あとは先輩が無事に見つかってくれたらいいんだけどね」

 菊田が眉をひそめる。

「やっぱり……寮に帰ってきてへんの?」

「うん。一応、昼まで待ってたんだけど。寮ん中に、いないのを確認してから警察に電話したから」

「そっか」

 うつむいた同期は、ぼそぼそと言葉を喉から絞り出してくる。

「なぁ……おまえ、視たか?」

 なんのことを言っているのか、すぐにわかった。

「一瞬だけね。両目が緑色だった」

「なんやったっけ? 薬剤。ちょっと前に有名になってたなあ、あれも使ってたんかな」

「そうかも」

 それからの俺たちは、それぞれロング缶のビール一本分だけ話して「おやすみ」を言いあった。

 結局、今日現在まで。佐々木先輩は失踪したままだ。

 時々、夢に出てくる。

 あの夜。狂気に満ちた先輩の眼差しと言葉の数々。朽ち果てた建物のドアの向こう、がらんとしたカウンターに置かれていたビスクドール。

 俺は思う。

 ……「視えてしまった」首を括っていた女よりも、生きている先輩のほうが怖かった。

                         (了)


 







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ピンクドールハウス 優美香 @yumika75

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