第18話 路上ライブでライバル登場? 3
悠里の様子がおかしいことに気づき、日色は困惑していた。荷物をまとめ、いつでも帰れるように支度し、次の組の出番を待ちながら日色は考えた。
何が原因で怒っているのだろう。考えやすいのはお姉さんたちの声援と記念撮影だが、そこまで彼女が自分のことを好きでいてくれているとは考えにくい。しかしそう考えるのが自然かもしれない。今も自分の隣で不機嫌そうにしている。
「いつ帰るの?」
「少なくともこのバンドが終わったら。自分の前後の組はいるのが不文律みたいなものなので」
「そうなんだ」
「お昼はどうするの? 終わったらどこかで食べる?」
「いつもはコンビニでカップ麺だから。まあまあの時間、残っているんだけどほら、準備時間に食べられるものってお弁当かそんなものでしょう」
「そうなんだ」
悠里は笑顔で答えた。急に機嫌が直ったようだった。不思議だ。
「でも浜元さんはせっかく来たんだからどこかで食べたいよね」
「ううん。一緒にコンビニでカップ麺でいいよ」
まだ始まるまで時間はある。大きな荷物は置きっぱなしにして、さっそくコンビニに行ってPBのカップ麺を買う。日色は担々麺を選び、悠里も食べたことがないというので同じものを選ぶ。歩道に沿ってベンチがあるのでベンチに腰掛けて2人で同じものを食べるとなんだか不思議な気分になった。
「初めてこれ食べたけど美味しいね」
「ごめんね。本当はオシャレなところでランチとかしたかったでしょう」
「今度はお弁当を作ってくるね。あ、抽選が当たった時間によるのか」
「今度があるの?」
日色は飛び上がりそうになるくらい、嬉しく思う。
「――それは、来ますよ」
含みがある言い方だった。
「料理するんだっけ」
「したことないけど。半分くらい冷凍食品になるかもだけど、作るよ」
「いいんだよ。遠征のお弁当なんてカレーくらいで」
「そんな、カノジョとしての株が下がるでしょう」
日色は思わず笑ってしまう。
「ちゃんと気にかけてくれるのうれしい」
「仮だけどカレカノだよ」
悠里はまた怒り出す。
「僕は荷物が多いから、作ってきてくれると嬉しいね」
「そう?」
悠里の機嫌が元に戻り、日色は少し冗談をいう。
「ダメだったらカップ麺でもいいんだし」
「ひどーい」
カップルらしいやりとりかな、と日色は思えて、嬉しくなる。
カップ麺を食べ終えて、路上ライブエリアに戻る。
もう女の子3人組の持ち時間が始まる直前になってしまい、前には人だかりができていた。彼女たちにも固定ファンがいるらしく、日色のときにはいなかった10人近いアイドルオタ風の幅広い年齢層の男性も集まっていた。悠里が驚いて声を上げた。
「うわ、客層変わった」
「これが路上ライブの入れ替わりの面白さで」
遅れたので2人は3列目くらいで見ることになってしまった。
「
ボーカルの女の子がMCから始める。
「私はエマ、ギターがカイト、キーボードがササミ」
それぞれが手を上げていく。ゴスロリ風の衣装とかわいいアニメ声で対象をぐっと絞っているのが戦略だ。歌うのもアニソンで、エマは振り付けもしっかり練習してきている。
「いつもながら完成度が高い」
「いろいろあるんだ」
「文芸マーケットでいろんな本があったでしょう。あれと変わらないから」
「わかる。でもギターのカイトさん、上手いね。本格的だ。背が高くってスマートで、すごい美人」
「男だけどね」
「ええ! 本当の本当に?」
「さすがにササミさんとエマさんは女の子――だと思う。はっきり聞いたことがない」
「驚き。本当にいろいろだ」
アニソンは真面目に聞き込んだことはないが、日色もチェックを欠かさない。
「僕なんて個性がない方だよ」
日色もそれは自覚している。路上ライブ初心者から抜け出せていないと思う。
「そんなことない。アイドルみたいだったじゃない」
「若い男の子が珍しいからおもちゃにされているだけさ」
「桜宮くんは将来、音楽の道に進もうと考えているの?」
「いや。将来は公務員になって地道に動画配信とかで音楽を続けたいと思う」
「真面目だ」
「親が公務員だからねえ。音楽の方で芽が出たら考えるけど、人生の保険も必要だよね」
「詩や短歌で食べていくのも難しいし、その点は似ているね」
「浜元さんが作詞してもいいんだね。今まで考えたこともなかったけど」
「私が――確かに」
2人して笑い合った。
時間が終わると日色はカイトに挨拶をして、次も当たるといいねと互いの幸運を祈って別れた。
「電車にする? 長距離バスもあるよ。時間はそんなに変わらない」
「電車がいいな。バスは酔いそう」
「甘いもの買って、ちょっとウィンドウショッピングして、快速で帰ろう。早く帰らないとミコトちゃんに会えない」
「散歩は任せてきたけど」
「僕が彼女に会いたいんだけど、ダメかな」
「彼女とかいうな」
悠里は笑って唇をへの字にした。
大荷物なのでそんなに移動はできない。駅ビルでウィンドウショッピングをして、スイーツを買って、折り返す快速がホームに入構するのを一番前の車両位置で待つ。荷物を運転席側の壁に固定するためだ。折り返しの快速電車に乗り込み、荷物を角に置き、いつも通り端の2人席に収まる。
少しして同じような大荷物の男1、女2の3人組が入ってきて、日色は少々驚いた。
「カイトさん、偶然ですね」
「ヒイロくん、こっちなんだ?」
CA-NONの3人はさすがにゴスロリ風衣装で電車に乗る気はないらしく、普通にラフな格好をしていた。ボーカルのエマは日色と目が合うと恥ずかしそうに目を伏せた。デニムパンツにTシャツにウインドブレーカーというラフな格好だからだろうか。
女の子2人はボックス席に収まり、日色の前にカイトがつり革を持って立つ。
快速電車は千葉駅を発車する。
カイトとササミは君津で降りるという。エマは館山在住とわかり、また驚いた。
「館山で仲間が見つからないってエマ、悩んでいたからさ、相談にのってやってくれよ」
「ええ。もちろん」
いい機会なのでカイトと日色は連絡先を交換した。
カイトはボックス席に行き、日色は悠里と話をする。
「桜宮くん、コミュ強じゃないの?」
「同じ趣味なら普通なんじゃないのかな」
「――する」
「聞こえなかったんだけど……言いにくいこと?」
「嫉妬する」
「カイトさんに?」
「ファンのお姉さんたちにも。だってすごい人気だったし」
拗ねる悠里も無条件にかわいい。
「嫉妬する必要なんかないよ。僕は浜元さんのことしか今は見えていないから」
「嘘」
「嘘だって思ってくれているってことは不安だってこと?」
「――そう。ドラマティックな恋をしたいとか思っていたのに、他の女の子から声援を受けているだけでこんな気持ちになるなんて、ぜんぜんそんな資格なかった。なんで君のこと、物足りないとか、私のことをずっと好きでいてくれるとか思って安心していたんだろう。私、バカみたい」
日色はどう答えればいいのかさっぱり分からないが、誠実に応じようとは思う。
「バカなことないよ。もし僕がクラスの男子に君が声をかけられているところを目撃したら、今の君以上に動揺するだろうから」
「本当に?」
「本当。たとえ消しゴムを拾って渡してくれただけでもね」
「それを聞いたら少し落ち着いた」
悠里は目を伏せて、日色の肩に頭をもたれた。2度目だが、今度は明らかに意図的だった。いい匂いに日色は少し興奮を覚えるが、抑える。
日色も目を閉じ、終点の君津まで目を休めることにした。
君津でカイトとササミは降りた。日色と悠里、そしてエマは向かいのホームで待っていた上総一ノ宮行きの電車に乗り込む。
3人なので今回はボックス席にした。日色と悠里が隣り合って座り、向かいにエマが座る。ゴスロリ風の衣装を脱いでもエマはかなりの美少女度で、本気レベルだ。仮に読者モデルと言われても誰も疑わないだろう。ラフな格好でもそのかわいさは車内にあふれ出ていた。
「
日色たちが通う学校より1ランク上だ。当たり前だが地声はアニメ声ではない。
「館山だと木更津まで長距離通学だね」
「毎朝、苦労しています」
「僕は桜宮日色、彼女は浜元悠里さん」
「初めまして、浜元さん。ヒイロくんはフルネーム、初めて知りました」
「それはエマさんの方も同じなんだけど」
「そうですね」
日色と瑛眞は笑った。それでも瑛眞はすぐに真顔に戻って聞いた。
「お2人はどういう関係なんですか?」
悠里は明らかに驚いた表情になり、日色の顔色を窺った。
「僕の片思い相手で、仮のカノジョなんだ」
「別に、片思いじゃ、ない。仮の、カノジョ、だけど」
「仮なんですね」
瑛眞は少々驚いたような顔をした。
残念ながら事実だ。今日のことで悠里には少しばかり心境の変化があったかもしれないが、時間が経ってみないと分からないだろう。
「じゃあ、少しくらい借りてもいいのかな」
意味深な発言である。
「一緒に今度、クリスマスイベントに出ませんか? クリスマスイブ前の土曜日になぎさの駅でミニセッションがあるんです」
クリスマスまでまだ1ヶ月ある。新しい曲にチャレンジするにしても練習すれば十分間に合う時間だ。
「カイトさんが相談にのってくれっていってたなあ」
「考えておいてください。まだイベント申し込みの締め切りまで時間があるので」
「でも、アニソン?」
「ヒットするのはいまどきアニメとのタイアップですよ」
「確かに」
日色は無言のままの悠里が気になったが、彼女は不意に口を開けた。
「あなたにはお仲間がいるじゃないですか」
いつになく強い語気だった。
「クリスマス前にササミちゃんの邪魔したくない」
瑛眞はつまらなさそうな顔をした。
「なるほど。前から気になっていたんだけどササミって本名じゃないよね?」
「
「安心した」
また悠里は黙りこくってしまった。その代わり、悠里は日色の右腕を両腕で掴み、離さなかった。
瑛眞も黙った。
館山に到着するまでまだ50分ほどある。どうすべきなのか日色には全く分からない。和気あいあいと会話しながら過ごせると思っていたのに、日色は途方にくれたのだった。
瑛眞はスマホをいじり始め、結局、館山まで会話はなかった。
悠里は大人げなかったかなと思ったが、結局、日色の腕を掴んだまま眠ってしまった。日色がどうしていたかは分からない。
館山駅での別れ際、瑛眞は繰り返し、クリスマスイベントのこと、考えてねと日色に言っていた。そして軽やかに駅の階段を駆け下り、消えていった。
「どうするの?」
「考える」
「断らないの?」
「そのクリスマスコンサートのことは知らなかった。エマさんから話を聞いて1人でエントリーするのは気が引ける」
日色は大きな荷物を担いでいるので気をつけて階段を降りていた。
「エマさん、めちゃくちゃかわいいよね」
「高専だって言っていたよね。確か男女比は8対1くらいだ。それであのかわいさはもう間違いなく全校の姫だよね」
「今まで話したことなかったの?」
昔からの知り合いというわけでもないように見えたから、悠里は気になる。
「なかったなかった。CA-NONだとカイトさんとしか話してないから」
「なんでこんなことになったんだろう……」
悠里は大きくため息をついた。
日色は一度、荷物を置きに家に戻り、あとでミコトの散歩に合流することになった。今日は悠里の家に近い城山公園で散歩する予定だった。家に戻り、尻尾を盛大に振るミコトを連れて、里見氏の居城があったという城山に整備された公園に向かう。
ミコトはご機嫌だ。
公園の入り口で日色と合流する。自転車に乗った彼はいつもの彼だった。
「安心した」
「何が?」
ミコトが日色に駆け寄って、遊んでとアピールする。
日色はリードを貰い、ミコトと一緒に歩き出す。
悠里にとって普通に続いていくと思っていたことが、実は普通ではなかったことに気づいた1日になってしまった。
1人と1匹の後ろ姿を見ながら、悠里はまた深いため息をついたのだった。
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