第7話 「月光」
俺は女将さんの話したことを信じられずにいた。天狗だって?そんなの漫画や伝記のお話でしか聞いたことがないぞ?だが、女将さんはそんなことをふざけて言っているそぶりはなく、真剣な表情で俺たちの方を見つめる。
「因みにこれが今までに起こった怪事件の資料だ」
「4か月前でこの量か…」
龍二から渡された資料にはびっしりと今までの事件の情報が書き写されていた。その中には天狗以外にも人魂、のっぺらぼう、唐傘お化けなどの妖怪の被害もある。その後、俺は一通り資料を流し見て、つい先日に起こった事件のことを女将さんに話してもらいながら、その場所に案内をしてもらうことにした。
♢
「ここです」
そういうと女将さんは立ち止まった。館の一番端の部屋つまり出入り口から一番遠い場所ということだ。
「ここが事件の場所なんですね……奥の方は扉が閉まっていますけど何かあるんですか?」
「ええ、そちらは最初の事件が起こった部屋がある方です。しかもここは日光が当たらないので台風や頻繁に起こる豪雨の影響によって老朽化しているんです」
「そうなんですか、この扉を開けることってできますか?」
「はい、少しお待ちください」
女将さんは懐から少し古くなったカギを取り出し、その扉の鍵穴に刺す。そして扉はゴゴゴと音を立ててゆっくりと開いた。奥には古くなった扉と雨漏りをして今にも崩れてしまいそうな廊下が見える。女将さんの話によれば、この奥でお客さんは人魂を見たそうだ。
「確かに、人魂が出てきてもおかしくないな」
「ああ、話には聞いていたが想像以上だよ」
龍二はスマホでカシャッと写真を撮る。そして岸宮はというと顎に手を添えいかにも考え事中という雰囲気を醸し出していた。そんな集中している岸宮の姿を見て俺は邪魔にならないように奥の部屋の扉を開けたが、特に変わった様子はない。
今思えば、事件はすべて部屋の外で起こっているみたいだ。それに気づいたのか、すでに龍二は部屋の中ではなく、廊下や外の方を調べ始めていた。どうやらちゃんと探偵としての心得はあるようだ。
「どうですか?」
「そうですね、ここはもう何も無さそうですね」
「そうですか、ではもうお昼ですので神薙村の方にでも食べに行くのはどうでしょうか」
「それいいですね、何処かお勧めはありますか?」
そう龍二が言うと、女将さんは窓の外に指をさす。
「あそこに青い屋根の建物があるのが分かりますか?」
「ああ、あの真ん中にある」
「はい、あちらはこの村で有名なお蕎麦屋さんで、昔ながらの手打ち蕎麦で美味しいんですよ~」
(蕎麦か…)
俺は頭の中で昔ながらのざるそばの光景を思い浮かべた。口の中にはあの鰹節の風味が広がる。そんな、想像をしていると俺の腹からはグーと大きな音がなった。
「愁君お腹なってますよ、じゃあそこに行きましょうか。龍二さんはどうです?」
「全然OK~」
「一応言っておきまずが、お店の名前は『
そういうと女将さんは頭を下げる。すると、女将さんに塞がれていて見えなかった奥の廊下の方にこちらを見つめる白髪の少年が顔を覗かせていた。
「あの子……」
「はい?ああ、あの子は『
日向は俺たちが視線を向けると、少しだけ体を引っ込める。それにしても、男の子で看板娘か…あの子も大変そうだな。俺はそう思いながら、また女将さんについていくのであった。
♢
昼:錦鯉
店員の声と共に俺の前にはざるそばが置かれる。そして俺は、太く少し光沢のある麺を箸で持ち上げ、器に入った汁に軽く漬けてすすった。口の中には鰹節の香ばしい匂いと蕎麦の風味が広がる。そんな俺を見ながら岸宮はニコニコとほほ笑んでいた。
「岸宮、俺の顔に何かついてる?ズズッ」
「いいえ、美味しそうに食べるなと思いまして」
「まあ、美味しいからね。ズズッ」
「お前昔から蕎麦好きだもんな」
「へー、愁君お蕎麦好きなんですか」
「うん、昔よく父さんが作ってくれてさ、家でよく食べてたんだよ。ズズッ」
岸宮は俺の話を聞いて、何か良いことを聞いたかのように頷く。そして、岸宮はそのままお手洗いと言って席を外した。そしていなくなったことを確認した龍二は、誰にも聞こえないよう小声で俺に話す。
「なあなあ愁、お前いつまで岸宮さんのこと苗字で呼んでんだよ」
「ダメなのか?」
「そりゃあダメだろ。いつまでもそうやってると愛想尽かされるぞ?」
「うっ、それは一理あるかもしれないな」
確かに俺は龍二の言う通り、岸宮のことを名前で呼んだことがない。正直言っていつから呼び始めるものか分からないのだ。俺はそう思いながら、汁に映る自分の顔を見つめる。
「まあ、無理して呼ぶものでもないんだけどな。ズズッ、でもこの旅行ほどいい機会はないと思うぞ」
「そうだよなー、そうなんだよなー。はあー」
俺はその場に大きなため息をつく。その後、俺たちは錦鯉を出て楓たちと合流し、本当の旅行を味わった。こうやって大勢で旅行に行くのは何年ぶりだろう、俺の両親は、俺が中学生に進学してから、仕事で家にいることが少なくなった。
今思えば、俺がヤンチャになってしまったのもそのせいなのかもしれない。だからと言って、俺は別に両親のことが嫌いなわけでもない、むしろ好きな方だ。でも、しいて言うならもっと楓の成長を見ていてほしかったなと俺はそっと心の中で思うのであった。
♢
楓たちと神薙村の観光をし終わった俺たちは今、夕食と風呂を終えて、部屋でくつろいでいる。本当のことを言うと絶賛、勉強会から逃げているのだ。
「愁君、楓ちゃんも頑張ってるんですからやりますよ」
「いいよ俺は~………カンニングするし」
「それがダメって言ってんのよ」
呆れ顔をしながら古水は首を振る。こう見えても古水は学年10位以内に入るほど頭が良い。俺が砦上高校に入れたのも古水が勉強を一心に教えてくれたからである。古水様には本当、感謝感謝~。
「なによ愁」
「いや、別ーに。そういえば猫屋敷たちは?」」
「空たちか?それならちょっと前、蛍を見に行くって出て行ったぞ」
「へーここ蛍見れるのか……どうだ?皆で見に…」
「ダメですよ」
「…はい」
俺はため息をつきながら机に突っ伏す。岸宮の方を見ると、珍しく丸眼鏡をかけている。そして俺は錦鯉で龍二に言われた言葉を思い出した。
「ま、丸眼鏡珍しいな」
「そうですね、お風呂の後はいつもかけてますよ」
そういうと岸宮は眼鏡を外す。俺はそのいつもとは違う岸宮の
「そうなのか……それでさ、その、きしみ、いや、り…」
俺がそう言おうとしたその時だった。部屋の外から大きな声で叫ぶ猫屋敷たちの声が館中に響いた。
「今の声って」
「空!」
声の正体にいち早く気付いた龍二は思い切り部屋の扉を開けて飛び出す。それを追いかけるようにして俺たちも猫屋敷の元に向かう。
「おい空、何があった!?」
「姫ちゃん大丈夫?」
二人の顔は恐怖に満ちている。そして俺たちの視線の先には月明かりに照らされた人魂が一柱漂っていた。
「人……魂……」
「お、お兄ちゃん」
(何なんだあれは、本当に人魂なのか?でも、あんなの迷信で…クソッ考えてる暇なんてないか)
「古水、後は任せたぞ」
「え、ちょっと愁!」
そう言って愁君は人魂を追いかける。その先は、今朝訪れた事件現場の方向であった。私は現場の風景を思い返す。
(あの先は確か今朝の…ということはこのままだと!」
「愁君待って!その先は」
後方からは岸宮の呼ぶ声が聞こえる。しかし俺はそれを無視して人魂を追う。きっと人魂の正体を掴むことができれば真相がはっきりする気がするのだ。こんなチャンスを見逃せるはずがない。
「あとちょっと…あとちょっとで」
そして次の瞬間、俺の足にあった感覚が消えた。俺は宙に浮き、体は後頭部の方から落下していく。
(やべぇ、このままだと死……)
その場には大きな、まるで人と物がぶつかり合うような音が響いた。
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