第24話 2人のクリスマスイブ 1
なぎさの駅で行われた屋外イベントも無事終わり、駅前のカラオケ店での打ち上げも解散となった。そしてとっぷりと日が暮れたところを日色と悠里は特に行き先も決めず、街灯に照らし出されながら歩いていた。
「エマさんとのセッション、上手くいって良かったね」
「エマさん目当てでここまで来るファンがいるとは思わなかった」
日色は自転車に機材を積んでいるので自転車を押しながらだ。
屋外イベントの日色たちの出番は午後3時と割と遅めで、イルミネーション前のお客もまばらになりかけたところだったのに、瑛眞のファンが20人近く来て盛り上がった。最初は彼らもラフな格好の瑛眞とCA-NONのエマが同一人物だとわからず困惑していたが、美少女っぷりにすぐに理解したようだった。
また、玲花と図書委員長のセンパイも時間前から見に来てくれて、悠里とわいわいしていた。時間間際に黒峰と穂波がきて、なにか変な感じだったが、なぎさの駅の中でスイーツを一緒に食べたらしく、それで意識してしまったようだった。
セッションそのものは3曲ともきちんと演奏し切れ、瑛眞も日色も満足できた。
暗くなる4時過ぎがイベントの本番でイルミネーションもきれいになるのだが、残念ながら出番は終了した。その後、5時の最終セッションまで見たのだが、本当にイルミネーションがきれいで、この光の中で演奏できたら良かったのにな、と日色は思った。
しかしロマンティックな光の中でマライア・キャリーのコピーなどを悠里と一緒に聞くのもまた、忘れ得ない経験だと思う。
カラオケ店で合流した図書委員長のセンパイさんのお友達は奇遇にも千葉駅の路上ライブイベントでソロセッションをしているキーボードの人だった。日色は顔を知っている程度で、同一人物とは最初思えないくらいだったのだが、瑛眞とはけっこう面識があったらしく、彼女から教えて貰った次第だった。
センパイの友達さん――
黒峰と穂波はカラオケ店で解散後、どこかに消えていったから、今頃はどちらかが何らかのアクションを起こしているのだろう。また、そう思いたかった。
「カラオケ、初めて行ったんだけど楽しかった」
悠里は満足そうだ。これが今日の一番嬉しいことだと日色は思う。
「弾き語りをしているといつもカラオケしているようなものなのかな?」
「ぜんぜん別物だよ。練習しないで気軽に歌えるんだから」
「そうだね。ところでどこまで歩こうか」
「北条海岸までいって、帰ろうか」
「そうだね。ミコトもいないから本当に2人きりって久しぶりだね」
「そうか。でも放課後はけっこう2人きりじゃなかった?」
日色は意識して悠里の手に自分の手を接触させ、彼女が手を止めたところで手を握った。悠里が握り返してきて日色は安堵する。彼女のぬくもりが愛おしかった。
「こうして手をつなぐのだって久しぶりだ」
「そっか。路上ライブ以来だ」
「淡泊だよね~私たち」
「そんなに急ぐこともないと思っています」
「私もです」
悠里と同じ気持ちなのがまた嬉しいのだが、重い荷物を載せた自転車を片手で押すのは限界があり、すぐに手を離すことになった。
「しかし上泉さんと図書委員長のセンパイさんは安定のカップルだね」
「もう熟年カップルだよね。すっごい落ち着いていて、お互い信頼しているんだなって見ていて思った。カラオケもセンパイさんも玲花ちゃんも不慣れだからか初々しかったし、なんか、いいなあって」
「周りに変に主張しないカップルでいたいよね。バカップルと思われることもあるかもだけど、極力ね」
「2人きりならバカップルありだよね」
「誰もいないならね」
「ヒイロくん」
突然、名前呼びされて一瞬、呼吸が止まる。
「ユーリ」
「すごいバカップルっぽい」
「そうかな。心外だな」
日色は残念に思う。恋人になりたい。そう思う。自然に振る舞ってくれているから気にすることは少ないが、まだ仮の関係が解消できたわけではない。不安はある。
「ところでクリスマスイブはどこに行くのか決めた?」
クリスマスイブは平日だが、学校は午前中だけだ。遠くは難しいが、どこかに行く時間はある。
「ごめん。セッションの練習ばっかりであんまり考えられなかった」
「別に、それでもいいんだよ。大切なのはどこに行くかじゃなくて、誰と一緒にその時間を過ごすかだと思うから」
「前もそう言ってくれていたね」
海岸通りに着き、コンビニでホットドリンクを買ってイートインでゆっくりする。
「ユーリはどこか行きたいところはないの?」
「映画とかゲームセンターとかマンガに描かれているようなキラキラしたところもいいけれど、まったりお茶の時間を過ごせるだけでも幸せかなあ」
日色は背筋にじーんと電気のようなものが走るのがわかった。
「君が好きだな」
「真っ正面から言われたの初めてかもしれない」
悠里は意外そうな顔をして、少ししてから赤くなった。
「そうだったっけ――好きだから受け止めたくなる、みたいなことを言っただけだったのか。なし崩し的に付き合い始めたんだな」
「恋心が形になるとは言っていた」
「君も追いついたって言ってくれた」
「そうだねえ。恋をするとこんなに不安になるなんて思わなかったよ」
「でも作詞は進んでいない。ある程度形になったあとは止まってる」
日色は時間をみて推敲しなければと決意する。そうしないといつまで経っても形にならない。
「楽しみにしているよ」
「プレッシャーにならない程度にがんばるよ」
横に座る悠里を見る。リップでほんのり桜色に輝く彼女の唇を意識する。しかし(仮)が取れるのが先だろうと思う。好きという言葉すらろくに口にしていなかったのだから今度ははっきりさせたいと思う。
日色はうん、と無言で頷いた。
「どうしたの?」
「今日の一番の収穫は君に好きだと伝えられたことかもしれない」
「私はまだ言えてないね」
「『恋する女子高生』さんは聞いた」
「もう黒歴史だ、それ。言わないで!」
「うん、君が好きだ」
日色は深く頷く。自分が1人の女の子をこんなにも大切に思う日がくるなんて考えたことがなかった。それも強烈な感情を抜きにして、ただかけがえのない存在に育ってしまうなんて思いもしなかった。
「私も、君が好きよ」
悠里の口からはすんなりその言葉が出たように思われた。
「両思いだね」
「それは前から分かってた」
「(仮)、とっていい?」
本当はクリスマスイブに言いたい言葉だったが、今、言うしかないと思えた。
コンビニのイートインで、ロマンティックさには欠けるが、他には誰もいない。
ガラスの向こう側は夜の闇が覆っていて街灯の明かりと微かに三浦半島のものと思われる明かりが見えるだけだ。時折車が通るのでそのヘッドライトで明るくなる。
「とうの昔にそれだけは言うべきだったね」
悠里は自嘲気味にいった。
2人はホットドリンクを飲み終えてコンビニを出て、海岸沿いの散歩道を歩く。
冬の星空は澄んで、きれいに輝いている。
「恋人かあ」
悠里は日色のその言葉を聞いてか、思いっきり照れたように俯いて言った。
「誠実さは忘れずにいたいね」
「もちろん」
日色は大きく頷く。
「そのうち、慣れてお互いに飽きてしまうかもしれないよ」
「その前にお互いをもっと大切な存在にしよう」
まだ会話をかわすようになってから4ヶ月弱しか経っていない。それでもお互いを大事に思うようになるには十分な時間だった。しかしその先には長い時間が待っている。
「恋人ってそういうことだよね」
悠里が日色を見上げる。
「世間一般ではもう少し軽いよね」
「じゃあステディだ」
ああ、と日色は思う。すんなりその言葉が出てくる悠里はすごい。
海岸の休憩所に到着し、2人、ベンチにくっついて座る。
「私、気がついたことがあるんだ。この数週間、詞が書けてない。短歌は詠んだし、実はまた文芸選評に短歌回で投稿していたりするんだけど」
「僕が邪魔している?」
「自分の人生に新しく訪れたイベントだからそれを邪魔とは言えないけど、その邪魔かもしれないと考えることすらネタになるよね。無駄な感情なんてない」
悠里は真面目な顔をして言う。これは何かを決意した顔だ。
「実は、千葉駅でヒイロくんが演奏しているのを見てからなにか出遅れたような気がしていたんだ。詩の勉強会でイニシアティブをとっていたのにターンが変わったからかなと思っていたんだけど、どうもそうでもないらしい」
悠里は言葉にしながら、自分の感情と考え方を確認しているようだ。もう少し黙って聞こうと日色は思う。
「この冬休みは勉強もするけど、短歌をいっぱい作ろうと思う。そして同人誌の歌集を作るんだ。電子も紙も。紙はただ作るだけじゃなくて装丁も凝ってみたい。最初は真似っこにしかならないだろうけれど」
「正常進化だと思うよ。このタイミングで僕と一緒に歌を歌い始めるとか言い始めなくて良かった」
悠里は苦笑した。少しくらい考えたのかもしれないと日色は思う。
「そして文芸マーケットで売るんだ」
「春と秋、どっちで売るの?」
「もちろん春。まだ時間はある」
「でも、初日の出も一緒に見たいし、初詣にも行きたいよ。忘れないでね」
「忘れないよ。初日の出でなんか1首作れそうな気がしてきた」
「君らしくなった」
詩や短歌の話を楽しそうにする悠里を好きになったことを日色は思い出す。
「私、君に負けない。君がギターに一生懸命になっているのと同じくらい一生懸命になって短歌を作って、なにかを形にしたい」
「そのためには一生懸命遊ばないとね。充電が必要だ。それがいつ生きるか分からないけど経験しておこう」
「まずはクリスマスイブからだ」
そのタイミングで悠里のスマホがメッセージの着信を伝え、チェックした。
「穂波、黒峰くんに告白して貰えたみたい」
「それはよかった。ちょっと心配していたから」
「でも、付き合い始めたからといって、すんなり行くとは限らないからね」
「あ~ そうだね」
悠里は思い返したくないとでも言いそうな雰囲気だった。
「イルミネーションを見に行こうか」
「いいね。でもどこに?」
悠里の機嫌は直ったようだ。安心する。
「木更津のアウトレットパークとか」
「悪くない。東京ドイツ村とかもあったはず――午後から行くには遠いな。イルミネーションを見てからだと帰りが遅くなる」
「手段も含めて調べよう」
「都会が羨ましい」
「無い物ねだりしても仕方がない」
日色は立ち上がり、悠里に手を差し伸べた。
「帰ろう」
「うん」
日色は自転車を押しながら、悠里はその隣を歩きながら、分かれ道までゆっくりと歩いたのだった。
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