第23話 女子会なるものをしてみました 2


 悠里が女子会をしている頃だな、と日色は中央公園で空を見上げた。実にいい天気だ。


 ステージの上にあぐらをかいて、ギターの練習をする。声も出す。広い公園なので迷惑にならないだろう。


「こんなところで何やってんだ?」


 黒峰の声がして顔をあげると、緩い格好をして、エコバッグを手にした彼が立っていた。日色は肩をすくめた。


「見ての通り、練習」


「なんだ。何か始めるのかと思った」


「そういう意味だったのか。黒峰くんは?」


「図書館の帰り。キャラに合わないって?」


「いや。部活を辞めて時間を持て余しているとは聞いていた。本を読むのは有意義だと思うよ」


「そうだな」


「何を読んでいるの?」


「時代小説が多いかな。割と親の影響でそういうのが好きで」


「藤沢と池波しか読んだことない」


「十分だ。座っていいか?」


「座ってよ。コーヒー飲む?」


「え、持ってきてるのか?」


 日色は保温ボトルから紙コップに淹れてきたコーヒーを注ぐ。


 黒峰は屋外ステージの縁に座って紙コップに口をつける。


「ブラックでもいけるなあ――なんで紙コップなんて持ってきているんだ」


「もしかしたら浜元さんが来てくれるかもしれないから」


「そうなんか。お前らはいいなあ。付き合っていると知っても嫌味がない。人前でいちゃつかないもんな」


「いちゃつき方を知らない」


「面白いな」


 黒峰は笑い、日色は少し彼との距離が近づいた気がした。


「友達でもない僕に聞かれたくないかもしれないけど、聞きたいことがあるんだ」


「飯塚のことか」


 黒峰は自分から切り出してきた。


「話が早い」


「浜元さんは飯塚と友達だろ。それくらいしか思いつかん」


「飯塚さんは君のことを心配しているよ。気に掛けているよ」


「知ってる。ありがたいと思う」


「僕が出るイベントに来てくれるって言ってくれて嬉しかった」


「そんな喜ぶようなことじゃないだろ。近所でやるんなら見に行くだろ、普通に知り合いだし」


「僕は普段、そういう人間関係の中にいないからね」


「機会があれば飯塚を誘おうと思っていたから――」


「飯塚さんはきっと喜ぶと思うよ」


「そう、なら、いいんだけど」


 日色が見る限り、黒峰と穂波の関係は長く続いているだけにこじれてしまっているように見える。自分と悠里の関係が悠里の勢いで進んだのに対してそういうイベントに欠けてしまったのではないかと思う。


「クリスマスイベントが終わったら打ち上げでカラオケに行こうと考えているんだけど、黒峰くんもどうかな」


「桜宮に誘われるなんて思いもしなかった」


「考えておいてよ」


「ああ」


「ちょっとなんか弾いてくれよ。桜宮のギター、ろくに聞いたことがない」


「いいよ」


 日色はジブリ映画のコード集から『風になる』を選ぶ。今日のような天気がいい日にぴったりの曲だ。大きな声で歌うと気持ちがいい。


「おお、ジブリ」


「続けていくよ」


 次は『カントリーロード』だ。黒峰が呆れたように呟く。


「お前なあ……」


 自分が何を言いたいのか分かって貰えたようだ。弾き終わって日色は言う。


「映画みたいにいかないことももちろん分かっているけど」


「ありがとよ」


 黒峰は大きくため息をつく。日色にはどういうため息なのか想像できない。


「カラオケ、飯塚も一緒ってことだろ? 行くなら飯塚に言っておくわ」


「邪魔ならいいんだよ」


「いや。考える。桜宮はどうやって浜元さんとつきあいだしたんだ?」


「僕の片思いだったんだけど、彼女が恋じゃないけど、僕のことが気になるからって言い出して、チャンスを貰ったというところかな」


「チャンスをものにしたわけだ」


「そういうわけでもない。まだ(仮)が取れていないから」


「――当人同士の問題だよな」


「当人同士の問題だ」


 日色は自分にも言うし、黒峰にも言う。


「コーヒーごちそうさま」


 黒峰は小さく手を振って去って行った。彼に日色がアドバイスできるようなことはない。自分でどう、歌を捉えるかだ。ただ、下話はできたかなと思う。


 黒峰に女子会の話をしてあげれば良かったかな、と少し考えたが、行くことはないだろう。これでいいのだと日色は思い、イベントで演奏する曲の練習に戻ったのだった。




 女子会はランチタイムに入り、カルボナーラにカレー、中華がゆにフレンチトーストを皆で分け合って食べた。ドリンクも追加して、エスプレッソやラテを各々頼んだ。


 玲花が浮かない顔をしており、悠里が気にして声をかけた。ネガティブな方の表情は割と出る方の彼女だ。


「どうしたの?」


「自分だけこんな美味しいもの食べてセンパイに悪い気がして……」


「なにかいいことがあって、一緒に同じ体験をしたいって思える人が、本当に好きな人なんだって」


 瑛眞がそう言い、中華がゆを口に入れる。


「そうなんだ――そうだね。心の中にいつもいるから、気になっちゃうんだよね」


「玲花さんはいつでもセンパイさんと来られるじゃない」


 穂波が目を細める。何か思うところがあるに違いないが、口に出さないのは懸命なところだ。玲花が答える。


「うん。センパイと一緒にゆっくりしに来よう。本もあるし、落ち着くし。いいところだ」


「いいなあ、彼氏がいる人は……」


 瑛眞は玲花と悠里を交互に見て、悠里が自分に言い聞かせるように言う。


「同じ方向を見られる人がいいと思うよ。全部だと辛いから一部がいいと思う」


「ヒイロくんとユーリさんの共通点って短歌?」


 瑛眞の質問に少し悠里は考える。


「短歌っていうか、詩全般かな」


 なるほど。それでは弱い気がするのも仕方がないかもしれない。まだぼんやりとしているのだ。それでも今回、ラジオに投稿したのは大きな前進だった気がする。


 自分は何をしたいのだろう。瑛眞の質問にそう気づかされた。日色は音楽という形で街角に立ち、自分を表現しようと模索している。自分は詩や短歌で何が出来るだろうか。


「うわ。黒峰と私の共通点って同じ中学ってこと以外、ないわ」


 穂波がテーブルにうつ伏せ、考え込んでいた悠里は我に返って励ます。


「穂波は黒峰くんと長い時間があるじゃない」


「それだってこっちが機会を作らないとない」


「黒峰くんとはいつから関わりがあるの?」


 玲花の興味を引いたらしい。


「中一。同じクラスになって、まあ、私ってばだいたいクラスの中心だからさ、まだ悪戯小僧だった黒峰とけっこう対立した訳よ。以下略」


「お互いの存在がいつの間にか特別になったわけだ」


 瑛眞は穂波の肩をつんつんとつつく。


「いやー、玲花さんや瑛眞さんほど可愛くないにせよ、意外ともてるんよ、自分。でも千切ってきたね〜今まで。黒峰のことが気になってなかったら彼氏持ちだったと思う」


「私はモテないよ」


 玲花が即答するが、瑛眞は言葉を濁す。


「――ろくに知らない相手に好かれてもね。玲花さんは彼氏いるからもういいじゃない」


「そうでしたそうでした」


「玲花さんは楽器やっている人知らない? 絶賛メンバー募集中なんだけど」


「ごめんね……私は心当たりがない。でも、今度、センパイに聞いておくね」


「頼んだ~」


 美少女同士の絡みは見ていて悪くない。悠里は瑛眞に聞く。


「どう? 少しくらい気分転換できました?」


「セッティング感謝」


 瑛眞は手のひらを合わせて悠里を拝んだ。


「やめてよ。こういうの、私が憧れていただけなんだ」


 悠里は照れて、両の手のひらで顔を隠した。


 それから4人でグループを作り、第1回の女子会を解散した。


 玲花と穂波とは別れたが、瑛眞と悠里は中央公園に向かった。中央公園は歩いてすぐそこだ。昼が過ぎてもまだ屋外ステージの上には日色がいた。彼はおにぎりを食べながら、ラストクリスマスのコード譜を見ていた。2人が来たのに気がついた日色が顔を上げる。


「カズンはやめておくか~」


「英語詞だけでけっこうハードです」


 瑛眞が苦笑する。


「もう1曲はベタに『クリスマスイブ』にしよう」


「それなら馴染みがあるし」


 瑛眞は笑顔で日色に答え、日色は苦笑する。


 共通項があるのはいいことだ。それが音楽というのは羨ましい。長い時間を一緒に過ごすことができるだろう。それに日色と瑛眞はお似合いに見える。


 いやいやどうだろう。自分と日色もお似合いに見えるのではないか。悠里は心の中で北条海岸で撮った記念写真を思い出す。穂波もそういえばお似合いと言っていた。


 短いながらも彼と一緒に過ごした時間の力を信じよう、そう、瑛眞と日色の姿を見ながら、悠里は思った。

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