第21話 文芸選評、オンエアです 3
週末の土曜日はすぐにやってきて、秋晴れの中、暖かい日差しが注がれる日になった。
悠里は保温ボトルに沸騰したお湯を入れ、紙コップとスティックシュガーとティーパック、そしてちょっといいクッキーの缶を持って家を出た。ミコトも一緒だ。
日色と瑛眞の待ち合わせ時間より少し遅れて行くことにした。打ち合わせなどもあるに違いないと考えたからだった。
北条中央公園で午前10時の待ち合わせだった。桜の木が何本も植わった、春になると花見客で賑わう広い広場の端に、コンクリートにタイル張りのステージがある。バックパネルはなく、その代わりに高い植え込みがある。
ステージに腰掛けている日色と瑛眞をみつけ、逸るミコトを抑えながら悠里は2人に朝の挨拶をする。
「エマさん、おはよう」
「心の広いカノジョさんだ」
エマは笑顔を作った。美少女の笑顔は悠里にもまぶしい。
「浜元さん、おはよう」
今日の日色は久しぶりにジャージに上はウィンドブレーカーという出で立ちだ。瑛眞の方もラフでデニムパンツにコットンシャツ、ダブダブのジャケットだった。長い髪を無造作にポニーテールにしている。悠里は1人気合いを入れて秋色コーデでロングスカートに柄物のカーディガンだ。ちょっと浮いてしまった。
ミコトが遊ぼうと日色に駆け寄り、瑛眞が彼女の頭を撫でる。
「可愛い」
「ウチの自慢の子です」
悠里は自然に自分に笑みが浮かぶのが分かる。
余所の散歩の犬もやってきて犬同士での交流会が始まり、悠里は飼い主さんたちとの会話に加わる。犬飼いの本能のようなもので、可愛い自慢だ。
屋外ステージの上では日色と瑛眞が合わせている。メトロノームを用意してきてあり、メトロノームのリズムで日色がコードを奏で、瑛眞が英語の歌詞を拙く歌うのが小さく聞こえてくる。
洋楽に疎い悠里でも聞いたことがあるとても有名な曲だった。過去の失恋を嘆く歌だ。サビのところだけは英語でも意味が痛いほど伝わってくる。千葉駅でも演奏していたことを思い出す。
続く曲は悠里にはあまりなじみがなく、クリスマスソングだということだけは分かった。日色は他人と一緒に演奏するのが初めてなのか、四苦八苦しているようだった。
ミコトは他の犬と遊び、かなり満足した様子だったが、散歩の犬は次々とやってきて社交に忙しかった。まったりと犬たちと時間を過ごしているとすぐにラジオの文芸番組開始の時間になった。
散歩の人たちから少し離れ、屋外ステージに行き、スマホでラジオを聞く。
「エマさん、お茶にしません?」
歌詞カードを眺めていた瑛眞は驚いたように顔を上げ、悠里を見た。
「うん」
「僕も食べようかな。一休みしよう」
日色はステージの上であぐらをかき、悠里がクッキーの缶を開けるのを待った。
そして聴取者の投稿の読み上げが始まり、最初から読まれるはずがないと思いつつも悠里と日色は耳をそばだてる。
悠里は保温ボトルのお湯でティーバッグのお茶を入れ、瑛眞に手渡し、クッキーの缶を開ける。日色と自分の分も用意する。
「こんな風に外でお茶するの、初めて」
瑛眞が嬉しそうにクッキーをつまみ、紅茶を飲む。
「私もだよ」
「えーと、彼女さん」
「浜元悠里です」
「ユーリさん、私、お邪魔だよね。なのに気を遣ってくれて、ありがとう」
美少女の笑顔は破壊力があった。
「いえいえ。カノジョ(仮)なので。もし桜宮くんがエマさんになびくようなことがあったら報告して貰うことになってるし、そうでない限りは袖すり合うも多生の縁で、お話しできたらなと思いますから」
「ヒイロくん、いいカノジョさんだね」
「そこがまだ(仮)なので難しいところで」
「ユーリさんはどうなの?」
「いや、エマさんに桜宮くんをとられてちゃんと嫉妬してますよ。今のミコトにもしてますが」
ミコトは遊んで遊んでと日色に迫っている。
「これはつけいる隙ないね。そもそもつけいりませんが」
瑛眞が苦笑する。その表情をみて、苦しいものを抱いていると見て取り、悠里は言う。
「エマさんほどの美少女なら無双できるでしょう?」
「無双できる相手を好きになれるとは限らない。しかも高専なんて男子校みたいなものだからいくら人気だって言われてもね。ところでなんで短歌のラジオ?」
「それは……」
悠里がかくかくしかじかと説明し、封筒をトートバッグの中から取り出す。
「それは楽しみだね」
瑛眞は紙コップの紅茶を飲み干した。
前半の投稿の読み上げが終わり、音楽になった。
日色はギターを取り出し、メトロノームをオンにして、ラストクリスマスを弾き始め、歌詞カードを見ながら悠里が合わせる。そう何回も合わせていないだろうに、割と聞けるようになっていた。
後半の投稿の読み上げが始まり、日色と悠里はスマホの画面をじっと見る。それを眺めて瑛眞は和んだような顔をする。
『そろそろ時間ですが、最後にいけそうですね、お願いします』
『揺れる汽車 肩にもたれる 君の寝顔 微睡む中に 僕はいるかな
千葉県 ラジオネーム「ギターを持った吟遊詩人さん」、10代男子高校生です』
『青いですね。カップルでしょうかね』
『アオハルそのものですね。汽車というのが字数のためなのかそれとも非電化区間なのか分かりませんが、田舎な雰囲気が出ています』
『レトロな雰囲気を狙ったのかもしれませんよ』
『お砂糖たっぷりな気分になった一首でした』
まさか自分の投稿がこんなにコメントを貰うとも思わなかったのだろう、日色は真っ赤になって固まっていた。
「まさか、僕の歌が読まれるなんて!」
瑛眞はパチパチパチと拍手するが、悠里も呆然としてしまい、何もできない。
「桜宮くん、始めたばかりの素人なのに!」
「こういうのは勢いでしょう」
瑛眞が悠里を慰める。
「悔しい~」
日色はようやく我に返り、悠里を見た。
「まだ終わってないよ」
句にコメントがないアナウンサーさんが選んだ句を読み上げるだけの時間になった。
ドキドキしながら待ち、最後の方になって、悠里はびくっと身体を震わせた。
『手作りの 彼女のお菓子を 美味しいと 食べ続けては 胃がもたれけり』
千葉県「恋する女子高生」さん。今週は以上です』
「やった~! 滑り込みセーフだよ!」
悠里はガッツポーズをした。
「空気まで甘いんですけど、どうすればいいんでしょう」
瑛眞がおろおろする。
「これで引き分け」
「判定でヒイロくんの勝ちでしょう。コメント貰っているし明らかに優勢勝ち」
「ですよね……」
瑛眞にツッコまれて悠里はしょぼんとするが、日色はカノジョに言う。
「じゃあ、封を開けて貰おうかな」
そうだった。楽しみにしていた日色の望みが書かれた封筒を開けるときが来たの
だ。負けたとしてもカレの性格的にそんなスゴいものが入っているはずがない。封を開け、悠里が中身を見ると自分のテンションが下がるのがわかった。
「これは望みとしては不採用です!」
「え、採用とか不採用とかあるの?」
瑛眞が中身の紙をのぞき込む。
「僕とクリスマスを一緒に過ごしてください――何が悪いの?」
「だって、そんなの、仮のおつきあいだからって、当たり前じゃない! 私だって一緒に過ごしたいよ!」
「甘ぁ~い」
瑛眞は自分のことでもないのに赤面する。
「でも、一緒に過ごしてくれるってことだよね。僕には十二分さ」
日色は悠里の頭をポンポンと叩く。こんなことをされるのは初めてな気がして頭にジーンときた。
「勝負になっていないってことだよ」
「じゃあ、君の望みを叶えることに替えるかな」
日色は悠里の封筒を開け、中身をじっと見て、口を開ける。
「――ユーリちゃん」
その言葉を耳にした途端、悠里はぶわっと血液が頭に上ってきて、反対に脳内物質が全身に駆け巡ったような感覚を覚えた。
「……だって、だって、エマさんって呼んでるし、エマさんもヒイロくんって呼んでるし、ぜったい、私の方が部外者だし。名前呼びして欲しかった」
「次は2人きりのときね」
「うん――ヒイロくん」
エマはステージの上にうつ伏せになって倒れこんだ。
「私、さっきから何を見せられているんだろう。萌え殺されるのかな」
そして起き上がって2人を見た。
「羨ましい〜! 私も普通の恋をしたい!」
瑛眞は強く拳を握った。
「ごめんなさい。なんか、変なもの見せてしまって」
我に返った悠里は落ち込んで俯いてしまう。日色も俯く。
「ううん。いいの。でもこれでユーリさんもヒイロくんが私になびくことなんかないって分かったでしょう?」
「そうかも」
「私の野望はまだベースとドラムを掴まえて標準編成のバンドを組むことだから。色恋沙汰はバンド内では御法度にしたいから、カノジョ持ちの方が都合いいんだ」
「そうだったんだ。CA-NONはどうするの?」
「ササミさんの邪魔にならないように辞めようと思っていて……」
「想像通りだ」
日色がいうと瑛眞は続けた。
「私がササミさんのことが好きなんだけどね。私、まだ男の子に恋したことないんだ」
「斜め上だった」
悠里は日色と顔を見合わせ、瑛眞は首を横に振った。
「恋って言っても、ササミさんへの想いはお姉さん的なアレだから、そんなガチだと思われて退かれても困るので説明しておきます」
「いろいろあるんだなあ」
日色は遠い目をして答えた。悠里はうーんとうなってから言った。
「ベースとドラムがエマさんをとりあってケンカする未来が今から見える」
「私が彼氏を作ってからメンバーを集めた方が絶対に予防線になるよね」
「でも無理に恋するのって絶対に悩むよ」
悠里はちょっと前の日色への想いを思い出しつつ、言った。
「そうなんだよね~ 高専だと女の子少ないから相談できる子もいなくってさ」
「私でよければ聞くよ。女友達も紹介するよ。ミコトも友達になるよ~」
悠里はスマホを取り出し、瑛眞と連絡先を交換する。
「ありがと。正直言うとユーリさんと会うの、気が重かったんだよね。悪い気がして」
「私、友達少ないから、経験値低いし、エマさんの力になれないかもだけど」
「私なんて館山に引っ越してきてから皆無だから、初めての友達だよ~ 力になれるか慣れないかなんて気にしないで」
「テストが終わったらイベントに来てくれるって言っていた友達2人を呼んで、一緒にお茶しようよ」
「ホント? 紹介してね」
女子2人の盛り上がりに距離をとり、日色はミコトと遊び始める。
「ごめん。蚊帳の外にするつもりはなかったの」
「いーの。今日の僕の仕事、ユーリちゃんって名前呼びするだけだから」
「拗ねてる。ヒイロくんの短歌が採用されたんだからお祝いしないとね」
「そうだった。喜ばしい限りだ!」
日色と悠里は互いの顔を見て、微笑み合った。
瑛眞とは定期テストが終わったらまた練習会を開くことを約束して別れた。
ミコトが前を歩きながら、日色と悠里は途中まで一緒に歩く。
「しっかり勉強しようね」
「そうしないとクリスマス、迎えられないからね」
「どこに連れて行ってくれるの? クリスマスイブ」
「考えておきます」
「実はどこでもいいんだけどね」
悠里は微笑む。大切なのはどこに行くか、何をするかではない。
誰と一緒にいるか、だ。
まだお昼前だったが、悠里は日色と別れた。
それでも悠里はとても清々しい気分になっていたのだった。
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