第17話 路上ライブでライバル登場? 2

 他愛ない会話を慎みながら続け、JR千葉駅に到着する。駅前は京成線とモノレールの駅もあって、路線は複雑だが駅前はすっきりしている。ただモノレールの高架と駅の建物で日当たりは悪い。既に路上ライブが許可された一角は黄色いプラチェーンで囲まれていて、最初の組が準備していた。日色は大学生らしき男の3人組に挨拶をする。顔なじみらしい。


「ヒイロくん、今日は彼女連れかあ」


「ファンの子たちが嘆くね」


「彼女っていうか、かなり僕の方がお願いしてきてくれた感じで」


「そんなことないよ」


 悠里は日色を見上げる。日色は照れ笑いしていた。


 日色は荷物を下ろし、プラチェーンで囲まれた後方で荷物を広げる。アンプとケーブルをつなげ、マイクとギターとも接続し、音のチェックをする。マイクスタンドも伸ばして折れているところがないか確認した。


 10時になる10分前に3人組が音出しを始めて、アンプから音が出る。ギター、ベース、デジタルパーカッションの編成だ。


 常連客が何人か聞きに来ており、日色は手を振って挨拶をする。


 10時に演奏が始まり、10人ほどの客が足を止めて演奏を聴いた。悠里と日色は側面から演奏を見守る。知らない曲ばかりだったので悠里にはコピーバンドなのかオリジナルなのか分からなかったが、それなりのレベルだった。お客も手拍子したり、身体を揺らしたりで、セッションを盛り上げる気持ちのある人たちだった。悠里も手拍子に加わった。


 演奏は30分で終わり、片付けが始まる。日色は彼らに話しかけ、次も抽選にあたるといいね、といって交代した。


 日色はプラチェーンの中で機材を広げる。悠里がマイクスタンドを持つことができたので、組んだままで機材を中に入れることができた。すると待っていたお客の中から声が上がった。


「なーに、あの子?」


「ヒイロくーん、彼女?」


 新たに現れた女子大生らしき数人の一団がプラチェーンの前で黄色い声をあげる。悠里からはみんなきれいに、オシャレに見えるお姉さんたちだ。


「お姉さんたち、今日もおはようございます」


「スルーされた~」


「僕の方がカレ見習いです」


「えー。見習いさせるなんて何様? 贅沢ぅ」


「私ならすぐヒイロくんの本命の彼女だよ~」」


 固定ファンがいることを知り、悠里は結構なショックを受ける。どう反応していいかわからず、悠里は無言でプラチェーンの外に出て、演奏エリアの側面で開始を待つことにした。どうやら日色は年上にもてるらしい。分かる気がする。アンプがついたアコースティックギター、いわゆるエレアコを肩からかける日色は確かに格好いいし、15歳の年齢相応の幼さがあってかわいい。


 10分前になって音出しができるようになると日色はギターの弦を軽く弾く。そして先端に6つあるノブを回してチューニングを始める。楽器になじみのない悠里にとっては見慣れぬ光景だ。


 そして軽くメロディを奏でる。悠里が日色のギターを聞くのは昨日に続いて2度目になる。保育園では子ども向けのものをさらりと弾き、歌い、なかなかなものだと感心したが、今日は明らかに目つきが違う。真剣にギターに向き合っている。


「初めて見る顔だな……」


 ギターをつま弾く日色は3割増しでいい男に見える。クラスのどの男子よりもずっと格好いいと思う。自分が日色を好きだからということもあるのは間違いないが、穂波だってこの彼を見れば客観的に格好いいと言ってくれると悠里は思う。


 悠里はスマホのシャッターを連続して押し、日色が気がついて振り返ると笑顔を作った。その笑顔がかわいかった。


 胸がいつになく高鳴った。


 知っているはずの日色なのに、路上のギター弾きのヒイロは明らかに別人だった。


「そんな子に笑顔向けないで~」


「ヒイロ~」


 女子大生のお姉さんたちが手作りの団扇を振る。そこまでと思い、悠里は愕然として彼女たちから目を背けてしまう。


 日色はソロで旋律を奏でる。有名なジブリ映画の音楽だ。


「魔女の宅急便だ」


 悠里は目を丸くする。こんなこともできたのかと本当に驚くしかない。


 魔女の宅急便が終わると一休みして譜面台の譜面をのせ替える。


 日色は腕時計で10時になったことを確認する。わざわざ腕時計を見るのが様になっている。


 1曲目は超有名なビートルズの曲『Please Please me』だった。


 観客が手拍子で合わせてくれ、1人の歌声もそれなりに聞こえる。ソロ部分がとても上手で、1人でも演奏が破綻していない。


 2曲目はイルカの『なごり雪』で、ちょっと季節はずれだったが寒くなり始めているのでまあ許すかというところだ。


 2曲弾いたところで日色はMCを入れる。


「みなさんお久しぶりです、ヒイロです。今日は2番バッターということでまだまだ出演者さんが控えておりますので、盛り下げないように頑張っていきます。では3曲目はご想像の通り80年代になります」


 そして始めたのがスターウォーズのダースベーダーのテーマだった。もちろん1フレーズだけだ。


「一応、ジェダイの逆襲が83年なので許してください」


 観客からやや受けが取れた。


 そして続けて始めたのがワムの『ラストクリスマス』だった。ハロウィンも終わってそろそろクリスマスシーズンなだけになかなかいい。きちんと80年代である。


 続いての90年代は米米クラブの『君がいるだけで』だった。


 聞いている女の子たちはもちろん大はしゃぎして、ヒイロ、ヒイロと連呼する。


 悠里もどきりとする。一応、カレカノの関係なのだ。その自分がいる前で『君がいるだけで』を歌われるなんてものすごく意味深ではないか。もちろんチラリとヒイロが自分がいるのを確認し、悠里は思わず胸を押さえた。


 心をわしづかみされたかのようだった。


 ここでヒイロはひと休憩。水分補給して呼吸を整え、再開する。


 00年代は平井堅の『瞳をとじて』。


 これにも悠里は泣かされた。


 そして10年代はBUMP OF CHICKEN『ray』だった。


 昔の別れを想う曲なのに希望のただようその歌は、今の悠里にはしっかりと染みた。


 あっという間に25分が経って、ヒイロは演奏を終える。


「今回はこれでおしまいです。ありがとうございました。次回も当選するよう、エネルギーを僕にください」


 するとお姉さんたちが一斉に叫んだ。


「エナジーチャージ!!」


 日色は苦笑し、手を振りながら機材を手に、黄色のプラチェーンをまたいでいく。


 お姉さんたちがやってきて、口々に言う。


「早くオリジナル曲作ってね! 絶対に買うから」


「写真撮ろうよ~♪」


 女子大生のお姉さんや地元の高校生らしい女の子たちと撮影会が始まった。悠里はもちろん取り残されてしまい、憮然として機材を1人で引き上げる。それに気づいた日色は女の子たちを制止して、自分で片付け始める。


「いいよ。これくらい私だけで片付けられるから」


「浜元さん――怒ってる」


「怒ってない」


 怒っている自覚は悠里にはきちんとある。


 ファンのお姉さんたちも手伝ってくれて、すぐにプラチェーンの外に機材が運び出される。そして次の組が囲みの中に入っていく。十代の女の子3人組だった。


 ヒイロは次々と記念写真を撮り、どうにかこうにかファンのお姉さんと女の子たちから解放された。


 その後、ヒイロはプラチェーンの囲いの中に入った女の子たち3人組とも顔見知りらしく、何やら音楽系の世間話をしていた。悠里たちと同年代で、どの子たちも可愛らしい。ゴスロリファッションで、化粧もそれらしかったが、元もかわいいのはわかる。さっきのお姉さんたちといい、この3人組といい、女の子に縁がないようなことを言っていた割には囲まれているではないか。


 そしてハタと気がつく。これはドラマティックな恋を期待していた自分に対する運命の意趣返しなのではないか、と。


 日色は言っていた。自分が運命の相手になると。


 なるほど。本人に自覚がないままに、彼はきちんとドラマティックな展開を隠してくれていたわけだ。


 悠里は思いっきり凹んだのだった。

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