第九十一話 爆ぜる攻防

 盤上の死角から放たれた閃光のような一手に、一部の者は既視感を覚える。


 地区大会で天竜一輝を葬った際の起点となる一手も、一見意味不明に思える角のタダ捨てから始まったものだった。


 青薔薇赤利はその時に指された角捨ての手の意味を理解している。


 だからこそ、分からない。


(懐疑だな。差を広げないためにあれだけの工夫を用いて千日手に持ち込んだというのに、ここに来て瓦解を狙うとは。それも切り札の踏襲か)


 あの時の角捨ては、天竜一輝の考え得る思考の外側で放ち、その後の結果に対する敗因を生み出すというものである。


 それは天竜一輝の思考を理解していなければ指せず、天竜一輝以外には全く効果のない一手。つまるところ、その正体はいわゆる"メタ読み"という手法だった。


(……これまでに歩んだ軌跡を放棄するような人間でないと思っていたが、一体何を狙っている? 渡辺真才)


 赤利は真才が放った角捨てに、取るしかないと分かっていながらも長考する。


 もう時間のリードは関係ない。ノータイム指しは無意味である。


 なぜなら、真才が不利になる手を、悪手を指してしまったから。


 局面は当初の赤利の目論見通り形勢に差がついている。局面を打開するにはある程度の悪手を指す必要があり、悪手を避ければ一生決着がつかない千日手のルートへと入ってしまう。


 ゆえに真才の打開は想定内だった。しかし、想定内だったからこそ、これほど単純明快な悪手を指してくると何かあるのではないかと勘繰ってしまう。


 そもそも、局面を打開するだけなら歩の突き捨てから入って開戦すればよかった。わざわざ角を捨てるような真似をする必要はない。


「……」


 赤利は盤面を見下ろして深い思考の海に入る。


 角捨てという大胆な一手。そこから導かれるあらゆる可能性をしらみつぶしに模索していき、真才の真意を探る。


(角損をひっくり返すほどの棋力を持っていない限り、ここから逆転するのは不可能だ。そもそもそんな棋力を持っているのなら先の対局で二度も千日手を選択したりはしない。……何だこの矛盾は?)


 赤利にとってはまさに棚から牡丹餅ぼたもちの状況なのにもかかわらず、その長考は5分を過ぎようとしていた。



『【黄龍戦・団体戦】について話し合うスレPart100』


 名無しの600

 :渡辺真才角捨ててんの草


 名無しの601

 :???


 名無しの602

 :はー全く分からん


 名無しの603

 :なにこれ……?


 名無しの604

 :は?


 名無しの605

 :気が狂ってるとしか思えん


 名無しの606

 :こういうブラフやハッタリみたいな手って格上相手でも通用すんの?


 名無しの607

 :>>606 終盤のごちゃごちゃしてる局面なら通用すると思うけど、まだ序盤の状態でこれは通用しない


 名無しの608

 :そもそも青薔薇にブラフなんて通用するわけがない


 名無しの609

 :これが自滅流ってやつなん?


 名無しの610

 :確かにネット将棋やってる奴って駒の損得気にしないイメージあるわ


 名無しの611

 :>>610 時間攻めで勝てるパターンがあるからな


 名無しの612

 :>>610 ネット将棋は早指しが基本だから悪手指してもバレない可能性あるのよなw


 名無しの613

 :あー、なるほど。いつもの感覚で悪手指しても通用すると思っちゃったんか


 名無しの614

 :自滅帝これはやっちゃった感じ?


 名無しの615

 :やっちゃったも何も角捨ては誰がどう見ても悪手だろ


 名無しの616

 :青薔薇全然次の手指さないなw


 名無しの617

 :>>616 突然の悪手に驚いて何かあるんじゃないかと勘繰ってそうw


 名無しの618

 :お前ら評価値見ろ



『【ヤバい】自滅帝とかいう正体不明のアマ強豪www【十段おめでとう】Part41』


 名無しの217

 :角切った!


 名無しの218

 :うおおおおお!!!?


 名無しの219

 :なんだこれwww


 名無しの220

 :自滅流きたああああああww


 名無しの221

 :これぞ自滅流ーー!!


 名無しの222

 :自滅流炸裂!!


 名無しの223

 :これ自滅流なの?w


 名無しの224

 :>>223 自滅流は汎用性高い単語だから、いかにも自滅帝っぽい指し手が出た時にも使われる


 名無しの225

 :序盤から角切りとかマジ?w


 名無しの226

 :えぐすぎるww


 名無しの227

 :派手を通り越して引くわww


 名無しの228

 :評価値どうなってる?


 名無しの229

 :悪手だろこれw


 名無しの230

 :マイナス1000とかいってそうw


 名無しの231

 :今読み込ませたら-93だった


 名無しの232

 :>>231 は?ww


 名無しの233

 :>>231 -93!?www


 名無しの234

 :>>231 ほぼ互角やんけ!www


 名無しの235

 :>>231 変わって無さすぎるだろwww


 名無しの236

 :>>231 角捨てたのに-93しか変わんないとかマジで言ってる?


 名無しの237

 :>>231 てっきり-1200くらいいってると思ってたわ


 名無しの238

 :>>231 うせやろ……?w


 名無しの239

 :さっきまで+126だったから、200くらいしか落ちてないな


 名無しの240

 :細かく解析してみたら角切り次々善手の候補に挙がってたわ


 名無しの241

 :>>240 AIの読み筋にも一応あったのかよww


 名無しの242

 :最善手じゃないとはいえ、角切り手順を悪手じゃないと見破ってんのマジですげぇよ自滅帝


 名無しの243

 :確かにこんだけ駒が使われてる場面なら、角捨てても局面は紛れやすいのかもしれんな


 名無しの244

 :だからって指せるもんじゃないだろ……


 名無しの245

 :もう全部読み切ってるんだろうなw


 名無しの246

 :いくら読み切っていてもノータイムで角切り飛ばすのは流石にヤバいw


 名無しの247

 :歩を捨てる感覚で角捨てるのコイツくらいだわw


 名無しの248

 :マジでどうなるか楽しみ



 真才との時間差が無くなり、持ち時間が20分を切った段階で、赤利は真才の放った角を取った。


 幾多もの可能性を脳内で処理し終え、自らが何かを見落としていることは無いと確信した上での対応である。


 しかし、開戦は開戦。これまで互いに警戒して激しい攻防が生まれることは無かったが、この角切りを境に両者の殴り合いは激化する。


 角を切り飛ばした真才は一切の迷いなく攻めを継続させ、赤利に反撃する隙を与えない。


 対する赤利は真才の手を全て受け流すように完璧に対応し続け、微塵も真才の攻撃をその身に受けることは無い。


 端を絡めて終盤への布石を作る真才。その手を手抜いて桂頭けいとうを崩すBメン攻撃を仕掛ける赤利。その桂馬を筋違うように飛ばして手数を稼ぐ真才。先の仕掛けを利用して桂馬の下に潜っている飛車に挟撃を仕掛ける赤利。その飛車を手順に転換することで赤利の浮いた銀にあて逆先手を図る真才。


「──」

「あはっ!」


 二人は自然と笑みを零しながら誰もついていけない戦いを繰り広げ始めていた。



『【黄龍戦・団体戦】について話し合うスレPart100』


 名無しの656

 :どうなってんのこれ


 名無しの657

 :ついていけない……


 名無しの658

 :評価値が凄い勢いで揺れまくってる


 名無しの659

 :両方とも手が高度すぎて全く意味が理解できん


 名無しの660

 :てか自滅帝は角損してるはずなのになんで互角で戦えてるんだよ


 名無しの661

 :二人とも強すぎて怖い





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 このままだと200万pv届いてしまうので寝ます

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