第52話ジャスティンの友人




「聞いているか?ジャス」

「ああ……まぁ」


 まぁ、なんて返事を返したが、正直なところ、俺にはイマイチ、この手の話はわからない。


 たまの休暇に偶然街中で出会ってそのまま酒場。

 それなりの年だから、休暇をどのように過ごそうが咎められることはないが、褒められたことでもない。

 そう思いながらもただ酒なら、と了承した。

 2杯目の酒を煽ったところで、何度目かの確認が飛んできた。


 ちゃんと聞いている。


 好きだの嫌いだの、それで腹が満たされるわけでもなければ、何かを買えるようになるわけでもない。

 迷路に迷い込んで、迷って迷ってぐるぐる歩き回って、ようやく出口が見つかった時に地獄か天国かわかるマイナスの方がデカい問題に自ら突っ込む勇気も気概もない。


 故に、俺にはディオの悩みはよく分からない。


 金を貰ってしまえば、興味はもうそこにはない。しなければいけない仕事に集中するのみだ。前払いならその金額分。後払いならそれ以上の働きを。追加で請求できるからな。


 金の動きもない、ディオにとっての利とステラにとっての利が概ね順調に重なり、困った事が互いに解消された今、何をどう迷い苦しむ必要があるのだろうか。


「まぁ……よかったじゃないか。ディオも求めていたものが見つかって。ステラの問題も解決したんだろう。そして晴れて二人は恋人になった。これ以上ないハッピーエンドだろ」


「そうだよ、そうなんだけど」


「なんだ」


「今まではさ、体調にかこつけてちょっと嫌がる事もやってくれてたんだよ」


「最低だな」


「ちょっとした戯れだって……着地点は決まってんだから問題なかったんだけど、今はこう、ないんだよ」


「なにが」


「魔法をぶつけてもらう口実が」


「何を言っているか理解できないが、ぶつけられたいのか?」


 その口ぶりでは今まで嫌がるステラに無理やり魔法をぶつけさせていた、という理解になるが。ちょっと体調にかこつける部分が不明ではあるものの、言葉のままだととんでもない変態が爆誕する事になる。


「当たり前じゃないか!」


「…………」


 当たり前だった。

 あまりの必死な答弁に顔に唾がかかってかなり不快。何を聞かされているんだ俺は。


「訳あってずっとステラの毒魔法をぶっかけられてたんだけど」


「表現」


「訳あってずっとステラの毒魔法をかけられてたんだけど」


 あまり変わり映えのない表現に、言葉のままの事が起こっているのかそうかと理解した。

 ステラの毒……。

 ステラの魔具ならば、知っているが……。

 記憶を掘り返してみる。


 初めて出会った時の魔法の残滓と妙に色が枯れた地面を思い出した。……あれか。あれがそうだったのか。

 ということはあの地面をも変色させる威力を浴びていた、と。


「……お前は人間だよな?」


 あの威力、道具にしては強烈であるし、魔法にしても強力だった。魔具屋に勤める一般女性が使える様なものではないと認識していたからか、魔具であるという説明に納得していたが、あれは毒魔法だったのか。


 それを、かけられる……?

 おおよそ信じがたい。

 信じたとしても、信じたくはない。

 喜んで受けるものか……?

 痛みを好むような重度の変態でも考えるぞ。


 重度、以上なのか……?

 再度、お前は人間か、と聞くと、ふん、とディオは鼻息荒く言い放った。


「当たり前だろ。ステラは天使だけどな」


「……そうか」


 そんな人間はいない。

 そう言いたかった。ステラが天使はかろうじて頷くことにしよう。こんな要求をイヤイヤながらも引き受けて、嫌がりながらも魔法をぶつけるとは、並の精神では辛いはずだ。

 よって肯定も否定もしない、フラットな答えにおさまった。



「いやぁ、嫌がる顔を見るには見れるんだけど、嫌われない様に嫌がる顔を見たいし、魔法が体に浸透するのも悪くなかったし癖になるんだよなぁ」


「そうなのか」


「何か良い案ないか?」


「……」


 なんのだ。


 いや、捻り出せば無い事もない。

 でもどうもこの変態と化した男に言って新たな犯罪を作り出さないか心配だ。……暴力強要罪……。


 うん、無し。無しだ。


「……ディオ、お前はどうしたいんだ?」


「どう……?」


「そうだ。関係を進めたいのか? 後退させたいか? それとも停滞させたいのか?」


「……進める……」


「そうか。何をしたい、何がされたいんだ?」


 話の意図的に、きっと離れてほしくないのだろう。ポカンとしたディオは、歳の割に幼く見えた。俺も人生経験が豊富とは言えないが、人と関わらなければいけない仕事だ。仕事柄、人間観察は必須だ。


 その点ディオは、随分と人を跳ね除けて信用しないように生きてきたのだろう。

 ディオの強さは相当だ。強さは孤独になりやすい。天才肌故に、孤独に気が付かない。


 自分から離れない様に繋ぎ止めておきたいように思える。珍しい。ディオという男は、存外なんでもあっさり手を離すものだから。



 この問いの答えは、決して毒を浴びたいという事が正解では無い気がする。


「不安なのか?」

 

「ステラは……優しいからなぁ、そこが好きなんだ。でも本当に天使だから、どこかへ行ってしまいそうで怖いんだ」


 じんわりとディオの頬が赤らむ。


 俺はお前が怖いよ、とは言わなかったが少し前に見た顔色が悪かった頃よりもずっと健全な悩みのようで少しホッとした。


「はぁ……どうやったら良いかな…………閉じ込めるか?」


「やめとけ」


 俺に聞くな。

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ポンコツなせいで、呪騎士に求められてます!? 人並みになりたいのに、呪騎士が離してくれません! 嘉幸 @yoshiyuki2206

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