第20話 文芸選評、オンエアです 2
帰宅後、夕食を作り、1人で食べた後、日色はカイトに連絡をとる。すると瑛眞とはすぐにつながり、連絡が来た。
〔エマです。やる気になった?〕
〔地元でやれば見てくれる友達がいるからね〕
〔それは何より。私自身はアニソン縛りじゃないから曲は相談して決めよう〕
瑛眞の文章は最初から親しみを感じる。
〔ありがたい。個人的には古い方がコード進行が難しくないから助かる〕
〔イベントまで時間ないものね。考慮します〕
そして瑛眞はメッセージを続けて投稿した。
〔仮の彼女さんの許可は出たの〕
〔出ました〕
〔クラスメイト?〕
〔前の席です〕
〔そうなんだ。音楽やっているようには見えなかったからそうかなって〕
〔音楽は僕の時間の大きな部分を占めているけどそれだけじゃないから〕
〔それは私も同じだよ〕
瑛眞とのやりとりは悠里と同じくらい日色には心地いい。
〔学校にはこっち方面で音楽やってくれる人はいないの? というかカイトさんとササミさんとは同じ学校?〕
〔2人は先輩です。見れば分かるでしょう? ササミさんがカイトさんにお熱なのは〕
〔あの衣装と化粧ではわかりません〕
〔すみません。そうですね。要するに2人のクリスマスを邪魔したくないのです〕
〔もしかして館山までイベントの日には来てくれるとか?〕
〔どうして分かったの?〕
〔同じような構図がこっちでもあって〕
〔それは興味深いね〕
そして面白そうに考え込むアニメキャラのスタンプが送られてきた。
〔僕が今、弾ける曲をリスト化して送るので、エマさんが歌えるか歌えそうなのがあったら教えてください〕
〔じゃあ、こっちも同じく歌える曲をリスト化します〕
〔すりあわせられるといいね〕
〔コスチュームも別に今回はゴスロリ縛りではないので考慮しなくていいです〕
〔了解です。最後に1つ、今回のイベントで何を目標にしたい?〕
〔ヒイロくんと仲良くなれればと思います〕
意味深だったが、深読みはしまいとヒイロは自分に言い聞かせる。
〔わかった。仲良くなれるよう努力します〕
〔仲良くなるのに努力が必要なの? 自然とならない?〕
〔それはコミュ強の論理です〕
〔路上ライブじゃうまくやっているじゃない〕
〔あれは音楽って共通項があるからで〕
〔私ともあるじゃない。共通項〕
そしてアニメキャラの『やったね!』という笑顔のスタンプが送られてきた。
〔おやすみなさい〕
〔おやすみ〕
ヒイロはスマホを置き、息を吐く。よく知らない女の子とやりとりするのは疲れる。ただ、同じようなことをしたいと考える同年代を探すのは地方ではなかなか難しい。好機と捉えるべきだろう。
ヒイロは気を取り直して聞き逃し配信で投稿した文芸番組を改めて聴く。勢いだけで投稿してしまったが、どうなることやら。練る時間はなかったし2人とも採用されない可能性の方が高い。それはそれでお互いの封を開けるのだからネタとしていい。
悠里と交換した封筒を見る。中に何が書いてあるのか今から楽しみだ。
彼女と一緒に千葉駅に行き、路上ライブを見て貰ったのはどうやらいい方向に転がったらしい。もしかしたら自分がお姉さんたちから声援を受けていたことにショックを受けて危機感を募らせたのかもしれない。そんな心配することないのに、と思い出し笑いをする。問題は瑛眞の方だ。確かにこれは心配されるに足る案件だ。悠里もかわいいが、とびきりという訳ではない。一方、瑛眞は間違いなくとびきりというレベルだ。
日色はかわいさでいえば図書館の仙人、上泉に匹敵すると思う。
これは女性の意見を聞いておいた方が一安心かな、と思った。
翌日の放課後、悠里と一緒に図書室にいく。悠里はカウンター当番だった。上泉はいつものように図書室におり、テスト前なので窓際で勉強をしていた。悠里がカウンター当番の仕事をしている間に、上泉に声をかける。
「えーと、浜元さんのカレ(仮)くん」
「桜宮です。今、いいですか」
「ウェルカムですよ。状況はだいたい聞いてます」
既に悠里が彼女に相談しているらしい。
「すごい美少女と一緒にクリスマス前イベントで演奏することになった辺りは?」
「もちろん、聞いている。すごい美少女だよね。芸能人になれるよね、彼女」
同レベルの美少女の上泉がいうのだから相当なものだ。
「ご意見を聞きたくて」
「そんな。一般的なことしか言えないよ。自分が何をしたいのか、どうしたいのか自分の感情を見極めることだね。浜元さんとの詩の勉強会の時間を大切に思うのなら答えは出ていると思う。別にその美少女と一緒に音楽やるのもいいと思うよ。きちんと背筋を伸ばして、襟元を直して向き合えばいい。そして浜元さんには誠実にね」
「でも、勝手に想像する生き物でしょう、人間って」
「うん。それで悩むよね。でもそういうものだと受け止めて、感情を切り分けることが大切だと思う。心の中の棚にいったんしまえるようになることだね」
上泉は拙いながらも笑う。
「同じこと、彼女にもアドバイスしました?」
「うん。言えることはそう多くないから。そのイベントには私も行くよ。ちょっとでも彼女の力になれればってところと私もデートしたいから」
「是非、きてください」
「私、友達少ないんだ。その友達の1人を泣かせるようなことはして欲しくないな」
「肝に銘じます」
上泉は小さく頷いた。
上泉は大切なことをいった。そして付き合い始めるときにお互いに約束したことを思い出させてくれた。結局のところ、関係を壊さないためには誠実しかないと思う。
悠里はカウンターの中でもう落ち着いて座っていた。仕事は多くなかったようだ。
「上泉さんと何を話していたの?」
「エマさんの件。君に誠実にねってアドバイスを受けた。思い出させられたよ」
「君は正直だね」
「隠せるほど人生経験積んでいないから」
「無理に隠すと破綻するよね。私も気持ちを無理せず伝えよう」
悠里はカウンターの中から日色を見上げた。
「エマさんと一緒に練習するとなると君といる時間が減るけど……」
「いつも一緒にいるなんて、付き合い始めた今くらいなんじゃないかな」
「気を遣ってくれているの、分かる」
「イベント頑張るよ」
日色は悠里に感謝する。音楽を1人で続けるのは結構な労力だ。心の力を浪費する。お姉さんたちからのエナジーチャージは本当に必要だと思う。その点は詩もそうなのだろう。詩の勉強会を張り切っていた悠里のことを思い出すとそう思う。
「正直にいうとエマさんに嫉妬している」
「もし君の立場だったら当然、僕もそうだと思う」
「でも信じることに決めたから」
彼女の瞳に強い光を感じ、日色は悠里を自分のものにしたいと思う。そんなことはまだまだ先だと分かっていても、手を重ねる以上のことをしたく思う。
日色は頷いて、勉強するよといって、窓際の席で教科書とノートを広げる。少しでもテスト勉強を進めれば練習の時間も悠里と過ごす時間もつくれるからだ。
「どう? 話せた?」
近くの席に座る上泉が聞いてきた。
「ええ。ああ、勉強で分からないことがあったら聞いていいですか?」
「そっちの方が得意」
上泉は自然に笑った。本当に勉強の相談の方が恋愛相談よりいいに違いない。
日色は納得して頷いた。
勉強しながら、イベントで演奏する曲のことを考える。弾けるラインナップからはワムのラストクリスマスはそのままいけそうだ。ブライアン・アダムスの『クリスマスタイム』も平和のメッセージ性が強くて好きだ。しかしせっかく女性ボーカルがいるのだからと、男女デュオ曲を探し、カズンの『冬のファンタジー』を演奏してみようと提案することにした。3曲、ちょうどいいだろうかと思い、瑛眞に投げる。
〔ラストクリスマスは頑張れそう。クリスマスタイムも歌っている人がいるね。冬のファンタジーはむしろヒイロくんが大丈夫かどうか? 歌う?〕
〔せっかくだから。それは合わせるよう努力する〕
〔期待します。それなりになったら2曲は合わせよう〕
〔どこで?〕
〔中央公園の屋外ステージではどうかな〕
ヒイロが通っている高校のすぐ近くにある中央公園には常設の屋外ステージがある。
〔夕方、こっちに帰ってこられる時間だと何時頃?〕
〔18時前かな〕
〔それは街灯があっても真っ暗だね。寒いし〕
〔じゃあ土曜日か。空けておきます。彼女さんは?〕
〔それは呼ぶってこと?〕
〔男女の仲を疑われたら困るのはヒイロくんでしょう?〕
〔ご配慮感謝します〕
〔お願いしたのはこちらだから。じゃあよろしく〕
少し安心した。あれほどの美少女が自分に興味があるとしたらそれは同じ音楽をやっているからだ。悠里が心配しているようなことが起きるはずがない。
カウンター当番を続けている悠里にその旨を報告すると露骨に安堵した。
「気にしてくれているんだ。うん。行くよ」
「僕はエマさんと君が仲良くなってくれたらと思ってる」
悠里は意外そうな顔をした。
「そうなの?」
「ササミさんに配慮したから今回の件があるって言ってたでしょう?」
「うん。笹本未玖でササミさんね――ああ」
「まあ、想像だけど」
エマもカイトのことを憎からず思っていたとすると今回の件は腑に落ちる。
「それは結構リアルかも。エマさんとしては地元でも音楽仲間ができることでササミさんとカイトさんを安心させたいんだ」
「学校が違うから僕ならちょうど良かったんじゃないかな」
「あれほどの美少女に声をかけられて、有頂天になっていたんじゃない?」
「席替えで君の近くにならなかったら間違いなくそうだっただろうね」
本当にそう思う。自分も男だと思う。美少女には弱い。
「そういう意味では僕の運命の分かれ道でもあったんだな」
「私も」
悠里は苦笑する。
「今度の紙芝居はいつ?」
「テストが終わってからの予定。保育園からも言われてる」
「エマさんとの初合わせもそんな時間かけられないか」
「お茶の準備くらいするよ」
「うん。いいね」
この会話が心地よい。日色は自分の現在地点を確認したいと思う。悠里も含めて自分の人生にはまだ分からない、見えないものが多すぎる。だからこそ今を知りたい。
自分はギターを続けられるのか。詩を書いて、曲を作れるのか。作って何になるのか、どうなるのか。勉強と両立できるのか。両立した先に大学があるのか就職があるのか。悠里とのつきあいの先に社会的な責任が発生するのか。
まだ15歳だ。考えることはないと思う自分もいるが、考えないのは損だと思う。考えたからこそ次の1歩を踏み出せることも間違いないから。
美少女のエマとの絡みはもしかすると好機になるかもしれない。音楽で生きていけるとは到底思わないが、学生のうちならチャレンジすることもできる。
「クッキーでも持っていこう」
悠里は前向きになってくれたようだ。
「土曜日だと放送があるね。採用されるかな」
「さすがにされないでしょう」
「一応、楽しみにしよう」
日色は面白くなってきたかな、と予感を覚えた。
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