雑魚の魚交じり
三鹿ショート
雑魚の魚交じり
私の周囲には、私と正反対とも言うべき人間ばかりが存在している。
男性は屈強であり、何事も腕力で解決するような粗野なる人々ばかりだった。
女性は見目が良い人間が多かったが、優れた外貌と煽情的な肉体を使って、鼻の下を伸ばして近付いてきた男性たちから金銭を巻き上げていた。
つまり、私の周囲には、悪人ばかりが存在していたのである。
私は、自身を善良なる人間だとは考えていないが、かといって悪事を働いているわけではないために、彼らのような人々とは無縁の人生を送るものだと思っていた。
だが、彼らを支配している彼女から、突如として仲間に入るようにと告げられた。
関わったことは皆無に等しいが、彼女もまた、厄介な人間であるということは知っていたために、彼女が何故そのような言葉を私に告げるのか、分からなかった。
しかし、口答えをした場合に彼女からどのような仕打ちを受けるかどうかも不明だったために、私は黙って頷くことしかできなかった。
***
集団においての私は、悪人ではあるが私と同じように無能に等しい人間たちと共に、彼女たちの顔色を窺うばかりの生活を送っていた。
彼女から直々に仲間に入るようにと告げられたことについては、この集団においてそれほど大きな意味ではないらしく、私は彼らから罵倒される日々を過ごしていた。
それだけでも充分に辛い毎日だったのだが、それに加えて、私は彼女たち以外の厄介な人々からも接触されるようになってしまった。
私が属している集団に恨みを抱いている人間たちが、首領である彼女を呼び出すために、私を攫ったのである。
抵抗もしていない私を、その人間たちが執拗に殴り続けた結果、私が骨を折ったのは一度や二度ではなかった。
私のような無能を助けるために虎口に飛び込むような人間が存在するわけがないと思っていたが、彼女は仲間たちを連れ、私を攫った人々を躊躇することなく蹂躙していった。
何故、私のような人間を救うのかと、恐る恐る彼女に問うたことがある。
彼女は口の端の血液を親指の腹で拭ってから、
「どれほど無能であろうとも、あなたが我々の仲間であることに変わりはないからです」
そもそも、彼女が私を仲間に入れたことが原因であると思ったのだが、そのときの私は感動のあまり、言葉を失っていた。
それからも、私が敵対する集団にどれほど攫われようとも、彼女は仲間を連れて暴れ回り、私を助けてくれた。
仲間を思うその気持ちは立派だが、それならば私を解放してほしいと考えた。
***
何事にも、終わりは訪れる。
手下の一人に下克上された結果、彼女は集団から追い出されることになった。
そのとき、彼女は無様にも土下座をしながら、私のこともまた追い出してほしいと新たな首領に頼んだ。
彼女がそのような姿を見せることがなかったために、相手は気をよくしたのか、その申し出を受け入れた。
追い出された私と彼女は、ひとまず近くの飲食店へと向かい、食事をすることにした。
黙々と食事を進めていて分かったことだが、彼女は一人と化すと、途端に大人しくなる。
嬉々として暴れ回っていた姿が、嘘のようだった。
今ならば、何を訊ねたとしても答えてくれるだろうかと思い、私は彼女に問うた。
「何故、私を仲間に入れたのですか」
彼女は私に目を向けることはなかったが、咀嚼の合間に答えた。
いわく、彼女は私のことを、暴れ回るための方便だと考えていたらしい。
無能とはいえ、集団の一人に手を出されて何もしなければ、手下たちの信用を失うことになる。
だからこそ、彼女は必ず私のことを助けに向かっていたのだが、それは表向きの理由だった。
実際には、攫われた私を助けるためには敵地へと向かう必要があり、其処で暴れ回ることが可能と化すことに喜びを抱いていたらしい。
自分たちから無闇に喧嘩を売りに行けば、敵対する集団がやがて他の集団と手を組んで迎え撃ち、そうなれば敗北する可能性も生まれるようになり、自身の破壊的な欲望を発散することは出来なくなってしまうだろう。
ゆえに、私という弱々しい存在を敵対する集団に攫わせ、それを救うためだという大義名分で暴れ回れば良いのでは無いかと考えたらしかった。
つまり、私は最初から、単なる道具として見られていたということである。
自分の能力は知っているために、誰かにとって役に立つことができたのならば、喜ばしいことだった。
だが、集団を追い出された彼女にとって、私を仲間にしておく理由が無くなったために、私もまた、集団から抜けられるようにしたらしい。
彼女は私を仲間に入れた理由を語り終え、同時に、食事も終えると、私の前から姿を消した。
彼女が店を出て行くところを見送っていたところで、私は大事なことに気が付いた。
これからは、誰が私のことを使ってくれるというのだろうか。
彼女と同じような考えを持っている人間たちに自分を売り込めば良いのだろうが、彼女のような物好きはそれほど多くは存在していないだろう。
結局、私は最後まで彼女に振り回されていたということになる。
それならば、その人生が終焉を迎えるまで、責任を持つべきではないか。
そのように考えながら彼女を追ったが、その姿は何処にも無かった。
雑魚の魚交じり 三鹿ショート @mijikashort
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます