第25話 2人のクリスマスイブ 2
穂波と悠里のやりとりは帰宅したあとも続いていた。
〔というわけでいきなりイブデートなのですが〕
穂波から嬉しい報告があった。
〔良かったねえ〕
〔緊張してダメだ〕
〔あらあら。らしくない〕
〔ダブルデートじゃだめ?〕
〔そう来た? イルミネーションを見に行こうかと思っていたんだけど〕
〔いいね。木更津? マザー牧場?〕
〔未定。玲花ちゃんにも声をかけるね。今日のメンバーといきたいところだけど〕
〔瑛眞のところ、険悪だったしなあ〕
〔ないね。でも当初の目的通り、瑛眞ちゃんに熱を上げられなくて良かったともいえる〕
〔じゃあ、玲花ちゃんへの連絡はまかせた〕
〔任された〕
ここは穂波の力になってあげないとならないだろう。それにいいネタになる。
友の声 あわてふためき 恋煩い
さっそく上の句ができた。スマホで連絡したのだから実際には声ではないが、まあいいだろう。
玲花に連絡を入れると、イブの日は図書準備室でまったりクリスマス映画を見る予定とのことだった。もちろん誘われた。それも悪くない。ラインナップは『戦場のメリークリスマス』、『ホームアローン』、『クリスマスキャロル』、『シザーハンズ』のいずれかだった。
〔集まるならプレゼント交換会もしよう〕
〔素敵だ。お菓子も持ち寄ろう〕
〔面白いものは身近にあるものだよ〕
さすが図書室の仙人である。お金の掛からない企画だが、楽しげだ。そもそもみんなで映画を見るという習慣が悠里にはない。
穂波にその企画が立ち上がった旨を連絡すると賛同してくれた。すぐ2人でどこかに出かけるよりは顔見知りと一緒の方がハードルが低いらしい。黒峰にも連絡するとのことだった。日色も映画を久しぶりに見たいなということで路線変更を承認した。
前日は生徒会が有志を募ってクリスマスツリーを玄関前で飾り付けるイベントがあったので手伝った。今年のイルミネーションはこれで十分だと思うできばえだった。
暗くなり、点灯するとほんのり充実感を味わい、日色も飾り付けには参加していたので一足先にイルミネーションで2人だけの記念撮影をした。
クリスマスイブ当日は午前中の内に授業が終わる。図書準備室に各々お菓子やスイーツを持ち寄って集まった面子はこの前のカラオケ参加者で、瑛眞も館山に戻ってきたらくると連絡があった。
コーラとお茶のペットボトルを開け、メリークリスマスで乾杯をする。映画は見たいものを挙手で選び、『ホームアローン』と『シザーハンズ』に決まった。
テーブルをくっつけ、お菓子の袋を広げ、授業用の大型液晶テレビで映画を見る。
有名な『ホームアローン』だが、悠里は見たことがなかったので、展開も含めて大いにテンションが上がり、皆で大声をあげて笑った。
図書委員長による合間の解説がまた面白く、友人の毛利センパイもまけじとネタを披露するので2人の掛け合いが更に良かった。
盛り上がったお陰で穂波と黒峰もあまりお互いを無駄に意識せずに済んだ様子だった。
1本目の『ホームアローン』が終わったところで休憩をして瑛眞を待つ。他校生の瑛眞を迎えに悠里と日色が校門まで迎えに行く。瑛眞はダッフルコートを着て校門前に現れ、2人の姿を見つけると手を振った。
瑛眞が合流して2本目の『シザーハンズ』が始まる。お菓子を食べながらも悲恋の物語と知っているだけに気が抜けず、画面に集中する。
なお、席次的に空いているのは毛利センパイの隣しかなかったので仕方がないのだが、瑛眞は彼の隣になった。映画を見ている間も毛利センパイが瑛眞を意識しているのがなんとなく感じられ、ヒヤヒヤした。しかし何事も起きず、悠里は安堵した。カラオケでは2人は大荒れしていたのだが、もしかしたら憎からずというものなのかもしれない。
シザーハンズを見終わるとほろりと泣き、悠里は来年もまたこの季節にシザーハンズを見ようと誓う。
映画の後はプレゼント交換会だ。音楽をかけてプレゼントを回して、適当に音楽をストップしてプレゼントも止まる。悠里がプレゼントの袋をあけるとオシャレな入浴剤で、誰のものか声を大にして聞くと、黒峰のものだと分かった。センスいいなあと悠里は感心しきりであった。
最後にケーキを切り分け、ケーキをわいわいいいながら食べ終わり、残ったお菓子をきれいにする頃にはもう西の空はきれいな夕焼けになっていた。図書準備室の後片付けをして一同は校門で解散する。
「悠里、ありがとね」
黒峰と2人、連れ添って下校する穂波は幸せそうだった。
さっきまで2人は玄関前のクリスマスツリーの前で記念写真を撮っていた。
「あんな時期、私たちにもあったのかな」
「少なくとも本屋で会ったときから僕は自分のチョロさを呪っていたよ」
「そうだったんだ」
悠里は照れざるを得なかった。
玲花と図書委員長は自転車に乗って下校し、瑛眞と毛利センパイは何やら言い合ったあと、反目して別れた。
「わざわざ話さなければいいのに」
「カップルの中にいるから2人とも居場所がないからだと思われます」
「悪いことをした」
悠里は瑛眞を誘うべきではなかったかと悔やんだ。
日色と悠里は歩いてショッピングモールに向かう。あらかじめ日色からクリスマス会が終わったら行こうと誘われていたのだ。ショッピングモールまでは歩いて10分もかからない距離にある。
「クリスマスプレゼントは用意しなくていいっていっていたけど、それって期待していいのかな? まさか交換会のプレゼントで終わりじゃないよね」
「そんなことないよ」
日色は苦い顔をする。
「自作の歌をプレゼントするとかいわれても困るけどね」
「大丈夫。見ての通りギターは持ってきてないよ」
「持ってきていたら本当にどうしようかと思ったけど」
「ステディリング、君と交換したいんだ」
「うん。期待通りだ」
まだキスもしていないのにステディリングの交換をしようという日色の真面目さが悠里は好きだ。真剣に自分のことを考えてくれていると受け取る。
「実はもう宝石店の下見はしていて……」
「えーっと実は私もしていて」
「5000円くらいのリングかなあ、と……」
「高校生だし、金額の問題じゃないよね」
「ありがとう」
笑顔の日色がかわいい。
「他にも選択肢があればよかったんだけどね」
「うん。でもこういうのは気持ちだから。大丈夫。私もそれくらいだと考えていたから」
悠里は日色の手を取り、絡め、いわゆる恋人つなぎを試みる。
日色も理解し、手のひらを合わせて悠里の指と絡ませる。
「幸せ感があるね。恋人つなぎ」
「なんたって恋人つなぎですから」
悠里は笑顔になる。日色の手のひらの温かさが伝わってくるのが幸せだった。
ショッピングモールに到着し、宝石店に直行する。アクセサリーショップっぽいものがあればいいのだが、なかなか価格帯が見合わず、結局宝石店になった。
店員さんは悠里のことも日色のことも覚えていたようでお待ちしておりました、と出迎えてくれた。
安い買い物ではないがそれほど種類はなく、すぐに候補は絞られてしまった。店員さんは別々に買うよりペアリングの方が絆が強くなりますよとアドバイスしてくれて、更に絞られた。
「これにしようか」
「うん」
2人が選んだのはステンレス製の、2つの刻印を合わせるとハートマークができるというものだった。ステンレス製の方が手入れが不要なのでオススメとも言われた。試しに2人ともはめてみる。
「よくお似合いですよ」
店員さんが笑顔で言ってくれ、そのペアリングに決めた。1万円を切るくらいだったので2人での予算内に収まった。イニシャルを刻印して貰い、包装して貰う。
「高校生カップルはこの時期よく来ますが、中でも特にお似合いのお2人だと思いますよ。お買い上げありがとうございました」
店員さんは笑顔で悠里と日色を見送ってくれた。
お似合いと言われて、悠里はくすぐったく思う。クラスの中では目立たない2人だ。その意味ではお似合いだとは思っていた。しかし店員さんはそんなことを知るはずもない。本当にそう見えたからいってくれたのかもと思うと、悠里は嬉しかった。瑛眞と日色がお似合いだと思った自分に対し、少し反省しろと心の中でいう。
紙の手提げ袋の中にはクリスマスカラーの包装紙に包まれた小さな箱が1つだけ。ペアリングだから箱は1つなのだろう。日色がそれを受け取り、店の外に出る。
もうすっかり日が暮れてしまい、真っ暗になっていたが、2人はそのまま海岸沿いの道に出て、街灯と車のライトに照らし出されながら歩き続ける。
海をゆく船や対岸の明かりがきれいに静かな海面に反射していた。
悠里は日色の顔色を窺うが、どこまで歩くつもりなのか分からない。
「どこまで行くの?」
「いざとなると緊張しちゃって」
日色は立ち止まって上の手提げ袋の中から小箱を取り出す。
「どこでもいいんだよ」
日色は包装紙をはがして、リングの入った箱を開ける。街灯の明かりで大きさの違いを確かめる。悠里と日色の指の太さはさほど変わらないが、イニシャルで確認するほどではない。日色は小さな方のリングをとり、小箱は制服のポケットに入れる。
「こういうの、右手の薬指?」
「調べたけど特には決まりがないみたい」
「じゃあ、まだ左の薬指ってわけにもいかないから」
日色が悠里の右手をとり、悠里は任せる。日色は悠里の右手を左手で支え、自分の右手で悠里の右の薬指にリングをはめる。
「なんか、したことないからしっくりこないね」
「僕もそうなのかな」
日色が悠里に小箱を手渡し、同じように悠里も日色の右手の薬指にリングをはめる。
「本当だ」
日色が悠里に確認して貰うよう指を見せる。悠里も日色に見せる。
「違和感があるよね」
「すぐになれるって言うしね」
日色は笑う。悠里は彼の笑顔を見て、自分は幸運だったに違いないと思う。席替えの結果、席が近くなっただけなのに、お互いを少しずつだけど支えられる存在になっ
た。
その笑顔が愛おしい。
悠里は少し背伸びをして日色の頬に自分の唇を触れさせた。
小さく、電気が走る感覚が唇に生じた。
日色の髪の匂いがした。なぜか、いい匂いだなと悠里は認識する。
「メリークリスマス」
悠里は心臓を一つどくんと高鳴らせ、日色を見る。
「今はまだ、ここ止まりで」
悠里は照れ笑いすることしかできない。
「――思いがけないプレゼントってやつだ」
日色はぽかんとしていた。
「今はアンコールは受け付けません。精いっぱいなので」
日色はくすりと笑い、悠里を引き寄せ、両腕を肩に回し、悠里を抱擁した。
「暖かい」
「うん」
悠里はドキドキしながら日色の肩に頬を寄せ、体重を預ける。
安心できて、温かかった。
防災無線のスピーカーが午後5時を知らせる音楽を流し始める。
それは館山出身で、悠里たちの大先輩であるX-JAPANの曲『Forever Love』だ。オルゴール風の音が真っ暗な空と海、そして悠里と日色に旋律が染み入っていく。
日色の体温と同じくらい、それは音楽なのに温かい。
これらのぬくもりは長い人生の中では一瞬に違いない。しかし記憶としてとどめることはできるはずだ。悠里はこのぬくもりを、日色にハグされたこの日を決して忘れまいと深く、静かに、思ったのだった。
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