第22話 女子会なるものをしてみました 1
定期テストが終わった12月の土曜日、悠里はかねてからの念願だった女子会を開催した。メンバーは最初に声をかけた瑛眞、そして上泉、穂波である。
「ここ、前から来てみたかったんだ」
朝10時、開店と同時に館山駅からほど近い、民家を改装したカフェに入り、穂波は声を上げた。民家の天井をはぎ、フローリングにしてあるが柱や梁は古民家のそれだ。映画のポスターや小物類が置かれ、センスのいい本やアルコール(中身は入っている)コレクションも充実している。
「施設の図書室があって、本を眺めるだけでも楽しくて、何度かきています」
悠里は瑛眞と上泉を店内に招く。駅前で待ち合わせただけなので、上泉と穂波は絡みはないし、瑛眞はもちろん、初顔合わせだ。悠里が中心のメンバーである。
「知らなかったなあ。こんな素敵な店があったなんて」
上泉は店内を見回す。ボードいっぱいに貼られたメニューを眺めているが、それだけでも楽しそうだ。
「落ち着く。これはまたこないと」
入ったばかりなのにもうそんなことを言い出す瑛眞だった。
大きなテーブルに皆で集まり、悠里が簡単にそれぞれ紹介をする。
「上泉さんと一緒になることがあるなんて思わなかったよ。超有名な双子の片割れじゃん。しかも超かわいい。よろしくね」
穂波が上泉に話しかけ、上泉は苦笑する。
「実は女の子だけで出かけるの初めてに近かったりして。こちらこそよろしくお願いします」
「また機会を作って呼ぶから、連絡先いい?」
穂波と上泉が連絡先を交換する。クラスのムードメーカーなだけはあるコミュ強だ。瑛眞にも話しかける。
「瑛眞ちゃんは館山に越してきたばかり何だっけ?」
「春に来たばかりで、越してきたばかりではないけど学校が遠いからね」
「しかし向かいの顔面偏差値の高さよ。嘆くわ。読モか」
穂波は上泉と瑛眞が並んでいるテーブルの向かいを見て眩しげにする。確かにすごい。カフェの内装のオシャレさとあいまって、2人を素で写真を撮るだけで観光用のスナップショットに使えそうなかわいさである。すぐに写真を撮り始めた。
穂波のコミュ強ぶりが早速発揮されて、やることがない悠里であった。
「玲花さんでいい?」
「瑛眞さんでいい?」
瑛眞と玲花の2人は距離を測っている。悠里もこのやりとりに参加したくなる。今を逃すと機会がない気がする。
「上泉さん――いや、玲花さんに改めようかな。玲花さんは図書室の仙人と呼ばれる学校のヨロズ相談屋さんなの」
「何か資格があるわけじゃないけど、聞かせて貰ってます」
玲花はぎこちなく笑った。特に言及がないので悠里は玲花でいいと判断する。
ドリンク類もこんなオシャレなカフェにしてはお手頃価格で、千葉を往復する金額と比べると全く無理のない値段設定だ。
エスプレッソバナナシェイクが人気とのことで揃って頼んだ。
「外もいいんだよ。隣の図書室でもくつろげるし」
通りから離れた側に内庭があって、椅子とテーブルもセットされている。今日は風も弱く、暖かいから後で出ようと悠里は思う。悠里は玲花の意見が聞きたくなる。
「玲花さんはここに先輩さんと再訪したい?」
「まず、名前呼び嬉しい……」
玲花は俯いて感慨に浸っているようだった。そこまでとは思わず、悠里は感激する。
「来るねえ。必ず。センパイは知っていたんだろうになあ。なんで連れてきてくれなかったのかな。素敵なところなのに」
「うわー、のろけられた」
穂波が笑う。瑛眞が運ばれてきたバナナシェイクのグラスの前で頬杖をつく。
「玲花さんは彼氏持ちなんだね。ユーリさんもヒイロくんがいるし、彼氏いないのわたしだけか」
「いやいや私もいないよ」
穂波が否定すると視線が集まる。
「もしかして今日の女子会って、私が話題の中心? ネタ?」
「黒峰くんと穂波をお助けする会です」
悠里が小さく手を叩く。
「黒峰くんの写真、見せて~」
全く面識がない瑛眞が穂波のスマホを受け取り、写真を見る。
「体育会系のいい男じゃない」
「身体の故障でサッカー部辞めて凹んでいるところです」
「おおお……」
女子3人が嘆きの声を上げる。玲花が聞く。
「故障はどこが?」
「膝を壊したみたいで」
「調べてみないと分からないけど分からないけどたぶん、安静にするのがいいよね。凹んでいるなら寄り添ってあげて、気分をそらしてあげようよ」
「……割と、連絡はマメに入れるようにしている」
「いいんじゃない?」
穂波の表情が明るくなる。悠里は図書室の仙人の出番だと思う。しばらく任せようと思い、グラスを手に瑛眞に声をかける。
「外に出よう?」
「うん」
中庭は芝生にテーブル席があり、青空の下、開放的で気分がいい。2人はテーブルの上にグラスを置いて落ち着く。
「私も誰かに話を聞いて貰えたら違ったのかな。やっぱりスマホ越しと対面じゃぜん
ぜん違うよね」
瑛眞は大きく伸びをする。今日も瑛眞はラフな格好だ。
「館山に来る前にはどこにいたの?」
「いや、横須賀。そんな遠くないでしょう?」
「それで館山って――お父さん自衛隊?」
「正解。久しぶりの転勤だったんだ。アニオタだから高専でも最初はそんな困らなかったんだけど、完全にトラブルの中心になってね。心休まる間がなかったのよ」
「美少女もたいへんだ」
「いうほど可愛くないよ。性格きついし、外見だけってすぐバレる」
「そう? そんな――普通だよ、瑛眞さん」
「ありがとう。ゴスロリも着るけどね。バナナシェイク、美味しいね。思ったより甘くない」
「いいよね、これ」
2人して笑い合う。ふと空を見上げると冬の澄み切った空に白い雲が流れていき、風が出てくることを教えてくれていた。民家に囲まれた中庭だから風が穏やかなのだろう。
「ユーリさんはヒイロくんのどこを好きになったの?」
「一緒にいても自然なところ、かな」
「羨ましいぞ。誤解ないように聞いて欲しいんだけど、ユーリさんがいなかったら私、ヒイロくんにいってたと思います」
「仮の話ということでいい?」
悠里の予感はそれほど間違っていなかったようだ。
「仮の話。カノジョ持ちを奪うほど恋にエネルギー割けないよ」
「本当の恋をしたら、違うんじゃないかな。正直、ヒイロくんとの恋が本当なのかっていわれるとまだ自信がないんだけど、人間関係を築くのに角がとれるっていうか、頑張れる気がすると思うんだ。本当なら」
「いや、それでも私が好きになる相手がカノジョ持ちじゃないことを素直に祈るよ」
「それはそうか。ごめんなさい。的ハズレなこと言って」
「でも言いたいことはわかるから。ユーリさんは真面目だよね」
「真面目でいられるうちは、それで誰かを困らせなければそれでいいと思う」
「いいこと言うね。自分は自分だもんね」
瑛眞は同意したように笑う。
店内から玲花と穂波も出てきて4人揃う。玲花が空を見上げる。
「いい天気だね」
「ここなら他のお客さんが来ても迷惑にならないね」
穂波はすっきりした顔をしていて、いい感じで玲花に話を聞いて貰えたように悠里には思われた。瑛眞が聞く。
「なにか黒峰くん対策はとれましたか」
「なぎさの駅のイベントの後、打ち上げ名目でみんなでカラオケに行こうかと」
玲花の言葉に瑛眞が困ったように応じる。
「私だけ1人?」
「それは考える。エマさんほどの美少女なら手を上げる男子は大勢いる」
穂波が瑛眞の顔色を窺い、瑛眞が困ったような顔をしているのでうなだれた。
「ダメか……」
「いや、その日だけならいいんだけど、連絡先交換とか強要されて後が引くのは困るかな」
「全て事情を話して協力してくれる男子がいればいいわけだ。心当たりがある」
玲花が小さく頷く。さすがは図書室の仙人である。瑛眞が困ったように聞く。
「どんな人?」
「2年の特進クラスの人でとても穏やかな人。センパイの友人。会ったことがあるけどすごく理性的な印象を受けた。カラオケにはセンパイにも来て貰うし、センパイつながりならいいかな、と」
玲花の言うセンパイは彼女がおつきあいしている図書委員長のことだ。
「そういうことなら」
瑛眞が頷き、穂波も安心したような表情を浮かべた。
計画が具体的に進んだので、話題はいろいろ飛び火する。コスメの話もしたし、ファッションの話もする。館山で他にオシャレなカフェがないか、瑛眞が聞く。そういうことは穂波が詳しかった。一通り話題が回ると瑛眞がラジオの文芸番組の話をして、悠里は赤面する。聞いた穂波が奮起する。
「私もがんばろう」
実は悠里は黒峰と穂波の詳しい関係を聞いたことがなかった。しかしお互い素直になれずにきたことくらいは分かる。そういう穂波の顔は真剣だ。気持ちに決着をつけようという気に満ちている。
自分は恋の感情が形になる前に日色に気持ちをぶつけてしまった。受け止めてくれると分かっていて、甘えた。それが良かったのかは今も分からない。そのために(仮)のままだ。今はもう、自分は日色の彼女だという自覚がはっきりとあるのに。
日色もそれは分かってくれていると思うが、言葉にしないといけないと悠里は思った。
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