第8話 「白昼夢を見た日」

俺は目の前の光景に見覚えがあった。ここは俺が岸宮に告白された、あの桜が咲き誇る坂道だ。



「なんで、ここに……」


「愁君、聞いていますか?」



岸宮は見覚えのある光景に驚く俺を下から覗くようにして見つめてきた。正直可愛くてたまらない。



「ごめん、ごめん、聞いてなかった。なんて言ったの?」


「ほ、本当に聞いてなかったんですか?」


「うん、考え事してて」



俺がそう言いながら頭を掻くと、岸宮はハリセンボンのように顔を膨らませる。なんだか小学生を相手に会話しているみたいだ。俺は少し微笑む。



「なんで笑ってるんですか?」


「いや、なんでも…それで何が言いたかったの?」


「えーと…」



小学生は恥ずかしそうにモジモジしている。そんなに緊張しながら言うことなのだろうか?俺は岸宮の姿を見て少し身構えた。そして岸宮は予想外の言葉を発した。



「愁君、私と付き合ってください!」


「……………え?」


「だ、だめですか?」



これはきっと夢だ。俺は顔をつねる、しかし目の前の光景は変わらない。体が熱い、呼吸がしずらい、きっと夢なんだ、きっと覚めないだけで夢なんだ。俺はそう自分の心の中に言い聞かせる。そこで俺はふと榎田さんからの手紙の内容を思い出した。



「いや、だめっていうかさ、もう付き合ってるんじゃん」


「…」



辺りには先ほどの光景は無く、ただ俺は真っ白な部屋に立っていた。そこにはもう岸宮の姿は居ない。そして、俺の目からは涙がこぼれる。



「榎田さん、俺には無理だよ……」





目を覚ますと俺はベッドの上で寝ていた。右足には重い感覚があり、そこには岸宮が眠っている。目元は少し赤く、左手で俺の手を思い切り握っていた。きっと、俺が気を失ったときからずっと看病してくれたのだろう。


俺は岸宮の頭をさすりながら辺りを確認する。窓からは神薙村が一望できた。多分ここはあの御嵩屋の下にあった白色の建物だろう。



(お、あれは錦鯉。またあそこの蕎麦食べてえなー)


俺がそうよだれを垂らしながら窓の景色を見ていると、右足にあった重い感覚が消え、岸宮が目を擦りながら俺の方を向いていた。そんな岸宮に対して俺は笑顔で返事をする。



「おはよう岸宮」


「愁君……よかった……」



岸宮は俺を見た途端また泣き出してしまった。岸宮の泣いている姿を見るのはこれで二回目だ、一回目は告白されたと…き……あれ?さっきもそんなことがあったような?俺はその結論のない答えに頭を抱える。



「どうしました? 頭痛いんですか?」


「いや、別に痛く……痛い」


「当たり前ですよね、愁君は頭から落ちたんですから」



そういえばそうだ、俺は御嵩屋で頭から落ちたんだ。そういえば、あのときの人魂の正体はなんだったのだろう?後で龍二に聞くことにしよう。



「そういえば俺、どのくらい寝てたんだ?」


「半日くらいですかね。あ、和泉さんたちなら今事件のことを調べ回っていますよ。後でまた来るそうです」


「そうなんだ、あいつらには迷惑かけるな」


「そんなこと言わないでください愁君。悪いのは愁君じゃないんですから」



岸宮は未だ俺の手をぎゅっと握りしめている。岸宮の手は雪のように白い、俺が思いっきり握ったら潰れてしまいそうだ。そういえば、事件の妖怪には雪女がいなかったな……なんか気になる。俺はそう思い、ベットから立ち上がろうとした。そのときだ、急に病室の扉がドンッと音をたてて開き、そこには70代ぐらいだろうか?腰の悪そうな老婆が立っている。



「動いちゃいけないよ」


「いや、でも俺、少し頭が痛いだけで動けるんですよ」


「ダメなもんはダメじゃ。大体お主、人間が二回から転げ落ちて無傷でいられると思うのか?」


「あれ? でも叔母様は数時間前、愁君の体には何もないって言ってませんでした?」


「ああ、言った」



俺はほっとして、手を胸に当てる。この婆さん、意外とすごい人なのかもしれない。



「じゃが本当に何も無いとは言えん」


「おい」



胸にやっていた手を老婆に向かって指さす。前言撤回だ、この婆さん全然大丈夫じゃない。俺は「は~」とため息をつく。そして岸宮はそんな俺の姿を見てクスクスと微笑む。なんとも平和な光景なのだろう。



「よく考えてみろ、お主は二階から一階に頭から落下した。それなのにお主はこうやってピンピンしておる、おかしいと思わんか」


「……確かにおかしい。だが、俺はこうやって生きている。それでいいだろ、婆さん」


「それはそうだがお主はこう、もっと自分を大切にしたほうがいいのう。まあいい、わしは事務室に戻る、くれぐれも今日一日は動くんじゃないよ」



婆さんはそう言いまた扉を勢いよく閉めた。まったく、騒々しい婆さんだ、でも悪い人じゃないみたいだな。左の机に置いてある時計を見ると、時刻は既に11時であった。



「………腹減ったな」


「何か持ってきましょうか? 作れるものなら何でも作りますよ!」



岸宮は張り切ってくれている。せっかくだ、ここは甘えることにしよう。



「分かった、お願いするよ。料理はシェフのおまかせで頼む」


「はい任せてください! お料理ができたらまた来ますね」



そういって岸宮は席を立ち、機嫌良さそうに扉を開けた。岸宮の料理か…どんな感じなのだろう。俺はどうやら胸の高鳴りが抑えられない。



「しゅ、愁くん」



岸宮の声だ。なんだろう? 他に何か伝え忘れたことでもあったのだろうか?俺はそう思い声の方向に顔を向ける。するとその瞬間、俺の頬に何か柔らかいものが当たった。俺はすぐにその正体に気づき扉の方を向く。



「岸宮!?」



しかしそこにはもう岸宮の姿はない。そして段々と恥ずかしくなった俺は顔を真赤にし、毛布の中に潜り込むようにして包まった。



(き、岸宮〜)



この思い出は一生忘れることはないだろう。






























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君は私の変換先。 言ノ葉 @kotonoha808

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