第2話 ノートに書いてみよう 2

 単に失敗したのか、災い転じて福と成すのか、悠里は図書室のカウンターの中で悩んでいた。今日は図書委員の貸し出しカウンター当番だった。図書室には勉強をしにくるだけなのが普通で、ほとんど借りに来る生徒はいないので暇だ。


 同じカウンターの中には4代目『図書室の仙人』に早くも指名されると言われている上泉玲花かみいずみ れいかがいる。図書室の仙人というのはけっこう昔、安楽椅子探偵アームチェア・ディテクティブをしていた図書委員長がおり、以来、校内のヨロズ相談を代々引き受けている人物のことだ。1年生の特進クラスで成績1位で運動もできてすごい美形という彼女だが、なぜか隣で図書委員の仕事をしている。


 そんな超級美少女の隣に座るのは、悠里にとって肩身が狭い。鉄仮面といわれるくらい表情に難があるが、当の本人は気さくな性格だ。でも、それくらいの欠点がないと周囲はやってられないくらいの美少女だと悠里は思う。


 上泉も悠里も今は各々本を読んで過ごしている。


「浜元さん、上機嫌だね」


 不意に上泉が声をかけてきた。


「どうしてそう思うんですか?」


「あれれ、自覚なし? いつもより表情が柔らかいですよ」


 どうやら人から見ても分かるくらい、考えてしまっているようだ。


「今日、後ろの席の男子に詩を書いていることがバレてしまいまして」


 上泉は図書室のカウンターで悠里が詩を書いていることを知っている。


「それは大変なことなのでは?」


「それが彼も作詞していたみたいで。お遊びっぽかったですが。それでコツを教えてくれないかと――社交辞令かもしれません」


 書きもしないのなら、お遊びと言わざるを得ないと悠里は思う。


「同好の士が見つかったかもと思って、テンションが上がっていたんだね」


 上泉に言われて悠里はようやく気がつく。


「――そう、かもです」


 上泉は微笑んだように見えた。おそらく、本人的にはそうなのだろう。


「面白いことは1人だけでやるより2人で分け合うといいと思うよ」


「上泉さんは委員長とうまくいっているからそういうことを言えるんです」


 上泉と2年生の図書委員長は最近になってようやく付き合い始めたらしい。6月頃にはもう完全に校内中の噂になっていたのに当の本人たちは自分たちのペースでいたわけだ。


「そうかもだけど、分け合った方が発見があるし、発見はまた次の面白いものにつながるから。自分の中だけで完結しない方がいいです。自分の経験からですが」


 自分の中だけで完結しない方がいい、というのは悠里もよく理解できる。


「4代目のお仕事ですか」


「見習い中ですが」


 上泉のアドバイスは参考になった。押しつけがましくないのがいい。


「こつを教えるにしてもどうしたものかなと。変に周りに詩を書いていることを知られたくないし」


「どうして?」


「ポエムなんて、一般人に引かれる趣味じゃないですか?」


「そんなの気にしている暇があったら、邁進した方がいい、と私は思います」


 それも正論だと思う。正論は耳に痛い。


「ポエムとかじゃなくて作詞といえばいいのかな」


「その方が安心と言えば安心かな。どんな風に言おうと、誰かを傷つけなければそれでいいと思うんだよね」


「名言ですね」


「受け売りだけどね」


 きっと図書委員長の受け売りなのだろう。あまり表情は変わらないが、今の上泉は幸せそうに見える。


 傷つけないように生きていくのは難しいと思う。ときにそうと気づかず傷づけることはあるし、傷つけなければ自分を押し殺すだけになるときもあるだろう。しかしそうでなければ、誰も傷つけまいと悠里は思う。


 日色を傷つけず、ご近所付き合いをするには、彼と詩の話をすることも必要なのかもしれないと悠里は自分に言う。


「周りに知られたくないのなら、その彼とここで詩の話をすればいいんじゃないかな。だってここは図書室だし、詩を語るには相応しい場所だよ」


「当番でもないのに図書室に?」


「私なんて大体いつもいるよ」


「邪魔にならない?」


 ここは図書委員長との逢瀬の場所でもあるのだからそう思うのだが、本人はいたって軽く答える。


「ならない、ならない」


 こういうやりとり、友達っぽいな、と悠里は思う。


 友達の少ない悠里には上泉が眩しく思える。


「考える」


「もっとラフな言葉遣いしてくれると嬉しいな」


 思ってもみない言葉が上泉から飛び出して悠里は心の底から驚いた。 


「え、どうして?」


「いや――私、友達少ないから」


「嘘でしょう?」


「いや、本当。クラスで話せるの、姉以外では近衛さんくらいしか、いなくて」


「そうなんだ。私も友達少なくて……」


 えへへ、と悠里は思わず笑ってしまう。彼女のような才女で美少女でもそんな信じがたいことがあるのだと思うと少し勇気が湧いてくる。


「仲良くできればなって。浜元さん、かわいいし」


「上泉さんに言われても説得力ないわー」


「そんなことないよー 浜元さん、かわいいよ」


 上泉は硬い表情ながらも笑みを作った。


「じゃあ、お言葉に甘えまして、このくらいの距離感で」


「うん」


 2人してえへへと笑った。


 下校時刻になり、図書室も鍵をかける。


 上泉は図書委員長と一緒に下校し、途中までは悠里と一緒だった。


 友達になれるといいな、と思いつつ、悠里は学校のすぐ近くの本屋に行く。そろそろ創作ノートと称する詩を書いているノートがなくなりそうだったからだ。勉強で使うノートとは違い、気に入ったものにすると気合いが違う。今日は前から気になっていたリングノートを買おうと思っていた。


 店内に入り、文房具コーナーに行くと見たことがある後ろ姿に気づき、悠里は立ち止まった。声をかけるか、気づかないふりをして立ち去るか悩んだが、結局、さっきの上泉との会話が頭に残っていたので、悠里は声をかけることにした。


「桜宮くん、何探しているの?」

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