第13話 おつきあい(仮)することにしました 1

 館山駅に到着する直前に悠里は目を覚まし、日色の肩に頭を預けていたことに気がついた。日色もよく眠っていたから、悠里は何事もなかったように離れ、髪型を直した。日色はすぐに目を覚まし、どこまで電車が来たのか確認した。


 館山駅で降車し、また東京に遊びに行きたいね、とお互いに声をかけあい、駅前で別れた。周囲はもう暗くなっていた。もう夕食ができていることだろう。急いで帰らなければならなかった。


 翌朝、早い時間にミコトを散歩に連れて行ったあと、登校する。


 どんな顔をして日色に話しかければいいのか分からなかった。


 日色はもう登校していて、いつもと同じように軽くおはようと挨拶してくれた。


 しかし悠里は昨日「かわいい」を2度も言われたので緊張してしまい、少しうわづった声で挨拶を返し、着席した。しばらくは二重の意味で詩の勉強会をする気にもなれない。一つはランボウ詩集で失敗したこと。もう一つは彼の肩にもたれて寝てしまったことだ。異性を意識してしまってどうにもダメだった。


 こういう雰囲気を嗅ぎつけるのが穂波の特殊技能である。


「なにかあったのかなあ」


 悠里と日色を交互に見る。日色は机に伏せて寝ている。


「疲れているんじゃないのかな」


「ああ、そう」


 穂波はなにか知っているかのような言い方だが、悠里はしらばっくれる。


「私も昨日、東京までいって疲れてる」


「悠里も疲れているんだ?」


 しまった、と悠里は思う。予鈴が鳴り、穂波はまた、と口の形を作って自分の席に戻っていった。


 一時限目はHRで、担任の先生がボランティア活動についての説明をする。大学進学に有利な場合もあるし、内申点には関係なくてもボランティア活動について面接で聞かれることもあるので1年次にやってみるのもありだということだった。


 面白いなあと思いつつ、放課後になり、今日は貸し出しカウンター当番だったので図書室に行く。一通り仕事を終えてカウンターに腰掛けると上泉が紅茶をいれてくれた。


「美味しい」


 こんなに美味しい紅茶はなかなか出会えない。上泉は満足げに頷く。


「最近、ようやく美味しく入れられるようになりました」


「いい茶葉なの? それとも誰かに習ったの?」


「茶葉は割と普通のものだよ。教えを請うのも人生を豊かにする選択の一つなのです」


 教えを請う、か。


「上泉さんはボランティア活動とかどう思う?」


「うーん。面白そうなことがあったらやってみたいな。今なら農業ボランティア活動とか興味あるかな」


「さすが。目の付け所が違う」


「浜元さんは詩の朗読とかできるのなら、読み聞かせとかどう?」


「小学校は時間帯的に無理だから保育園とかかな。それならできそう」


「紙芝居とか面白そうだよね。読み聞かせと比べると見せるテクニックより盛り上げる話術のテクニックが大切なんじゃないのかな」


「紙芝居、いいなあ。やってみたいなあ」


 上泉からいいアイデアを貰った。


 帰宅後、調べてみると市のボランティアセンターが保育園のボランティア活動を斡旋しているとのことで、紙芝居に需要があるかどうかとメールで問い合わせをした。1度で諦めてしまうかもしれないが、心に引っかかったのならやるべきだと思った。


 返事は翌日すぐに来て、自宅近くの保育園を紹介して貰うと一度、見に来てはどうかということになった。保育園には放課後の夕方の暗くなった時間にも多くの幼児が残っており、各々遊んでいた。見学したのは年中さんとのことで、来年の春には新入生になる子どもたちだ。見慣れぬ悠里をみつけると何しに来たのときかれた。悠里はすぐに返事ができず、遊びにこようかと思って、と答えるのが精いっぱいだった。


 子どもの質問は鋭かった。


 自分の心が決まらないまま、動き出していいこともあれば悪いこともある。今回は後者に思えた。保育園の主任さんは子どもたちは退屈しているから紙芝居はいいんじゃない、と言ってくれた。


 片足突っ込んだし、やってみようかと思った。やれば整理がつくかもしれない。


 翌日、図書館に寄って紙芝居の枠と紙芝居を借りて、少し練習した。


 そして週末の土曜日の午前中、子どもたちが20人ほども集まる中で実践してみた。何話かやるうちに、紙芝居の紙を引くタイミングや溜め、どうすれば子どもたちの興味を引くことができるのかなど分かってきて奥深さが感じられた。


 子どもたちの笑顔も、また来てね、とまとわりつかれるのも、嬉しかったし、気分が高揚するのがわかった。やりがいのあるボランティア活動だと思えた。近いし、室内だし、選べる時間条件もいい。


 なのに、物足りなかった。帰り道、紙芝居を図書館に返した後、1人で考えた。このまま続けるべきなのだろうかとまで思った。中途半端な気持ちでは長続きするはずがない。帰宅後、上泉に連絡を入れてボランティア活動の報告をするとこう返ってきた。


〔興味深いけど楽しくないんだね?〕


〔端的に言うとそうかもしれない〕


〔2つのことは別のことだからそういうこともあるよね〕


〔別のこと……?〕


 興味深いことを追っていくと、いろいろ覚えて、面白くなって、モチベーションアップして、だいたいのことは楽しいと思えるものだ。しかし別のことと指摘されればそうなのかもしれないとも思える。近いところにあるが、面白さと楽しさは別のものだ。


〔つまり、面白いことより、もっと感情が動かされる楽しいことがあったんじゃないかってこと〕


〔楽しいこと〕


 心当たりを探す。ない、とは言えない。悠里は日色と東京にいった話をする。


〔自分で分かっているなら私が指摘するまでもなかったんじゃないかな〕


〔分かってなかったよ〕


〔まだ心が東京にあるんだね。もちろん、彼と一緒の東京に〕


〔彼じゃ……〕


〔He、です〕


 過剰反応している自分に気づかされる。


〔つまり、桜宮くんと一緒に紙芝居をしたら楽しいんじゃないかな〕


〔考えるね。ありがとう〕


〔雑談でいいから連絡頂戴ね〕


〔うん〕


 やりとりは終わり、悠里は盛大に大きなため息をつく。


 そうか。やはりそうなのか。そうなのだろうか。


 悠里は穂波に連絡を入れる。


〔今、音声通話大丈夫?〕


〔どうした? かしこまって〕


 すぐに返事が来た。穂波の家でもそろそろ夕食の時間だろうに快く承諾してくれた。悠里は日色と一緒に東京にいった話をし、詩の勉強会の話もして、悠里はようやく心を落ち着けることができた。


『実は館山駅で別れるところは目撃してた』


「そうだったんだ」


『急に髪を切ったから何かあるかなって。いつ話してくれるかなとは思っていました。文芸マーケットとは文学少女の悠里らしいけど、それにつきあってくれる桜宮くんはやっぱり悠里のこと好きなんだろうな』


「そうなのかな。彼は優しい――優しくしてくれるけど私のことを好きかどうかは自信はないな」


『一緒にいるのが楽しいんでしょう? それはきっと桜宮くんの方も同じなんだよ』


「うん。そうだといいな」


『今は自分の気持ちを確かめることを優先していいんじゃないかな。だって桜宮くんは振り返ればいつもいるんだから』


「そうだね」


 穂波のいうとおりだと思った。


『慎重にね』


「うん」


 音声通話を終わらせて、2人からのアドバイスをかみ砕く。  


「そっかー」


 結論は1つだ。彼に惹かれていることは間違いない。一緒にいて心地よい。彼と過ごす時間が好きだとも自覚している。この気持ちが恋にまで育ったとは思わないが、まだまだ彼と一緒にいたい自分がいる。彼に何度もかわいいと言って貰いたい自分がいる。それはとても贅沢なことなのではないかと思う。


 そして、よし、と気合いを入れて悠里は日色のアイコンをタップした。

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