異世界戦隊ナロレンジャー

ロイヤルコペンハーゲン3世

第0話 異世界を守るナロウ警

 異世界『アキバラー』は現代日本と酷似していた。高層ビルが立ち並び、人々はスマホを片手に忙しなく行き交う。そんな我々の世界と変わらない異世界であった。

 だが、現在この世界は異世界人の侵略を受けていた。

「ヌハハハ!これでこの異世界は、この私ドン・チータスの物でアール!」

 都心の大通りの真ん中で、ドン・チータスは高笑いをしながら叫んだ。恰幅の良い腹に、立派な口髭。中世の王の様な赤いマントを羽織り、尊大な態度を取っていた。

 ビルは崩れ、街の至る所では火の手が上がっていた。

「「「チート!チート!チートット!!」」」

 豹柄の耳を頭に付け、同じく豹柄の全身タイツを身に付けた奇妙な集団が街を破壊している。その顔にはチーターの面を付けており、甲高い奇声を発していた。戦闘用アンドロイド『チートット』である。

 チートットは時空を超えるゲート(門)から続々と湧き出し、蟻の大群の様に街を破壊していた。

「暴れろ!『ディザスター』の野朗共!」

 ドンの声がパニック状態の街に響き渡る。

 街を破壊するのはチートットだけでは無い。

「うぉぉぉ!燃え盛る程熱いぜ!」

「私の氷で冷えなさい!」

「大きくなぁれ!ニョッキニョッキ!」

「円月斬!」

「地割れ拳!」

 炎の龍が空を舞い、凍てつく吹雪が街を襲う。アスファルトを突き破った大木がビルを破壊し、斬撃が自動車を切り裂く。止めに地面が割れ、人や建物を飲み込んで行った。

 ドンの配下複数人が異能の力『チート能力』を使って暴れ回っている。彼等は赤と黒の制服を身にまとい、老若男女入り混じっていた。

 異世界犯罪組織『ディザスター』。ドン・チータスが率いるチート能力者軍団である。

「グォォォ!」

 この世のものとは思えない巨大な咆哮が空気を揺がす。

 大地が震え、ビルの間から巨大な獣がビルを破壊しながら姿を現した。巨大な牙と爪を持ち、鼻からは炎を時折撒き散らしている。

「おお!来たでアールか!『チャッピー』!」

 ドンは親しげに呼んだ。ドンのペット『チャッピー』は巨大な身体を所狭しと動かし、暴れ回る。

「チャッピー、全てを壊すのでアール!そして此処に5番目のチート能力者達の楽園国家を築くのでアール。ん?」

 キュィィン!音速を超え、戦闘機が一機突っ込んでくる。

 ババババ!戦闘用はチャッピーに爆撃を喰らわせた。だが、チャッピーには通用しない。

「グォォォ!」

 ブォォ!と、チャッピーは業火を口から吐き出した。

 バン!ボコォン!業火に晒された戦闘機は煙をあげて墜落する。その刹那、コックピットから赤い人影がドンの目の前に飛び降りた。

「ぐっ…。」

 年若い青年男子の鬼知澪(おにしり みお)は苦悶の表情を浮かべて膝を突く。

 彼は赤いバトルスーツを身にまとい、赤いフルフェイスのマスクを付けていた。これは『対チート能力者用バトルスーツ』である。平凡な人間の基礎身体能力を向上させ、チート能力と渡り合う為の装備だ。

 だが、その装備も今やボロボロであった。スーツの至る所は破れ、基盤部が露出している。マスクに至っては破損して、澪の血塗れの左目部分が露出していた。

「ヌハハハ!この程度の力で『異世界の平和を守る』などと抜かしていたのでアールか?『ナロウ警』とは大した事など無いでアールな!」

 倒れる澪を見下し、ドンは高笑いをした。

 澪は『ナロウ警備隊』、通称『ナロウ警』であった。ナロウ警とは、異世界の平和を守る為に組織された警察組織である。

「黙れ!貴様らの様なチート能力者がいる限り、ナロウ警は何度でも立ち上がる!」

 澪はマスクから覗く目でドンを睨み付けた。その目には確固たる決意が宿っている。

「死に損ないが!貴様らの基地は既に壊滅し、仲間も我が配下達によって駆逐されているのでアール!」

 ドンの言う通り、この世界に設置されていたナロウ警備隊第六支所はチート能力者達の猛攻により、壊滅していた。

 シャキン!ドンは腰の剣を抜き、澪の首に突き付けた。

「無能力者如きが、我等チート能力者に楯突こうなど、愚かなのでアール!チート能力者こそ最強最高なのでアール!」

 絶体絶命のピンチにも、澪は怯まずに言い返す。

「違う!誰しもがルールを守って、一生懸命生きているんだ!それをチート能力者は異なる理屈で彼等を虐げているに過ぎない!ズルをして生きてそんなに楽しいか!?」

 この言葉はドンの琴線に触れたらしい。彼は顔を赤らめて剣を振り上げた。

「黙れ!負け犬が!死ぬのでアール!」

 ドンの剣が澪の首を刎ねようとしたその時。

 ガキィィン!何者かがドンの剣を防いだ。

「初!」

 澪は嬉しさを声に滲ませた。

 そこには剣でドンの攻撃を防ぐ鬼知初(おにしり はじめ)の姿があった。澪よりも歳若く、薄青を基調としたナロウ警の制服を身に付けている。

「遅くなってごめん!澪兄さん!」

 初は兄の澪に謝った。初は澪の弟である。

 彼はドンの剣を受け流す。それと同時に澪は地面を蹴り、初と共に後ろに飛び退いた。

「またナロウ警か!」

 ドンは苛立たしげに吐き捨てる。

「ドン・チータス!お前を此処で倒す!」

 初は右手を構えた。初の右手首に、赤い機械が組み込まれたブレスレットが出現した。擬似転生装置『テンセイダー』である。

 『テンセイダー』、それは、チート能力者に対抗する為に作り出された装置である。異世界物質ナロニウムを使い、一時的に超人に転生する事が出来るのだ。

 初はテンセイダーを構えて叫ぶ。

「異世界転生!」

『テンセイダァ!!』

 コールを受けたテンセイダーの電子音が叫ぶ。初の身体は一瞬にして、淡い赤いバトルスーツに包まれた。

 ナロレンジャーが、異世界転生をする時間は僅か0.013秒に過ぎない。では、転生プロセスをもう一度見てみよう。

「異世界転生!」

 初のボイスがテンセイダーのロックを解除。

『テンセイダァ!!』

 テンセイダーに組み込まれている電子頭脳が擬似転生システムを起動する。司令を受け、テンセイダーの中に圧縮格納されていた『異世界物質ナロニウム』が放出し、初の体表に定着。そしてナロニウムはナロニウム系異世界金属物質ナロメタルに転生する。今此処に、異世界を守る戦士が生まれた。

「赤きナロウ警!レッドナロウ!」

 初はポーズを決める。フルフェイスの頭にバイザーの奥で鋭く光る黄色い目。体は淡い赤色を基調としたスーツで包まれている。

「真っ赤に燃えるナロウ警!炎の戦士、フレイムナロウ!」

 初に合わせて澪も名乗りポーズを取った。彼のスーツは初と似ているものの、細部が異なっている。

「「異世界を守るナロウ警!!」」

 2人は寸分違わず、同じ台詞、動きをする。そして、

「「異世界戦隊!ナロレンジャー!!」」

 2人の背後で赤い爆発が炸裂する。それを背景に、2人のナロウ警は決めポーズを取った。

『異世界戦隊ナロレンジャー』それはナロウ警の特殊部隊員にのみ名乗る事を許された称号である。


「フン!イキった所で所詮はナロウ警。我の敵では無いのでアール!来い!チートット!」

「「「チート!チート!チートット!」」」

 ドンの声を合図に、時空が裂けて無数のチートットが出現する。そして初達に襲い掛かる。

「行くよ!澪兄さん!」

「おうよ!」

「「ナロウソード!」」

 澪と初は腰のホルスターに入れてある剣を抜いた。『異世界警察標準装備ナロウソード』鋼鉄をも切り裂くナロレンジャーの標準装備である。

「「異世界炸裂!」」

 澪と初はそう叫ぶと、迫り来るチートットの大群に突っ込んで行った。

「オリャア!」

「トリャァ!」

「チートットぉッ!?」

「チートットぉぉ。」

 2人は迫り来るチートットを次々と切り付けた。チートットは奇妙な断末魔をあげて倒れる。切断面からは金属製の駆動系と骨格が覗く。

 ピピピ!

 澪のマスクに搭載されている戦闘補助用人工知能が現状打破の打開策を発見した。

「見えた!今日の良い世界!」

 この台詞はナロウ警が窮地を抜け出す秘策を思い付いた時の台詞である。ナロウ警は業務上、この台詞を言う事が義務付けられているのだ。

 澪は初のマスクに情報を転送する。

「行くぞ、初!」

「うん!!」

 澪の号令と共に2人のレッドはホルスターから銃を抜いた。鋼鉄をも撃ち抜く『異世界警察標準装備ナロウスマッシャー』である。因みに威力を調節してテーザー銃としても活用できる。

「「ナロウスマッシャー!」」

 2人のレッドのナロウスマッシャーが火を吹く。

「チィトォ!」

 群がるチートット達は派手な火花を飛ばしながら吹き飛んだ。

「ナロウコンビネーションα!」

 澪は指示を出し、両手を広げてしゃがんだ。

「オッケー!」

 初はナロウソードとナロスマッシャーを合体させ『ナロウインパクター』を完成させる。そして地面を蹴り、澪の肩の上に飛び乗った。

「ナロウ・スプリング!」

 澪は勢いよく立ち上がる。その反動を利用して初は澪の肩を蹴って飛び上がる。『ナロウ・スプリング』、ナロニウムを足に集中させ、対象を遥か上空に押し上げる、ナロウ警の技である。

 上空高く飛び上がった初は横に回転を始めた。

「ターゲット、ロックオン!」

 ナロウインパクターは地上のチートット達をロックオンする。

「シュート!」

 ナロウインパクターからレーザー光線が雨の様に降り注いだ。

「チートットぉぉ!」

「チー!?」

「チァートォ!」

 レーザー光線は正確にチートットを撃ち抜いた。

 チートットを全滅させた初は地面に着地する。

「「「チートットォォォ!!」」」

 ドゴォォォン!チートット達は派手に爆発して全滅した。


「次はお前だ!ドン・チータス!」

 初はそのままドンに突っ込んで行く。

「初、待て!危険だ!」

 澪は制止するが間に合わない。

「フン!」

 ドンは持っていた剣を地面に突き立てる。 ゴゴゴ!から触手が湧き出し、初に襲い掛かった。

「こんなもの!」

 初はナロウインパクターを解体し、ナロウソードで触手を切り裂く。

 パチリ。

 バリバリ!

 ドンが指を鳴らすと天から雷が落ちる。

「うわぁァァァァ!」

 初は雷に貫かれ、感電した。バトルスーツにより致命傷は避けているものの、ダメージをかなり受けている。すかさず触手は動きを止めた初の手足を縛り上げ、磔にした。

 パチリ。

 再びドンが指を鳴らすと、足元のアスファルトが変形し、無数の鉄の槍となった。槍は宙に浮かび、切先を初に向ける。

「やめろぉぉ!」

 澪が止めようとするが、彼の手足にも触手が纏わりつく。

 コン。ドンは宙に浮かぶ槍の内、一本の石突きを小突いた。その瞬間、槍が一斉に初に飛んで行く。

 ドシュ!ドシュ!ドシュ!

 触手諸共、槍は初を切り裂き、貫いた。

「はじめぇぇぇぇ!!」

 澪は慟哭の様な声を上げた。

「ガッ…」

 初は腹や胸から噴水の様な血を流し、地面に倒れ込んだ。口からも止めどなく血が流れ出る。

 キュオン!初の転生が解け、彼は生身の状態となった。

「ヌハハハ!ナロウ警如きが、我の前に立つからそうなるのでアール!」

 ドンは初に歩み寄ると、彼の身体を踏み付けた。

 ドシュ!赤いレーザー光線がドンの頬を掠めた。

「その汚い足を退けろぉぉ!」

 絡みつく触手と戦いながら、澪はナロレーザーをドンに向かって放とうとしていた。だが触手が彼の手に絡まり、照準が合わない。 パチリ。ドンは指を鳴らした。

 バリバリ!

「グァァァァァ!!」

 触手から電流が流れ、澪を苦しめた。その衝撃で彼はナロレーザーを落としてしまう。

「そこで黙って見てるのでアール。お前は後で殺すのでアール。さて、」

 ドンは初を冷たく見下ろした。まるで虫ケラを見ているかの様な目である。

「貴様ら無能力者は、我々チート能力者の奴隷でアール!貴様等は虫ケラ同様なのでアール!」

 グリグリと、ドンは初の傷を踏み躙る。

「ガッグッ…!!」

 初は血を吐きながら苦悶の表情を浮かべる。

 シャキン。

 ドンは剣を振り上げる。

「立場をわきまえて死ぬのでアール」

「やめろぉぉ!」

 澪は泣きながら絶叫した。

「ヘッヘッヘっ」

 初は唐突に笑い出した。

「哀れな。恐怖で気が狂ったでアールか。」

 初はポケットから何かを取り出した。それを見たドンの顔色が変わる。

「そ、それは!!『輪廻呪縛魔鏡』!」

 ドンは足を慌てて退けようとした。だが、初は渾身の力でしがみ付き、離さない。初の手には、手の平に収まるサイズの丸鏡が握られていた。

 『輪廻呪縛魔鏡』それは使用者の命を牢獄にし、相手を封印してしまう異世界の秘宝である。使用者が輪廻から解脱するまで、相手は使用者と共に輪廻を繰り返し、半永久的に魂の牢獄に捕らえられ続ける。

「や、辞めるのでアール!そ、そうだ、お前の傷を治してやるのでアール!そしてお前にもチート能力を授けるのでアール!だからそれだけは辞めるのでアール!」

 ドンだけでは無い。澪も初を制止しようとしていた。

「初、辞めろ!死ぬ気か!?」

 輪廻呪縛魔鏡は使用時、その者の命を奪うのだ。それを知っている澪は涙ながらに彼を止めようと必死になる。

「お前は俺の大切な弟だ!やるなら俺がやる!だから…」

 澪は触手に囚われた手足に渾身の力を振り絞り、初の元に駆け寄ろうとする。あまりの力に肉は裂け、血が滲んでいた。

「ごめん。澪兄さん、今しかチャンスが無いんだ。」

 初の血塗れの頬に涙が零れ落ちる。

「さようなら。今までありがとう。」

 最期に初は澪に笑いかけた。

「はじめぇぇぇ!!」

「『魂魄入獄』!」

 初の声と共に輪廻呪縛魔鏡は眩い光を放った。

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